パーキンソン病に気づいたきっかけ

ーパーキンソン病は、何がきっかけでわかったんですか? 病院を受診したんですか?
インコさん
病院でパーキンソン病の診断を受けたのが、今から3年前の2022年6月ぐらいのときでした。その年の1月ぐらいから喋っていると手が震えるんですよね。台本を書くときにキーボードが打ちづらいんです。
これはいったい何だと思って整骨院に行くと、ストレートネックだから首が原因だろうと首の牽引で引っ張ったりしてくれるんですが、一向に良くならないですよ。で、妻とご飯に行ったときに「足引きずってない?パーキンソン病かも」と言われたんですよ。それまで全然気づかなかったんですね。
そこから検索して調べたんですけど、自分からは手が震える症状が何かとかって怖いから調べないわけですよ。
ーその気持ちは分かります。それにしても妻の気づきはすごくないですか?
インコさん
たぶん妻も検索したんだと思うんですけど、妻から言われなかったら、いまも「全然治んないな」とか言いながら、まだ牽引していたと思います(笑)。
それで脳神経内科に行ってCTスキャンを撮ったんですが、症状がパーキンソン病っぽいから大学病院を紹介してもらいあらためてMRIをすることになって。それで「精度を高めるために」ってMRIの次にダットスキャンってMRIの強化版があるんですけど、ちょっとパチンコのステップアップみたいな感じになって調べた結果、パーキンソン病だと診断されました。
気づけばその2年ぐらい前に四十肩みたいな症状が出て腕が上がらないなって感じていたのと、病の診断結果が出た2年前はちょうどコロナ禍で飲み会がなくなった時期なんですよね。だから付き合い酒が減って、10キロ近く痩せたんですよ。痩せたのは喜ばしいなと思っていたんです。あと声が花粉なのかわからないけど、ちょっと枯れるようになったりで。これが全部パーキンソン病の初期症状だったんですよ。体重減少、腕の痛み、声枯れは。
ーそうなんですね。
インコさん
多くの関連本を読むと、そうした症状を経て、いよいよ体が震えるようになると、そこでみんな病院に行くらしいです。パーキンソン病の診断結果が出たのは2022年ですが、もう2020年頃から僕はパーキンソン病だったんじゃないのかなと思ってます。
2021年の演劇公演の映像を見て初めて気付いたんですけど。その時、手はまだ震えてはいないんだけど、右腕があまり動いてないんです。
ー僕も体重が減少すれば絶対喜ばしいと思っちゃいますね。でも確かに後から考えるとって話ですもんね。
インコさん
パーキンソン病になるのは、65歳以上の何百人かに1人の割合らしいです。40代で発症するのは珍しいパターンではあるそうです。医者から「発症は早いですが、早い分だけ医学の恩恵にも預かれると思いますよ。10年前とは治療方針も違いますし」とちょっと軽い感じで言われましたね。パーキンソン病といえばマイケル・J・フォックスやモハメド・アリの印象がありますよね。
ー印象的ですよね。
インコさん
正直ふたりの元気だった姿を見ているので、今ある状態が特に歩きづらそうにしてるのがバレるじゃないですか。ダイレクトに頭の中にあの姿が入ってくるのはショックでしたね。
それでも最近、山中教授のIPS細胞でパーキンソン病の症状を改善したってニュースがありましたし、しかもここ数年で治療ができるくらいの勢いで研究が進んでいるそうなので、あのときの医者は山中教授の研究の話なんかも知っていたのかもしれないですね。だから今はもうちょっと楽観的に考えられる材料がありますね。
パーキンソン病は進行性の病気というのもあって、改めて日々、なんか今日ちょっと調子悪いなって感じると。もしかしたら今何段階も病気が進行してしまったのかなって思うときもあります。
ーパーキンソン病の究極の原因ってあるんですか?
