縁があって出会った藍染大通り近くの長屋
内海
前にインタビューしてもらったとき、僕はまだ学生で、大学の卒業論文と修士論文で歩行者天国のことを調査してる話をしてたんですが、この家の前にある藍染大通りは、僕が2017年に歩行者天国のことを調べるきっかけになった場所、初めての歩行者天国なんです。
そうなんや!
内海
この藍染大通りのいろいろな使われ方を面白いと思うなかで、この面白さの本質はなんだろうと考える中で、一番わかりやすいキーワードとして「歩行者天国」を意識しました。
藍染大通りの歩行者天国に出会ったあとに、じゃあ他の歩行者天国はどうなんだろうって興味が湧いて。藍染大通りは日曜の11-16時に歩行者天国になりますが、他の歩行者天国も日曜日が多かったんで、毎週日曜日に今日は○○区だって決めて自転車でひたすら回って、調べまくってました。
今はそれが一旦落ち着いてからは、僕にとって一番おもしろい歩行者天国はやっぱり藍染大通りだという思いもあって、ずっとこの街に通ってました。別に自分が守ってるみたいな感覚があるわけじゃないんですが、ここは行きつけの場所みたいな感じで、ここで過ごしたいなと。いまもずっと関わらせてもらっています。初めのうちは都内の実家から通っていたんですが、2年前にここから徒歩5分くらいの別のアパートで一人暮らしを始めて、そして昨年末にいまの長屋に引っ越しました。
この家に来るのが決まったのはちょうど仕事を1回辞めたときだったんです。当時住んでいたアパートも良かったんですけど、契約更新のタイミングでもっとおもしろい場所にいくか、実家に帰るかと悩んでいました。そのときにこの長屋が空いてるから住めばと知り合いから話をもらいました。
じゃあ、学生の頃からずっとあったご縁の延長線でここに?
内海
そうですね。
いまの働き方にたどりついた経緯
いま仕事としては、何系のお仕事が多いの?
内海
就職してから仕事をしていた「Open A/公共R不動産」の仕事が半分ぐらいで、あと編集の仕事をもう半分くらいやっています。
ウェブサイト的な?
内海
業界誌とか紙ものの企画編集やデザインをやっています。もともと冊子の編集やデザイン作るのは好きで自分でやっていたので、その延長でもらった仕事です。それ以外に、自分でやっているメディアとかアート系の活動が、あまりお金にならないですけどいくつかあります。
「Open A」は建築設計をメインにしている事務所ですが、そちらでも僕は建築物や空間のソフト側、企画やリサーチを担当しています。図面を引いているわけではないんです。
それって歩行者天国のある意味延長線上なんかな?
内海
公共の空間をどう面白く使っていくか、みたいなリサーチや仕組み作りは、僕にとっては歩行者天国の延長にありますね。もともと歩行者天国の話を面白がってもらって採用された経緯もあり、今でも好きなことを続けさせてもらっています。
それはいいね。
平林
ちなみに会社にはどれぐらいいたんですか?
内海
正社員としていたのは2年と少しです。会社を辞めたきっかけは去年の夏体調を崩したことでした。働きすぎもあったと思うんですけど、振り返ってみると思考的、心理的にもストレスを溜めてしまっていた部分もありました。
基本的にはずっと楽しかったんです。一昨年かな、すごく集中して仕事をしていた期間が何ヶ月かあった。それが一旦落ち着き、少し休もうと休んだ後に仕事に戻れなくなって。これはこのままやっていたらやばいと思い、 そこから1回仕事をセーブ気味にしたんですよ。
そこから復活したときに、自分により向いている仕事を当ててもらい、もう1回めちゃくちゃ頑張っていた期間がありました。しかし、そこでもう1回体調を崩して、これは本当にダメだとなって。
平林
ちなみに体調を崩すってどうなるもんなんですか?
内海
僕の場合は精神的なものだったと思うんですけど、起きられなくなって、ひたすら眠い、体が動かない、集中できないみたいな感じになって。
仕事に没頭しやすいんかな?
