朝日放送からIBMに転職。そして困難が。
ー朝日放送からIBMに転職されて何年ですか?
岸本
IBMに転職して8年目になります。私のキャリア自体は、もともとは朝日放送で約20年のキャリアを積んでました。前半10年は営業、販促でセールスプロモーションのためのイベント、CMや番組を作り、クロスメディア企画として、例えばガラケーやWEB、スマホを掛け合わせたデジタルコンテンツなども作ってました。
後半はTVの編成部署に行き、特に宣伝領域でいろんなコンテンツを作りました。話題化するために例えばARアプリを作ったり、色々業界初ニュースにチャレンジしたりして、最後は新規事業の企画なども担当しました。
そんなこんなしていたら、ちょうど2016年、なぜこの時期の転職だったのかで言うと、たまたま大阪に単身赴任することになったことも、1つ引き金にはなっていますが、2015年10月にTVerが出たんですよ。
私はリアルタイムにSNSを絡めたり、ニコニコ動画の弾幕のように画面を汚すような番組とか、プリキュアのLINE連動などもそうだけど、放送と通信を掛け合わせて色々インタラクティブに流れが変わるような新しいTVのコンテンツ企画が好きでした。
でもTVerが出来て、2016年になって業界的に上手く行きそうだという雰囲気になって、なんだか大きく見逃し配信の時代になってしまった感覚があって… ちょうど動画配信としてはバーチャル高校野球のSNS企画なども担当していましたが、当意即妙なクロスメディア企画の仕掛け屋としては、なんだかちょっと面白くなくなってきた感じだったんです。
一方で、ちょうどその頃に、IBMがAIのWATSONとかブロックチェーンをやっていて、掛け合わせるとインタラクティブに面白いコンテンツ企画が出来るのではないか、と思ったんです。同じタイミングで、IBMのiXという体感デザイン部門にお誘いを頂いたこともあるんだけど、それで転職して飛び込んだのが元々の経緯です。
で、そこからですよ、大変だったのは(笑)。
今につながるきっかけは、ひたすらキスシーンを見ることだった
岸本
私はエラ呼吸で生きてるというか、流れが速いほうにある面白いことに飛びつく性格です。堅実に同じことを続けて、特に新しいことをやってなくても安定していればOKってタイプではなくて、常に革新的なことをずっと現場で仕掛けていきたいタイプでした。
だからAIとかブロックチェーンといった次世代テクノロジーの未来感、ワクワク感がたまらなくて、それまで紡ぎ上げてきた自分のいろんなネットワークから考えたときに、テレビは引き続き大好きなんで、その関係値を生かしたまま、外から業界を支援した方が革新的なことを色々仕掛けられて面白いのでは?と考え、テレビ業界から飛び出してしまいました。
ー会社からの引き留めもありましたよね?
岸本
いま考えたらありがたいですよね。お世話になった方から「ちょうど新しい企画で〇〇なポジションを任せようと考えていた」と当時の立場を考えたら勿体無い引き留めも頂きましたが、むしろ外から今の専門性を持って支援する方がきっと業界のお役に立てると信じて会社を飛び出しました。 辞めるまでは、2ヶ月くらい、ちゃんと毎日送別でお礼をお伝えしつつ飲んで、仕事もギリギリまで色々引き受けて、有給休暇も全く消化出来ずの超(?)円満退社でした(笑)。
で、飛び出したんだけれども、IBMでの仕事はそれまでやっていたことと想像以上に全然違ったわけですよ。
岸本