インコさん
原因は不明なそうです。現状は全然わからなくて、どうやって発症するのか、本当に原因不明らしいんですよね。
ーインコさんの妻が、妻で良かったですね。
インコさん
本当に感謝しています。ネタとか演劇はそんなに発症する前と変わってないと思うんですけど、普段の会話とか飲み会とかだと自分もおとなしくなった。もっと喋っていたはずなんですけどね。
パーキンソン病の影響で変わったこと、変えたこと
ーちょっと静かな感じには見えますよね。
インコさん
それは発症したからなのか、歳を取ったからなのか、それは後者だと思いたいんですけど(笑)。
ーなるほど(笑)。
インコさん
感情が平坦になるというか、暗くなる。そういう症状も人によっては出るらしくて。
僕もちょっと気を抜くと目がすぐ死んだ目になるんですよ。先日「朝劇」という爽やかな朝を演劇で彩るって企画に日替わりゲストで出て、ネタを披露してきたんですけど、終わった後にありがとうございました的な動画をSNS向けに撮影するんですよ。
他のキャストのみんなは「おはようございます!」と元気がいいんですけど、僕だけもう葬式みたいな感じだった。朝から目が死んでる(笑)。朝にこんな顔をしてるじゃないよって。
ーインコさんのお話を伺っている分にはシュールで面白いんですけどね。
インコさん
ざっくりいうとパーキンソン病はドーパミンが減る病気。それで運動に支障が出たり、元気がなくなるっていう病気でもあるんですよね。
ーそれで不便を感じたりするとさらに元気が……という
インコさん
そうですね。たとえばキーボードで文字を打つスピードは落ちてるんですよね。メールの返信とか台本とかは遅くなってる。あと字が小さくなるとか。手の動きが小さくなるから。
自分はイラストレーターもやってて、絵についてはタブレットで描いてるんですけど、手ぶれ補正があるし、もともと絵を描くときも拡大して描いていたので、幸か不幸か絵を描くことにはあまり影響がないんですよね。
ー左手はあまり震えないんですか?
インコさん
そうなんです。でも左利きではないんで。左右差がありますね。
ー症状が出ているのは右なんですか?
インコさん
右ですね。右手が震えるし、右足が上がりにくい、
ーなるほど。発症後、いろんな工夫をされているんですよね?
インコさん
例えばPCまわりの環境を変えました。絵を描くときは、画面に直接描くような液晶タブレットを導入しました。そうすると拡大しての書き込みが板タブレットよりもしやすくなったりとか。目は疲れますが。
ー詳しく病気のことは知らなかったので、震える症状があるぐらいしか知らないんで、定型には言えないですけど
インコさん
個人差があるので、僕の症状が絶対出るという病気でもないですけど。
自分は口に症状が出るのが一番怖いです。しゃべりづらくなるみたいなので。
自分で舞台や演劇をやっているんでまだ出れているんだけど、他からお呼びがかかると相当大変だろうと思うんです。右半身が動かしづらいので、舞台からすぐにはけることが難しいんですよね。だから呼んだ側も、演出家が「インコさん、もっと早くはけてください」って言いにくいじゃないですか。
「インコさんはこれが限界なんですよ」って話になるし、「もっとつっかからずに自然にはけてください」って言われても、「俺の自然がこういうことなんだよ」ってことになる(笑)。
――(笑)
インコさん
歩きにくい、手が震えている、そういう人が演劇とかドラマのフィクションの中で、別に症状はいじられないままいてもいいじゃないかって思うし、ライブでも言ってるけど、もう1人の自分が「そうは言っても説明はいるよね」とささやきだす。それは悪魔の声ですよ(笑)
今年の目標としては、自分は病気ですけど、病気じゃない役として病気の僕を使ってくださいとオーディションとかで言いたいと思います。相当ハードル高いと思うけど、それをやらなかったら言行不一致ですからね。いや、使いにくいのはわかってますけど(笑)
インコさんの周りの反応はどうだったのか?
ー周りのパーキンソン病に対しての反応ってありますか?
