矢印の向きがぐるっと180°変わったまえとあと

くろやなぎてっぺい
映像、音楽、企画

くろやなぎさんにはいつも自分にはない視点をもらえる。それが嬉しい。「サウナが森」なんて視点は僕はもっていなかった。新しい視点を提示されることは新しい価値観をインストールできるチャンスなんだ。

Profile

くろやなぎてっぺい
映像、音楽、企画、様々なフィールドで多方面で活動。
NHK連続テレビ小説「半分、青い」オープニング映像、Mr.Childrenステージビジュアル、「デザインあ」ID映像など。「映像作家100人」選出。またライフワークとして「あいうえお作文RAPプロジェクト」を企画。
芸術分野では文化庁メディア芸術祭、横浜トリエンナーレ、アルス・エレクトロニカ、SIGGRAPHを初め、国内外のメディアアートフェスティバルに 多数参加。またアートバンド1980YEN(イチキュッパ)を食品まつりと共に旗揚げし、音楽、映像、美術、インターネットを ミックスした独自のスタイルで活動。
P.I.C.S. managementブルーパドル

Index

まえとあとのタイトルについて

くろやなぎ

まえとあとってタイトルすごくいいと思って。

ありがとうございます。タイトルは本当にノリで決めました。

くろやなぎ

ノリ!全ての事象に「前と後」ってありますもんね。タイトルがこのメディア自体を語っていますね。

以前にもタイトルいいですよねと言われて、クリエイターの人に褒められるとすごく嬉しいです。そもそも自分の「前と後」でもあったんで。コロナもあったので、タイトルは「まえとあと」かなと。

サウナのまえとあと

くろやなぎ

僕のなかで、サウナの前と後は大きないテーマです。コロナ禍でサウナの存在がより強くなりました。それは首から上と下の距離がグーンと離れてしまったからです。コロナで友人と直接会うことも少なくなり、ZOOM打ち合わせが増え、フェスやライブもオンラインイベントに代替されていった結果、身体性を伴わない行動がすごく増えました。コロナ前までは、意識と身体の割合も5:5ぐらいの感覚でしたが、バーチャル活動グッと増えて、意識と身体が9:1ぐらいに変化。友人ともよく話すんですが、意識と身体がバラバラになった気がしてます。そうなると手触り感のあるアナログなものが恋しくなったり、自然に触れたくてキャンプに行ったり、身体の解像度を上げたくなります。僕はそれがサウナでした。サウナは原始の森のような存在です。

少し話が飛躍しますが、人類が森の中で生活を送っていた時代、太陽の光が地面まで届かず、周りの景色も見通しが悪い。どこから襲われるか分からない恐怖がある。僕は原始の森のような不確実な世界にいけば身体を取り戻せると感じて「サウナ」に足を運びました。サウナは高温多湿で薄暗い森みたいだし、知らない人と裸でいることの恐怖感もある。都内にも沢山あるし丁度良かったのです。

サウナに入ると五感が鋭くなる。それはサウナが原始の森と近い環境だから、本来の力を取り戻している感覚に近い。生物としての本能に磨きをかけて、自分も地球の一部なんだと再確認する場所。だから僕にとってサウナは、体と意識の差を埋めるというか、深く繋がりを結びつけるところなんです。もともとサウナ発祥の地であるフィンランドはサウナと「生と死」がひも付いていて、サウナ室で子どもが生まれたりするような神聖な場所らしいんですよ。※1

サウナ室で子どもが生まれるって? まさかサウナ中に産むわけではないですよね?

くろやなぎ

どういう状況なのか、僕も分からないですけどね(笑)。フィンランドではサウナは生活の中の一部なんですよね。

※1 実際に昔はサウナのなかで子どもを出産する風習があった。

平林

サウナってどれぐらい入ってるんですか?

くろやなぎ

人によりますけど、僕は1時間半ぐらいですね。

平林

サウナ室に入った後、1時間半座っているってこと?

