SFCにいたからこそ、起業ではなく「会社員」へ
川下
モノをつくるのはずっと好きでした。才能があったかどうかは別として、幼い頃から姉がずっと絵を描いていたのですが、絵を描いたり映画を観るのが好きだったり、エンタメコンテンツが好きな人で、その影響もあったと思います。
ですから、将来は何となく創作に携わることをやりたいと思っていて、いつかモノを書く仕事をしたいと思いながら、大学ではその当時一番興味があったコンピューターグラフィックス(CG)を専攻しました。
ゼミの先生は、金子満さんと言って、2018年に他界されたのですが、JCGL(ジャパンコンピュータグラフィックスラボ)という日本で最初のコンピューターグラフィックスの会社をつくられた方でした。金子先生のゼミを履修したのが、僕にとって大きな転機になったというか、映像をつくるなど、コンテンツをつくる仕事がしたいという思いを強めました。
その後、就職に際してはテレビ業界という選択肢も考えましたが、入学当初からインターネットに囲まれて育ってきたので、ネットの発展と共にその波に乗れる選択がいいと感じました。そう考えると、広告はどんな媒体にも展開できる可能性があるのと、就職活動で出会った人に恵まれたこともあって、広告会社に入りました。
ただ、どこかで事業をつくりたい思いが自分の根っこにあったので、本当にいいタイミングでいい人に出会い、今は事業をつくる仕事ができて恵まれていると思います。
ーSFCの流れから考えると、川下さんが社会人でバリバリやってはるころに、インターネットでもサイバーエージェントなんかが出てくるわけじゃないですか。そういう状況を見て、川下さん自身でも何かやったろうみたいな、独立して、とかなかったんですか?
川下
なくはないんですよ。なくはないんですけれど、アプローチの仕方として、他の方法もあるなと思っていました。やるなら、僕はインパクトのあることをやりたいという思いがありました。事業をつくるときに、0から自分で立ち上げなきゃいけないのか、または大企業の力をレバレッジして大きなビジネスをつくっていくことができないのかと考えたときに、後者の取り組みに挑戦してみたいと思っていました。
総合広告会社のパートナーには、多くの大企業さんがいらっしゃいます。その技術や人材はすごく魅力的で、そこにクリエイティビティでレバレッジをかけられたら、経済インパクトは大きいわけです。
大学の先輩たちは0から起業した尊敬する方がたくさんいらっしゃいますが、それこそ人と違うアプローチをしたい自分は、大企業や、他にはない技術や資産を築いてこられた企業の皆さんと新たな事業を生み、育てることに力を注ぎたいと思いました。
ー面白いですね。単純に考えたときに、人とは違うアプローチだったら、会社員じゃなくて、自分で独立して「やったろう」じゃないですか。でも川下さんはもともとSFC出身だし、むしろSFCは0から立ち上げるほうが多かったから、そうではない道を選択するのは、世の中のよくあるものとはまた違い面白いですね。
川下
そうですよね。僕は常に人と同じことをやりたくないと思うことで、常にメインストリームから外れたキャリアを歩んできたように思います。でも、変化は辺境から生まれると言いますよね。なので、僕は「辺境LOVER(ラバー)」です。
ーSFCの先輩から起業するような話は、在学時代に聞いていたんですか?
川下
そうでもないです。起業されていく姿は見ていましたけど。
ーもしそういう人をいっぱい見ていると、会社員、会社とはなんぞやってことは、起業家から学んだほうがよいと思ったりしないでしょうか。
川下
そうですね。会社経営をしたことがない人が、何とか溺れまいと犬かきをしながら会社をつくって育てていくのも、ある種スタートアップのあり方であるような気がします。一方で、すでに出来上がっている会社の仕組みを学んだ後で、その知識や経験をもとに新しい会社をつくって育てていくというアプローチもあると思っています。当然会社経営は予期できないことの連続だと思うので、勉強すればすべてうまくいくわけではないと思いますが、先人の知恵を学ぶというか、巨人の方に乗ったほうがスムーズにいくこともあるように思います。
ですから、僕の場合は、会社について学びたかったので、最初は極論どの職種に配属されてもいいと思っていました。先ほどもお話しましたが、今は人生で「ひとり1職」ではなく、「ひとり多職」を経験できる時代なので、最初はどの職になっても、いろいろな職種を横断しながら会社という組織の仕組みを勉強するつもりで楽しんできました。その結果、キャリアを振り返ると、マーケティング、PR、広告クリエイティブ、事業開発、経営職と、一見全く違うことをしているように見えますが、自分の中ではすべて、会社を経営するための実経験による学びとしてつながっています。
ー大きな会社はジョブローテで回りますもんね。
川下
そうなんです。それを前向きに活用できれば大きく成長できると思います。今僕はグループ会社の経営にコミットしていますが、長らく企画畑で育った自分が、今は人事や経理財務も見ていると知ると、「えっ、お前にそんなことできるの?」なんて心配してくれる仲間もいます(笑)。実際、まだまだ未熟ですからね。
ー当初思い描いていた方向には進んでますか?