インコさん
周りに楽しい人間が多いんで、僕が病気になったことに関してギャグを言うと喜んでくれますけど。
当事者のギャグって捉え方が難しいというか、本人が笑ってほしいって気持ちでギャグを言ってるから、そんなにピンとこなくても笑ってやるかみたいな空気になることが絶対あると思う。
ーそうですね。
インコさん
でも、そこに甘えすぎちゃいけないなとは思いますけどね。
乙武洋匡さんが、ご自身の手足がないことに関するジョークを言うじゃないですか。選挙出て落ちたときに「手も足も出なかった」とか。自分はあれ最高だと思うんですけど、あのジョークにあまりハマってない人は絶対いるんですよ。そういうことで笑いたくないっていう人。だけど、乙武さんが目の前にいて、欠損ジョークを言ったら、絶対笑わなきゃいけないっていう空気になる。
それに似たことは自分にもあるんだろうと。手が震えるギャグになったとき、(見ている側が)ウケなきゃいかんだろうな、本人は楽しそうに言ってんだからと。それは当事者の権力性みたいなものがあって、全然可愛いもんですけど、人に気を遣わせてしまっている部分もあるかもしれない。
ー難しいところですけどね。世の中の空気的なものとか、SNSの誹謗性とか含めて、難しいところは色々あると思うんですが。
インコさん
本人が言うことなんで、面白いと思ってるから言ってるんですけど、自分がパーキンソン病ギャグだけでネタを5分ぐらいやり続けることがわかりやすいんでしょうし、実際病気をネタにしたスタンダップコメディはいっぱいあるんですけどね。
病気になって分かった視点

ー実際に当事者になって、ちょっと視点が変わることはありましたか?
インコさん
例えば、子どもができた人は、他人の子どもが今泣いてるとか笑ってるなとか、憤ってるなとかよく見えるようになるんですよね。透明化していた赤ちゃんの存在とか、電車に乗って座ってると、目が向くようになるってことがよく言われますよね。それと同じで、自分が病気になると、同じパーキンソン病だろうなっていう人に気づくようになりました。
――そうなんですか
インコさん
昔、喫茶店でアルバイトをしていたときに、歩幅が小さくて足の悪いおじいさんがいて、そのおじいさんのことが嫌いだったんです。食事にはすごい注文つけるし、サンドイッチに付け合せのサラダをもっと細かく切ってくれと言われたり、割と小さいボールに入っているレタスをもっと切ったりしていたわけです。
いま振り返ってみると、そのおじいさんは全部同じパーキンソン病の症状なんですよね。
歩幅が小さくなって足が引っかかるし、食べるときに口が引っかかるから、僕もレタスを大量に食べるのが大変なんですよ。ポロッとこぼしたりして。
で、そのおじいさんは今の僕と同じ症状が進んでいる状況だったのに、あの時の僕はあまりそれを理解もしなかったんだなって。「ちゃんと歩けよ」とか思ってましたからね。ひどいもんですよ。
――あらためて気づくことですね
インコさん
まあそのおじいさんは女の子の店員にうざがらみをしていたんで嫌われてはいました。
おじいさんは決して良い人ではない。それだけはちゃんと言っておきます(笑)
最後に

インコさんの10周年にあたるスタンダップコメディを渋谷で見てきた。「おはようインコさん」と題されたインコさんのスタンダップコメディを見たのは実のところ初めてだった。彼独特のユーモアセンスに溢れたあっという間の時間だった。
自身の病気のこともネタに織り交ぜつつ、観客も彼の世界観に引き込まれているのを感じた。特にラーメン屋のくだりは秀逸で、インコさんの本名である成田を活かしたネタがイカしていた。「よっ、成田屋!」
実はこの記事を書いているきっかけも、インコさんからスタンダップコメディ観劇のお誘いから始まったのだった。
Edit & Text:Daisaku Mochizuki
Photo:Provided by Inko san