内海
そうかもしれないですね。
平林
こっち(望月・平林)は無責任な人たちだからね(笑)。
内海
真面目すぎるって言われますね。他にもいろいろ個人的な取り組みをやっていて、そっちもおもしろいから時間を割くこともあったんですけど、ずっと建築のことを考えてる人に対して、ちょっと負い目を感じることもあって。そのバランスの取り方が難しくなった結果でもあると思うんですけど、去年の夏に休んでしまって。
そこから仕事に復帰しようと思ったタイミングで、「Open A」でやっていたプロジェクトはまだ続いていたし、思い入れもあったからもう1回やりたいけど、でも週5のフルタイムで同じように働くイメージはまだできなくて。
そこを踏まえて会社と話をしたとき、「じゃあいったん退社して、業務委託の形で自分が好きな部分をやるって繋がりの続け方はどうか?」と向こうから提案をしてもらい、「それはすごい嬉しいです」と。
図面を引くこと ≠ 手を動かすこと
平林
出身は何学科でしたっけ?
内海
建築学科でした。でも設計は全然してないし、「建築家」という肩書はなんか違うなと思っています。
平林
図面を引こうと思ったら引けるでしょ?
内海
引けないことはないですけど、設計の経験も、建築士の資格もないんで、自分の名前で責任を持つことはできない。
平林
内海くんは建築設計の方向で頑張っていこうって感じでもなさそうですもんね。
内海
そうなんです。「Open A」では図面を引いてたこともありましたけど、これは自分がやることじゃないと思ってしまって。作業的にもそこまで好きになれなかったし、何よりこだわりが最後まで持てなかった。
尋常ならぬこだわりを持って建築を作っている人たちを間近に見て、すごく尊敬してるんだけど、自分はこうはなれないなと思ってしまって。だから真面目すぎるのかもしれないですが、設計はこの人たちに任せておいた方がいいと思って。それで自分はもっと力が発揮できるソフト側に移りつつあります。
入社当初はハード側もやってみようって?
内海
思ってました。実際自分の手で作るのは好きなので、いま住んでいるこの家も自分で適当に直したり作ったりしています。あと最近はアート展示やインスタレーションの設計施工とかもやっています。そういう最後まで自分の手で作れるようなものは、自分の面白さが出せるポイントかもしれないと思っています。
だから自分の手で作る行為を捨てるつもりは全然ないんです。でも社会に対してというか、現代の日本の建築業界において、「建築」を作ることはまた全然違う意味があると思っていて、それは他の人に譲ろうと思って。この場所を面白がって住んでいる
内海
僕はこの長屋にいつまで住めるかわからないので、あんまり手間もお金もかけずに、自分の手で週末2日だけでできることをやろうと思って、壁に板を付けたり、机も作りました。周りにすでに知ってる人もいるし、せっかく広い家なんで、半分公開しながら暮らしています。
平林
今で言えば味があるとか。敢えてポジティブな意味では住めるけど、僕が小さいころって こういう家に住んでる人は仕方なく住んでるイメージがありましたね。
内海
そうですよね。風呂もないし。だから僕、近所のおばさんに「あんなとこ早く出て、まともな家探しなさい」とか言われてるんですよ(笑)。
中には、本質的には経済的に余裕がないという問題がある、あえてそうしているっていう趣向の話にすり替えちゃいけない、とか言う人もいるじゃないですか。僕もそうだと言われちゃえば返す言葉はないんだけど、ちょっとモヤモヤしますね。
でも、僕はこの家は今まで住んだ家で1番好きで。まだ住んでいる期間も短いからマイナス面が見えてないだけかもしんないですけど、少なくともひと冬は大きな問題なく越えました。
近所の家族とすごく仲良くて、その家の子が自分の家と同じだと思って普通に入ってくるんですよ。その家族からクリスマスパーティーをやるんだと、誘ってもらったんですけど、その家族の家は散らかっていて人を呼べないから、僕の家を借りていいかって言われて、誘われたクリスマスパーティーはここでやりました(笑)。
この間も2階でぼーっとしていたら、その近所の子が「お前いるのわかってんだぞ!カチコミだ!」と言って玄関開けて入ってきて、「お前どこでそんな言葉覚えたんだよ」みたいな(笑)。声もすぐ聞こえるし、その子が学校から帰ってきたのもすぐわかるんですよ。
長屋に住んで考えたこと
内海
この家に住んで価値観が変わったというか、すごく思い直したところがありました。僕は大学のときから建築をやっていて、住宅の計画とかも学んでいたわけですけど、どんな家に住むかがこんなに暮らしに影響を与えるんだと今更ながら思って。家の壁が薄くて外の声が聞こえることから生まれるコミュニケーションとか。横の路地で子どもが騒いでる声が聞こえてきて、窓から顔を出して「よっ」と言ってみたりする体験はすごく新鮮でした。
あと、観光で散歩しているような人も前の路地に入ってくることがあって、「こんなところにギャラリーがあるんだ」とか「なんか雰囲気いいね」みたいな声が普通に聞こえてくる。
「ここに僕みたいな人が住んでると思ってないんだろうな」みたいなことも含め面白くて、街の中にいる、この場所に住んでいる、ということを初めて実感しています。
この家は僕が住む前は数年間空き家で、壊れかけてるところもあって自分で補修するという条件で借りたんです。自分の手で直していると、建物全体が自分が手を加えていいものの延長にあるなと、そうだ家って自分で作れるんだったんだ、って感覚を初めて持ちました。「暮らしを自分で作る・手を加える」ことも初めて感じたんですよね。
生活のリズムのテンポ感は?