川下
不思議なんですけど、そうなっていると思います。こうじゃなきゃ嫌だという気持ちを発しているわけではないですが、自然に行きたい方向に進むことができているように思います。とは言え、どこかしらで、自分の意志を発信しているのかもしれませんね。自然とやりたい方向の人に出会う場に行き、こんなことをやりたいと話しているうちに、じゃあこうしたらいいんじゃない?とか、こっち来ない?とか、言われるようになり、知らないうちに自分が望んでいた方向に向かってきた気がします。いま思えば、大学院の終わりぐらいに、将来はこうなったらいいなと漠然と描いていた未来の自分の姿に近づいている気がします。
ですので、僕は1つの専門性の先にある未来像を描いて、そこに行き着くために戦略的に取り組むというようなことをやってきませんでした。一見行き当たりばったりに見えて、でも次はこういうことやらなきゃいけないとか、仕事をやりながら次にやるべきことが少しずつ見えていく中で、後になって俯瞰してみれば、点が線でつながっていたというキャリアを歩んでいるように思います。
これから先の見える景色を変えていきたい
ーこの先の人生100年時代では、展望はありますか?
川下
日本は必ずしも「Japan as No.1」である必要はないと思いますし、昔と比べて凋落したと言われるのは別に気にしなくていいと思います。ただ、景気が悪くなったら、みんな元気がなくなるし、貧しくなれば犯罪も増えてしまうでしょう。そういう意味では日本を元気にしたいと思ったときに、全てをスタートアップの活性化で元気にする必要はなく、企業内起業でもいいと思いますし、会社の規模を問わず、様々な会社の形態に合わせて、今よりさらによい世の中を築く取り組みができればいいなと考えています。。
せっかく今の時代に命を授かったわけですから、もしも僕たちがこの世に存在しなかったら生まれなかったかもしれない新しい事業や製品・サービスを、パートナーさんや会社の仲間と一緒に生み出し、育て、それによってよりよい社会、生活を築いていきたいですし、目の前の景色を変えていきたいと思っています。
歴史の教科書に載るところまでは望みはしませんが、今の時代に生きている僕たちが存在したことで生まれる事業、製品やサービスによって、次の世代によりよい生活を届けられたら本望だなって思います。
そこにインパクトを持たせるためには、企業の規模を問わず、スタートアップ企業から既存の超巨大企業までを巻き込んでいくことが必要だと思っています。
ー川下さん個人としては、どうなんですか?
川下
個人としても同じです。僕はよく「利他即利己」を大事にしていると言っていますが、他者に喜んでもらえることが、すなわち自分の喜びになると思っています。ですので、世の中や次世代に対して何かギブすることができる事業、製品・サービスを生み出すことができれば僕自身が幸せです。
そんな僕がなぜ会社という存在を大切にしているかと言えば、「会社」という言葉をひらくと「社で会う」と書くように、会社は「同じ志を持った人が1人じゃできないことができる場」だと考えています。1人でやることは1人のインパクトしか生み出せませんが、みんなと取り組めば、掛け算でとてつもなく大きなインパクトを生み出すことができますよね。
ー川下さんも、いろんな人に会ってはるじゃないですか。それってどういうモチベーションですか?
川下
今のお話にも通じますが、何か創造しようとするとき、1人でできることの影響力ってたかだか知れていますよね。ですから、いろいろな人と繋がって面白いことがやりたいというのが1つの理由です。いま新規事業開発に取り組んでいても、ここまで築いてきた人とのつながりに助けられることが多く、ものすごくありがたいと思っています。
僕のこれまでのキャリアを振り返ると、PRの仕事に携わっていた期間が比較的長いのですが、その時代にいただいたご縁が今につながっているように思います。
新しい分野の開発をするときに、あの人に相談できるんじゃないか。新しい事業をつくってセールスを拡大しようと思ったときに、あの人に相談できるんじゃないか。そんなふうに、 すぐに人と繋がれるのはものすごく大きな財産です。
さらに、人とのつながりは、自分にとっての刺激と学びになります。会ったことがない人と会ったら楽しい。環境で人は変わるじゃないですか。人生で接する人によって、自分はいくらでも変えられると思います。だから自分が進化するために、いろんな人に会い続けていると言えるかもしれないです。
日々いろいろな人と会う理由は、その方々と面白いことができるかもしれないし、未知の刺激と学びを得ることで、自分自身を進化させることができるかもしれないからです。
会社員になりたかったまえとあと【前編】
Edit & Text:Daisaku Mochizuki
Photo:Katsumi Hirabayashi