「今」は満たされているのか、退屈なのか
岩田
今は満たされた人生ですか?
宮崎
満たされています。でも分かると思うんですけど、「人生は退屈」ですよ。
岩田
そうですよね。
宮崎・岩田
(笑)
宮崎
いかんともし難い退屈さがある。またお酒で爆発してしまいたいみたいな。
岩田
自分も常に「人生は退屈」と思っているんです。
宮崎
今も?
岩田
今もあります。いろいろバカを見て後悔しては、もう嫌だなと思う時もある。でもどこかでもうひと花じゃないけど、現状維持が大嫌いで。
宮崎
はい。
岩田
いかに良くしていこうか、面白くしていこうか、新しいことをしていこうか、他の人と違うことをしていこうかみたいな。いわゆる変な人でありたいという願望が強くて。
宮崎
前著『平熱のまま、この世界に熱狂したい』(幻冬舎)でも書いているんですけど、若い頃は「何物か」になりたいって思っていました。まさにそういう感じでしょうか。でも、僕は「何者か」を具体的にイメージしていなかった。「何者かになりたい”ナニモノ”」な感じになっていた。しっかりイメージして「こうなりたい」という像がようやく少し出来てきた。
僕は何か目標があるとして、そこまでの過程はドキドキして好きなんですけど、そこに来ちゃったら、もう終わった感じになるんですよ。
宮崎
僕は次の打席のためにバットを振っているかな。
岩田
僕らは常にフルスイング状態(笑)。
宮崎
とりあえず今のところは生活できているし、子どもが生まれて毎日が充実している。あとは収入をもうちょっと頑張りたいし、できれば年間2冊は本を出したい。せめて年間1冊本を出せたら、生きているあいだに、あと20冊ぐらい出せると思うので。
岩田
いまのパートナーさんとの関係はどうなんですか?
宮崎
妻は今は育児に専念したい思いが強いそうです。妻は結婚して会社を辞めたけど、もともとイラストレーターだから、生活が落ち着いてきたらフリーランスで自分の仕事が出来る。僕もあんなダメだったのに貯金だけはしていたから、アルコール依存症から立ち直る時間を何とか過ごすことができました。
人生という打席ではフルスイングだし、そのクセは直らない。いつかまた無理がくるかもしれない。本を書くことで、少しは客観的に自分を分析することができましたが。
岩田
自分もプロの文章まではいかないけど書くことが好きです。読む人が楽しいと思う文章を考え、自己満で誰にも見せないで書いてます。でもどこかで見てほしい欲求も出てきてます。そうするとなかなか耐えられない文章になる。
宮崎
でも今は酒屋の仕事で地に足をつけ、福祉での経験やキャリアを活かしながら新しいことにチャレンジしてますよね?
岩田
周りから見て自分的になかなか面白い人間だなって。酒屋を継ぐ前は福祉ばかりやって、今は酒屋の3代目として酒屋を変えていこうとしている。どこかで他の人と違ったり、ちょっと浮いていたい。いまSNSが盛んな中でどう浮き出るか。でもそこを考える自分も嫌で。
宮崎
わかります。
岩田
どこか他とは違う自分を出していかないと埋もれてしまう。そこを本当の力で抜けたい。
宮崎
実際のところ本も自分のフォロワーが多いと売れやすいですしね。
岩田
実際そうです。うちもSNSでフォロワーが増え、1回投稿すると商品がすごく売れた。そこは嬉しいんだけど「これは何なんだろうな」と自問自答もしていて。
なりたいと思った何者かって「ナニモノ」なんだろうか?