(図を見ながら)左側がテレビ局員、右側がコンサルタントです。 転職する直前まで、特命を受けて、東京支社のデジタルビジネスユニット リーダーという肩書きを頂戴していました。それがIBMに来て、現在はIBMフューチャーデザインラボのチーフプロデューサーです。IBMにはもともとデジタルキャンペーンのみならずアナログキャンペーンやコンテンツ制作もやっていくようなチームを作るから来てほしいとお誘いいただいて入社しました。
テレビ業界だと基本的に年功序列でずっと給料が上がっていく仕組みなので、残業は多いものの収入的には安定していて、そのままいても安泰だったわけです。IBMでは、給料自体は前職からスライドするぐらいだったんですが、年棒制で、「はい、何億円稼いでくださいね」というコンサルタントの世界です。
逆に言うと稼がなきゃ年俸は上がらないし、自力で数字を作れないと、当然会社で居場所が無くなって出ていかなきゃいけなくなっちゃう。覚悟して転職したものの、そもそもコンサルタントなどやったことのないTVマンからすると「なんだこりゃ?」と。
ただ、そんな中で、まず自分の専門性で闘おうとするじゃないですか。何の専門家ですかと問われて「TVで映像のコンテンツ企画をやってました」というわけですよ。でも当時のIBMには映像の仕事があるわけではなかった。
でも有難いことに、ちょうど動画コンテンツを配信するお客さんから「映像をAIで分析できませんか?」と相談が来てました。だから私から手を挙げて、そのチームに「映像の専門家」として入れてもらい、私なりの提案をしました。その提案とは、例えば映像の中で「人がいます」とか「車がいます」とAIで分かっても何の意味もないと。
例えば映像の中で「男性と女性がキスをしています」と認識できるんだったら、そこに「キスシーン」というシチュエーションタグがつき、これは恋愛ものだってことがわかるみたいな感じです。
ほかにも例えば車と車が分かっても意味がなくて、片方がパトカーでもう1つが爆発だってことがわかったら、これは「カーチェイスをしている」ということで「アクション映画」だということがわかるとか。
つまりAIがこれとこれを認識したらこういうコンテンツだってことが分かるようなシチュエーションタグで仕組みを作ったらどうですか?と話をしたら、提案がすごくウケて、やってほしいとなった。そこで何が始まったかと言ったら延々とキスシーンを見ることでした。
一同
笑
岸本
そうすると社内では放送局から来たやつがずっとキスシーンを見てると噂がたって。こちらとしては「いやいや、これは仕事ですから」と言ったりで、「なんなんだあいつは」となった。(笑)
でもかなりAIもキスを覚えるようになってきた。それで私は「ワトソンがキスを覚えましたキャンペーン」をやりましょうと進言したものの、一方で私はちょっとこれだけではまずいぞと思っていて。
じゃあ次は炎を爆発と捉え、AIがパトカーと炎を認識できたら、そのシーンはカーチェイスで「アクション」のタグがつくからと、ひたすら爆発シーンばかり見始めたわけですよ。そうすると今度は延々と炎と爆発を見てるユナボマーみたいなやつがいるってこれもまた社内で指名手配されそうになって。(笑) 最初は後ろ指を刺されながらで本当に大変でした。
結果的にはプロジェクトはそれなりの実績を残したんですが、でも逆に言うと、お客さんの求める完璧なシチュエーションタグは難しかった。
ただ、ちょうど私が炎を解析していたことで、社内に「炎の専門家」がいるって話になり、IBMでは焼却炉の燃焼効率を上げるためのプロジェクトが横で走っており、「炎の専門家」枠でプロジェクトに引っ張られました。焼却炉にはずっと炎ばかり見ている人がいるので、私が炎をこうやって解析すればいいとアドバイスするわけです。
平林
IBMは焼却炉の燃焼効率を上げる仕事をやってるんですか?