内海
基本的に自分のペースで暮らしているので、それはあまり変わらないのかもしれないです。でも当たり前のように他の人の存在があって、その中で暮らしているという感覚。
この辺に関わって5年くらい経って、変わったことはある?
内海
住んでいるのと通ってるのでは見える景色とも違うし、前のアパートと今の長屋でも、徒歩5分くらいの距離しか離れてないけど、、やっぱり同じ街の中であっても全然違うんですよ。こんなに変わるのかって。
それは解像度がどんどん上がっていくってこと?
内海
そうですね。自分がずっとその場所にいて寝泊まりするという時間の過ごし方は、通っているときの時間の過ごし方と全然違います。もう1つは、今ここに住んでいると表の歩行者天国まですぐ物を運べるので。土間にもらい物の畳があって、それを担いでって路上に敷き、冬の寒い間はその上にこたつを出してたりするんですけど。 裏口から延長コードを出して伸ばして、こたつを温めたりしています。
自分の家に手を加えられるということもそうだし、僕にとってはこの家のそばの歩行者天国をそういうふうに自分の思いつきでアレンジして使えるという感覚が、ある意味すごく新鮮で大事にしたい。
大学のときの研究や、仕事で話すときは、歩行者天国がすごく公共性が高くて意義のある場所であるみたいな議論をしていて、それも嘘ではないんですけど、もっと根本的には、ただ単純に自分が楽しく暮らしたい、それを他の人にもお裾分けしてみんながちょっと楽しくなるといいなって感覚くらいがちょうどいいというか、より本心に近いのかもって。
今回内海くんに会って感じたのは、社会人経験を経て、以前会ったときよりも穏やかな気がするね。
内海
気持ち的には、ある意味ちっちゃい暮らし・ちっちゃい世界で満足しちゃってます。この年齢でそれでいいのかとは思いつつですが。
平林
いい居場所を見つけちゃったんじゃないですか?
内海
見つけちゃった。ここにずっと住めるかわからないけど、僕の1つの理想はこれだとすでに思ってます。
「こういう家に住んでます」と堂々と言っていこうと思って。人によってはこんなところに住みたくないとか、貧しいとか、早く引っ越せみたいな人もいるんですけどね。
自分の仕事の作り方も、ある意味少ない人とチマチマやっていて、すごく大きなことはできないって思ってるんですよ。やりたいことをそんなに実践できていないし、モヤモヤ感もあります。でもそれが、他に似たようなことに取り組んでいる人たちのモヤモヤをうまく突いているようなところがあるらしく面白がってくれます。
僕はもしかしたらこれを喋ってるだけで、しばらくはいいのかもしれない。逆に変に何かに寄せようとして、今あるものを捨てない方がいいと思うようになりました。
似たようなことや、もっと進んだことを言っている人はたくさんいると思うんですよ。
例えば望月さんも知っている人だと、グランドレベルの田中元子さんとか。影響を受けそうだったんで、あまり意識しないようにしていたんですけど、結果的にもしかしたらすごく近いところに来てるのかもって。でも僕としては、影響を受けたわけじゃなく、自分で経験したことの結果の感覚としてそれを持てるのは、遠回りだったかもしれないけどすごくいいなって思ってたりもするんですけどね。
Edit & Text:Daisaku Mochizuki
Photo:Katsumi Hirabayashi