宮崎
わりと生き急いで今に至る感じですが、僕と岩田さんは今年でちょうど40歳じゃないですか。ここでもう一回棚卸しして、”何者”かって”ナニモノ”なのかと考える時間がほしい。ちゃんと地に足をつけ、地に足をつけた上で浮上できるのが一番いいんだけど。
岩田
それが一番いいですよね。
宮崎
僕は根が真面目だから、僕が書いた本に携わってくれたすべての人のためにも、「何者か」を目指すというか、今は単純に影響力がほしいという気持ちもある。常に頑張らないとまずいみたいな感覚がある。
岩田
何かしてないといけないと。
宮崎
世代もあると思うんですよ。ちょうどミクシィやSNSが社会人になるあたりで出てきた。そうすると、目立つ人は目立つじゃないですか。
岩田
ちょっと何か言えば注目を浴びて、そうすれば生きやすくなる感覚がどこかしらあった。常に浮いていたいみたいな。
宮崎
客観的にうまくいっている部分、今の自分が一回性の自分としてある部分もあるし、前と後を何回も経験した僕とすれば、今も「前」なんだって意識は、常に持っていたほうがバランス的にいい。
岩田
それはすごく分かるんです。今が「前」なんだろうとちゃんと思っていなきゃと思うけど、今の自分はまだ慣れてない。
パズルが集まってきた感覚
宮崎
岩田さんはお酒もそうだし酒屋さんもそうですけど、福祉も含めてコミュニケーションに関わる仕事をされてますよね。
岩田
コミュニケーションは大好きで、自分一人では生きていけないと常に思っています。だから接客の仕事がしたかったし、福祉の仕事がしたかった。誰かとつながっていたかった。
宮崎
そこにもしかしたらお互いのヒントかもしれないですね。孤高になって自分で苦しんで空回りするパターンが多いなか、意識的に人の話を聴く大切さを実感しています。父はすでに亡くなったけどもっと話を聴いておけば良かったと思います。後には戻れないですからね。
岩田さんは今幸せですか?
岩田
今は幸せです。でももっと何か欲しいと思ってます。今はいろいろな人生があったけど幸せだと思います。だいぶパズルが集まってきた感じがします。
宮崎
パズルを集める感覚はわかりますね。今までは自分のなかで積み上げていく感じだったんだけど、どっちかと言うと今は複雑化、細分化されて数が増えてきた感じがします。これまでは上乗せしていくような感じだったのが、今はすでにあるものを細部まで見て生活も仕事も質を高めて行こうという方向性になってきた。
岩田
最近よく思っているんですけど、恋愛でも男性は並べて考える。女性は重ねていくと言われることもあるけど、自分は並べて比較してしまうんですよ。
前はこうで今はこうだと。それは人生においても言えることだと思う。積み重ねていくと、下の方がどんどん窮屈になっていく。最近ふと自分のことを上から下へ見ていくと、上から見下ろしているようで、過去の自分がすごく寂しそうだと思うんです。積み上がっていくと過去に頑張った自分と、失敗した自分がかわいそうだなと思って。
宮崎
僕は子どものころは、ずっと1日中雲を眺めているような愚鈍な子どもだった。一方、あのころの方が豊かだったものもあるんじゃないかって。
上乗せしたり、取り繕って塗装したりした結果、ガラガラって崩れたものを何回も見た。今もそういう過程にいないか、ボタンを掛け外していないかチェックする。
それはパートナーさんがいるから出来るんじゃないかって思ったりはしない?
うちは妻とは職種や考え方も違うところがあるので、客観的なセルフチェックには一番いい。妻の目から見ておかしかったら、どこかおかしいのだろうかみたいな。
宮崎
もちろんそうです。妻とじっくり話し合いながら、生活も仕事も育児も、地に足をつけて進めていきたい。とはいっても、どこかで花火を打ち上げたい気持ちがあって、それがまだ未熟なところかもしれないけど。
岩田
自分に対して「ちっちぇな」とか「いい加減安定しろよ」と自分でも思うんだけど。
宮崎
それこそ地に足をつけて実態を伴ってね。
岩田
しっかりと打ち上げようとすると、「後」の自分からしてみたら「何考えているんだ」って言われるだろうけど、でも一度きりの人生で小さい花火は嫌だ。