岸本
IBMでは、いろんな業界のコンサルタントをやってるんですよ。その中のプロジェクトの1つに、焼却炉の燃焼効率を上げるものがありました。なぜなら焼却炉は発電もしているからで、途中で例えば燃えにくい大きなゴミがあったら、炎の勢いが無くなって、発電の収益が落ちてしまいます。
なので、その燃焼効率を上げるために炎をずっと見てる人がいて、炎の舞い方が変だとなったら焼却炉を止めなきゃいけません。その作業を人がやってたんですが、それをAIで解析するプロジェクトで、結果「炎をAIが解析、巧みの技」としてYahoo!ニュースになりました。「あ、やっと一つニュースを作れた」ということで。
平林
ネタはどこにでもあるんですね。
岸本
だから、結局なんでもそうですが、小さなことからコツコツと「郷に入れば郷に従え」と。求められるものをちゃんとやっていれば繋がっていくんだなと。後ろ指さされながらもコツコツ取り組んでいたことが、結果、別のプロジェクトで求められる仕事に繋がり、最終的にニュース化に至りました。
そうすると今度はテレビ局の人から依頼がありました。テレビにはCMのスポット作案作業と言って、どこにCMを流すかを決める仕事があります。
私もその仕事のデスクをTVマン時代にやっていましたが、未だに人力でやっているため、これをオートメーションできないかって話でした。
しかしスポットCMの作案作業は、客先と複雑な握りが存在する上、何重もの視聴率のデータを重ね合わせてやる作業で、属人的な要素も強く、業界的にはオートメーション化は困難と言われてました。
それでも、コツコツやって、結果、紆余曲折を経て、IBMの基礎研や開発メンバーの力を借りて、AIを活用して「TVスポット自動作案」を2019年に「発明」出来ました。実際にスポット自動作案が実現して、今はビデオリサーチ社の売り物になっています。
ビデオリサーチ社曰く、いま一番実用的に稼働出来ているスポット自動作案システムだと言われてます。テレビ局は、売り上げのほとんどをTVスポットCMの収益が支えているんで、ある意味でこのシステムを実現したことで業界への恩返しというか、自動化してパフォーマンスを上げる仕組みを作ったことで、テレビの資産、収益のDX効率化を助けることにつながりました。
しかも、このスポット自動作案は、TV局が過剰に流出してしまいがちなGRPという視聴率の資産を、最終納品する際に、デフラグのようにぐっと寄せて、パフォーマンスよく出力出来るようになっています。作業効率的にも、帰り際にボタンをピッと押したら朝までにAI学習により数百案の作案が自動的に出来ます。人がほんの少し最終調整したら作案完了できるので、他のクリエイティブな業務にも時間配分出来るようになり、働き方改革にも繋がりました。
あと、TVマン時代にXR企画で、当時番組で1万円札にアプリをかざすと100万円にどんっと増えるようなアプリを作ってYahoo!ニュースにしてバズらせたことがあったり、メタバース関係でセカンドライフとかアメーバピグの番組企画を担当していたんですが、それは今、結果「空間コンピューティング(Spatial Computing)」って言葉にすり替わっていて、IBMでも、2018年くらいから、そのようなXRやメタバース案件に幸いなことに関わっています。
さらに、結局テレビが好きなので、今、IBMで、2022年よりテレビ東京と地域創生のIT番組「TaMaRiBa」を作り、出演もしているので、 結局TVマン時代にやっていたことが、IBMでも作れるようになってきています。
平林
正常シフトをしてるんですね。
岸本
そうなんです。〇〇×テクノロジーで、それぞれ仕事が変化していってます。結局以前の仕事の延長で、拡大解釈してるというか、より制約なく、より広く、面白いことができる環境になっているので、本当にあとから考えるとありがたいです。
平林
いまのポジションはIBMに来てから作った感じですよね?
岸本
そうですね。もともと映像を作るようなチームはなかったんで。結果として求められる形でチームになりました。IBMフューチャーデザインラボも、ある意味チームは会社に用意していただいて。いまメンバーにはテレビ局出身の人間とか、代理店の制作会社だった人が入ってきています。
だから基本的に映像も作れるし、XR制作だったり、AIアバターや、立体的な体感デザインとして、インタラクティブなプロジェクションマッピングを制作するようなプロジェクトも引き受けます。他にもハッカソンとかアイデアソンのようなイノベーションのアイデアを創出するようなワークショップを手掛けたりするなど、IBMの中でもクリエイティブとかデザインを担当するチームとしてやらせてもらえているのでありがたいですね。
腰は低く、志は高く
平林
技術だけの自己満足で終わらずに、その技術を「どういう場で使うか?」ですよね。
岸本
そうです。意外と潰しが利くのは、「テレビマンは白紙から想いを可視化するプロ」だからです。だからお客さんに寄り添う文脈で言うと、メディアの人や代理店マンはコンテンツを制作してカタチ化するプロなので、これはある意味、究極のコンサルタントなんですよね。
まだみんなそこに気づいてないだけで、私はたまたまガチITのコンサルタントの世界に飛び込んだから、それがわかった。マスコミとか、業界的にはそれなりに給料もいいし外に出ようと思わない。でもそこから飛び出したら飛び出したで、厳しいけど世の中の役に立てることがいっぱいあるんですよ。
ー「普通は”業界”を飛び出さない」と言われちゃいますよね?
岸本
普通は飛び出さないですよね。ずっとそのまま業界にいても生活的には困らないですし、それなりにステータスもありますから。
平林
テレビ業界を飛び出さなかったら、一緒に沈んでいくような危機感があったりはなかったんですか?
