この地図の作り方

関連性理論による界隈の可視化

1. 問い ― なぜ「越境」を描くのか

まえとあとの「越境のネットワーク」は、2010年から現在までの16年間に、この界隈で誰と誰が同じ場に立ったかを描いた地図である。ただし、すべての繋がりを同じ太さで描いてはいない。ジャンルを越えた繋がりほど、太く、明るく描いている。

理由は単純で、落語家と落語家が共演することは驚きではないが、落語家と3Dエンジニアが繰り返し同じ舞台に立つことは、界隈に何かが起きている証拠だからだ。この直感——「越境こそ、界隈の面白さの正体だ」——を、私たちは主観のままにせず、理論と数式に翻訳することにした。

2. 理論 ― 関連性理論の翻訳

拠り所にしたのは、スペルベルとウィルソンの関連性理論(Sperber & Wilson, Relevance: Communication and Cognition, 1986/1995)である。関連性理論はコミュニケーションの認知理論であり、その中核は次の原理にある。

情報の関連性は、認知効果(それを知ることで認識がどれだけ更新されるか)が大きいほど高く、処理コスト(理解に要する労力)が小さいほど高い。

これを人と人の繋がりに翻訳した。

つまりこの地図は、共演の「事実」の地図であると同時に、関連性理論が定義する意味での「意味の引力」の地図である。

3. 数式 ― 関連性スコア

二人の人物 a, b の関連性スコア R(a,b) を、次の三項の積で定義した。

R(a,b) = 頻度項 × 文脈多様性項 × 意外性項

頻度項      = 1 + log(共演回数)
文脈多様性項 = 1 + 0.5 ×(共演した媒体の種類数 − 1)+ 0.3 ×(共演した年の種類数 − 1)
意外性項    = 2.0(異ジャンル間) / 1.0(同ジャンル内)

各項の設計理由は次のとおり。

ここで「共演」は、出演者として同じイベント・同じ場に立ったことのみを指す。編集・主催・取材といった裏方の関与は、このスコアに含めていない(理由は§6)。

4. 検証 ― 意外性項は機能しているか

数式が意図どおり働いているかを、実データ(2026年7月時点: 出演者258人、共演の場206、共演ペア530組)で確かめた。

つまり意外性項は、上位に現れる越境の比率を52%→78%へ押し上げている。母集団の46%に対して78%という偏りは、この地図が「よくある繋がり」ではなく「認識を更新する繋がり」を前面に出せていることを示す。同時に、意外性項なしでも52%と半数を超える事実は、この界隈がもともと越境的に営まれてきたことの証拠でもある。

5. 判定 ― ジャンルと軌跡型はどう決めたか

ジャンル分類(全276人)は三段階で行った。①肩書きテキストの辞書判定、②辞書で決まらない人物への共演ネットワーク推定(実際に多く共演している相手のジャンルの多数決。共演2件以上を根拠とする)、③最後に編集部の目視確定。機械判定は「格闘家」を編集と誤るなどの限界があり(実例)、最終判断は人間が担った。分類の正は公開リポジトリの確定リストにある。

軌跡の型(人物ページの時間表現)は、関与データから自動判定した。総関与3件未満は軌跡なし。編集・主催が4割以上なら「媒体を編む型」。3媒体以上に分散していれば「媒体横断型」。それ以外は一つの場に根ざす「MC川型」。既知の3人(立川こしら・吉田尚記・望月大作)で検証し、全員が期待どおりの型に判定されることを確認した。

6. 限界と、あえてしていること

7. 後記

このネットワークを編んできた望月は、かつて大学院で関連性理論を研究することを考えていた時期がある。結局、修士論文で書いたテーマは「ガンダム」だったが、社会に出て、16年にわたり何らかの場をつくり、人を引き合わせ、その記録を残してきた。本稿の方法は、その二つの道が合流した地点にある。理論は書かれなかった論文の代わりに、一枚の地図になった。

出典・データ