宮崎
「人から認められる」というよりは、「自分が納得したい」んだと思う。
でもでっかい花火を打ち上げて、ぽっと出ちゃったら、それはそれで反動があるんですよ。
岩田
そうだね。相当の衝撃だと思うけど。そこで気付いて「前」になる可能性があるのは知ってるんだけど、でも花火は打ち上げたいんだよ。
宮崎
わかります。そこが僕の弱いところ。
岩田
弱さに気づくことはいいかもしれないけど、どこかで「弱さ」に目を瞑りたい自分がいる。
宮崎
気づいているぶん、以前よりは成長しているような気はしています。
岩田
でも気づいていてもやっちゃうんだけどね。
宮崎
無駄な部分で努力家なんですよ。ツイッターでこういうことを言うと喜ばれるかなと思っちゃう(笑)。やらなくていい努力なのに。
どこかでホームランを打ちたい感覚
宮崎
僕は ”僕たち”みたいな言葉をなるべく使わないようにしています。文章を書いていると、ついつい”僕たち”と複数人称を使いませんか? 「僕たち」って。誰だろう。確実に言えるのは、「僕」が思っているということだけなんですよ。
岩田
「僕たち」と共通認識にして安心感を得たいのかもしれない。
宮崎
「僕たち」みたいに都心に住んでいる人もいれば、地方に住んでいる人もいる。同じ状況の人なんていないはずなのに”僕たちは今”みたいな感じになってしまうのも、大振りしがちな昔の悪いクセなのかも。今は小振りでなるべく質の良いヒットを打っていきたい。
岩田
腰を痛めないようなスイングで打率を稼ぎたいですね。でもどこかでやっぱり一発ホームランを打ちたいんですよね。
宮崎
打つチャンスはあってもあと1〜2回だという感じがしている。昔は月1回ぐらいホームランを打ちたいと思っていたけど。
岩田
そうですよね。花火の大きさに耐えられないもんね。
宮崎
人生のうちに花火を打ち上げるのが1〜2回あったら、それで十分だと思う。人生で1〜2回花火を打ち上げて、僕が80歳になったら酒を飲みましょう。
岩田
マジっすか。
宮崎
わからないですけど(笑)。80歳まで生きることができたら酒をとめる人はもういないと思うんですよ。あれだけ酒が好きだったんだから、たとえば83歳で死ぬとしたら、最後の3年ぐらい飲ませてあげたいと周りが思うかもしれない。そこで再び飲むかもしれないし、落語の『芝浜』ではないけど、「やっぱりよそう」と思うかもしれない。
「80歳になったら〜」は、なかば冗談でいつも言っているんですけど本気の部分もあり、一方で「もう飲まなくていい」と言っている自分がいそうな気がする。その究極の「後」を目指します。
岩田
でもお酒をやめられたのはすごいと思います。私もアルコール依存症の人にいっぱい会って支援してきたけど、みんなちゃんと治療しても、みんな何度もトリップして、宮崎さんのように、ここまでめちゃくちゃ自分の中で噛み砕く能力はなかった。
自分でそこまで認識して弱さを自覚している人をしらない
宮崎
アルコール依存症について発信をしていると、TwitterのDMにたまに相談が来るんです。でも僕は専門家じゃないから、近くの医療機関とか専門の団体に相談してくださいとしか言えない。
岩田
宮崎さんの真似できないもん。だって普通じゃないんだもん。
宮崎
自分がお酒を止められたのは、決定的に自分の「弱さ」がわかったからだと思うんですよ。
岩田
普通はわからないんだよ。
宮崎
アルコール依存症は否認の病だから。
岩田
そう、いかに否認していくか。
宮崎
アルコール依存症に陥った人は、いかに「自分は大丈夫か」という悲しいほどガチガチな理屈をつくっていく。
岩田
もう馬鹿げてますよね。
宮崎
馬鹿げているんだけど、僕なんて赤ワインは飲んでも大丈夫だって(笑)。当時はバカげた理屈を作っていたんですよ。
岩田
依存症に陥っている人はいかに飲むかだからね。
宮崎
自分でもそれはわかっているんですよ。そしてアルコール依存症をコントロールできるというのは僕の思い込みなわけで。
岩田
宮崎さんはコントロールできてるじゃないですか?
宮崎
通常飲酒者に戻れるなんてことは、僕に限ってはないと思う。
岩田
そういう試みはしたいと思わなかった?