岸本
沈んでいく危機感という意味では、テレビ業界は”定年までは”大丈夫だろうなと思っていましたが、どんどん面白いことがテレビ業界ではできなくなってる危機感はありました。それでもいいから、待遇面のことしか考えてなかったら、外には出ずにそのまま業界にいるでいいじゃないですか。
他業界に移行するポイントで多くの場合は、業界や会社組織では仕切っていたような人たちが「俺すげえんだぞ!」みたいな感じで行く場合が多い。でもそうではなくて、基本「腰は低く」でも「志は高く」という感じで他業界に入っていければやっていけると思います。
平林
テレビ自体をかっこ悪いもんだと語る人もいますよね。
岸本
多いですよ。ただ、私はトレンドに乗っかるようにオワコンとして語っているのであればそれは違うと思っています。TVを持っている人が自分できちんとコンテンツを咀嚼して、その上で面白くないと判断するなら良いですが、TVを持ってもいないこと自体を自慢する人や、全く見てもいない、とか、とにかくやってもないことを自慢するのはちょっとおかしい。家にTVがあって、そのうえで視聴したTVコンテンツについて面白くないって言うんであれば、それは別に構わないです。
革新を起こす上で「Not,But..」ではなく「Yes ,And..」で、という考え方があるのですが、なんでもまず、口に入れてしっかりと咀嚼して、その上で評価したりアイデアを乗せていくことが大事で、不味ければ吐き出せば良くて、自ら咀嚼もせず体験もせず、他の評価や勝手な損得感覚などで感情的に考えてしまうのが、一番良く無いことだと思っています。
平林
僕なんかTVで育った世代だから楽しかったし、規模感の大きさを当たり前のように受けてました。で、今いろんなものが広い範囲でやってるんだけど、1個1個の規模が昔のテレビほど大きく見えなくて。
岸本
あの頃の、昔のテレビ業界をコミカルに再現してヒットしたTBSドラマ『不適切にも程がある!』は素晴らしかったですよね。当時は劇中のことを本当に実際にやってたなって感じで。今考えたらとんでもないですけど。(笑)
95歳くらいまで働きたい
ー今後の話を聞かせてください。
岸本
これまで求められるものにひたすら応えていくことでずっと仕事ができています。例えばまだ自分が50代なのに60歳を越えた人たちの「リスキリング」について講師で立ってくれと依頼があって。
これは60歳を越えた人たちが+αのスキルを身につけて次へ飛び立っていこうって話で。 だけど「リ」ではなくて「アップスキリング」だと。「リスキリング」と言われると、ニュアンスとしては今までやってきたことが間違えていたような感じがするんですよ。そうではなくて、これまでやってきたことを延長して拡大して「アップスキリング」するんだと。水平思考すれば、今までの経験を活かして次へ持っていくことができると思っています。
それで、今「アップスキリング」的なことをテレビ局とも企画として一緒にやってます。そうするとありがたいことに、いろんな講師的な立ち位置で企業に呼ばれたりもします。そこでは様々な人の持ってるコアバリューを引き上げるようなワークショップをやっています。
改めてそのようなワークショップをやってみると、自分は潰しが利かないと思っていた人たちが、俺たちでもバリューを出せるんだって気付きがあるんで、今仕事でやってることも、その拡大解釈で、水平思考すれば、世の中の役に立つことが必ずあるんだと思っています。
あと、そのように、持っている強みや想いを可視化して、届く形で再構築すること、その人や組織のもっている価値観や考え方を、ある意味、再評価して、その心のシェアをやっていく、その作業をプロフェッショナルとしてやっていくことは、どんなに、価値観が多様化し、表面的に社会がホワイト化する中でも、間違いなく求められる仕事なんじゃ無いかと。実際、引っ切り無しに公私ともに常にその作業を相談され、業務としても求められている感じです。それを今コツコツ仕事としてこなしています。
だから私自身、何も焦っていないし、結局のところ、死ぬまで、そのように自分に求められるものを1つ1つこなしていきたい。体が許せば95歳ぐらいまでバリバリ働こうと思ってます。
Edit & Text:Daisaku Mochizuki
Photo:Katsumi Hirabayashi