宮崎
それをやると自分に負ける自信があるんですよ。徹底的に自分に弱いことに気づいたから。
岩田
断酒よりも節酒する考えの治療が海外から入ってきましたよね。
宮崎
節酒するような治療を選択する人もいるのかもしれない。そして実際に効果を発揮するかもしれないけど、僕としては物質としてのお酒が好きなので、そういう意味では最後はドラッグと変わらなかった。
岩田
お酒もドラッグですからね。物質が違法薬物なのか酒なのかだけの違いだけであって。
宮崎
はじめはもちろんコミュニケーションを円滑にしたり、場を楽しんだり味を楽しんだりして飲んでいた時期はもちろんあった。でも最後は狂気だった。だから、また酒に手を出したら、やめられなくなるに決まっている。それくらい僕は意思が弱い。お酒に手が伸びそうになったとき、僕を止めてくれるのは「強さ」ではなく、むしろ「弱さ」のほうです。
岩田
でもそれはすごい。いろんなアルコール依存者で失敗した人と回復した人には会ったけど、自分でそこまで認識して弱さを自覚している人がいることが衝撃です。
宮崎
ダメなことに関して、僕は何でこんなに自信があるのかとたまに思う。偉そうにって。
でも多く現場を経験した人が言うなら、完全に「認定」ですよね。
宮崎
今はそう思わないけど、お酒をやめたときに思ったのは「こんなに酒飲んでボロボロになって、精神を崩して身体も崩して、なのにフリーライターでやっている」ってこと。こんなに駄目なのに仕事を続けられているということは、お酒やめたら売れちゃうかもって(笑)
今思えばその考え自体も、当時の「前」の考えなんですけど、多少は今も持っている。僕が酒を飲むことは当たり前だから、飲まないほうがラジカルだと(笑)。飲んで壊れてるよりも今のほうがラジカルです。
最後に、「今」の生活に満足しているか?
岩田
じゃあ今の生活には満足?
宮崎
「満足です」とメディア向けには言うけど。膝を突き合わせて語るとなるとね。
岩田
自分もいろいろ語ってはいるけど、実際そうじゃないんだろうなって。
宮崎
いまだにバットの出し方を考えてる。
岩田
自分も幸せですと言いながら、どこか退屈で。
宮崎
定期的にこのメンバーで3年おきぐらいに前と後をやりたいですね。あの時の「前」は違ったみたいな。
岩田
まえあと反対信者の僕らからしてみると。
宮崎
あのときはまだ「前」だったんだぞ!って。でも3年後、5年後に会うと、そうなると思いますよ。もしかしたら3年後は、もっとフルスイングしなきゃダメだろみたいなことを言っているかもしれない(笑)。
平林
前のことを全否定したりね。
宮崎
でもそれも柔軟さだと思うんですよね。
岩田
そうですよね。
宮崎
アルコール依存症になったとか事故に遭ったことは個人的には大きな事柄に見えるけど、社会全体としたら、よくある話じゃないですか。それでも同じように感じてる人がいないかもしれないし、そういう意味では一回思ったって経験にはなっているから、また失敗しても、もう一回頑張れるのかなって気がしてるんですよね。もう失敗したくないけど。
岩田
失敗なんてしたくないけど、同じようになんとかやれるだろうなって。
宮崎
やり直せますよね。
岩田
そうそう。
その度合いは二人はより強いかもね。
岩田
アルコール依存症にならない方がいいに決まっているけど、でも宮崎さんは何とかやってこれた。
宮崎
僕の唯一の主張として、自分の実力以上の失敗はできない、というものがあるんです。
岩田
そうですね。
宮崎
僕がいかにフルスイングしても、たとえば国家を敵に回すことはない。自分の器以上の失敗は出来ないという意味で、それもわかった。アルコール依存症も僕の人生にとって、そうであってほしいという希望はあります。
岩田
確かに身の丈にあった失敗ですね。
宮崎
それは自分にとっては深刻なことだったんだけど、自分の人生のことですから。もちろん、たくさんの人に迷惑をかけた。だから、もう人も自分も傷つけずに生きていける温度感で生活も仕事もしていきたい。
岩田
失敗して良かったと思いますよ。
宮崎
定期的にこの話は棚卸ししたいですね。
取材のあと
音声配信アプリ Stand.fmを使って、取材後のインタビューをしています。
Edit & Text:Daisaku Mochizuki
Photo:Katsumi Hirabayashi