諸々の行程のトータルでの時間だと思います。

くろやなぎ

そうですね。3ステップあって、まずサウナ室で体を温めてから、水風呂で冷やして、休憩する。これをぐるぐる繰り返します。1サイクルは30〜40分ぐらいですね。

平林

3サイクルぐらいやるんですか?

くろやなぎ

そうですね。

平林

そのあいだに何か考えたりしてるんですか?

くろやなぎ

僕はサウナ室にいると聴覚の解像度が上がるんです。音に対してすごい敏感になる。、呼吸を意識することが多くて、集中力が高まると同じ呼吸なんて1つもない事に気付くんですよ。毎回違う。

呼吸って呼吸を意識した途端、気にし過ぎてうるさく思ったりしませんか?

くろやなぎ

ノイズになることに関しては、それはたぶん他のところに意識したいから、それがノイズに聞こえちゃうんですけど、呼吸自体が目的になったときに、「あっ! 自分ってこういう呼吸してる」ってことが、すごい面白く感じます。吸ってる空気の量や喉を通って肺に行く速さ、鼻から漏れる息の音も1回1回ちゃんと感じていくんですよ。そうすると自分の今日の体調はこういう感じなんだって分かる。

ある禅僧が「人間にとって一番近い自然は呼吸だ」と言ってたんですが、確かに呼吸していると自分ではディテールをコントロールできない。あぁ、確かに自然に近いと思いました。たとえば汗も意識して止めれないじゃないですか。

はい。

くろやなぎ

汗を1分後に止める!と強く思っても止めれない。意識でコントロールできないものは尊いんです。コロナになりオンライン化が進み、バーチャル空間を思い通りに行き来する生活で、意識のみ無双状態になってる気がします。サウナで汗をながし、意識じゃ太刀打ちできな自分を感じて、俺は生きてる!って実感する。サウナは自然の入り口なんです。

あつがりTVプロジェクト

くろやなぎ

僕は都心に住んでましたが、郊外のスーパー銭湯の隣に家を借りました。朝起きて30秒でサウナにいけます。

引っ越したことで生活ががらっと変わりました。サウナに対してもっと掘れるなと思い、いま仲間たちと一緒にサウナのプロジェクトを始めたんですよ。それが「あつがりTV」プロジェクトです。

サウナ室はたまにテレビがあるじゃないですか?そのテレビの存在って賛否あります。サウナが好きな人って自分と向き合いたいし、サウナそのものを楽しみたいので、テレビ否定派も多いです。

僕も最初はテレビ反対派でした。だって僕らは90度近い暑い中、裸で汗をたくさん流している。でもテレビの中のタレントたちはすごい涼しそうなんですよね。テレビの中と外ですごい断絶を感じて、彼らも汗流せよって思ったんですよ。そうしたら同じ空間内をシェアしてる感じがしますよね。例えば、ニュース番組でもキャスターが汗びっしょりで、しわしわな原稿を必死によんでたら、もっといい関係でいられるのになって。

なるほど(笑)。

くろやなぎ

それで「あつがりTV」をみんなで企画して、サウナとテレビの中をつなげる試みをはじめました。たとえばサウナ室で、アツアツのチゲ鍋の映像や、噴火しててふつふつと真っ赤なマグマが動いている映像を見たときに、自分の体がどう反応するのか。もしかしたら発汗作用が増すんじゃないかとか。

逆に冷たい氷山の映像を見たら、体がどういう反応するのか。

五感が鋭くなっているサウナの中で、視覚と聴覚をハックして、サウナを拡張したいなと思いっています。今、仲間を探しているので興味ある人はSNSでメッセージください!

サウナに出会ったきっかけと、座禅とサウナ

くろやなぎさんが最初にサウナに出会ったのは、何がきっかけだったんですか?

くろやなぎ

最初はサイケデリックカルチャーとしてのサウナに出会いました。、友人のミュージシャンたちがサウナについて騒ぎ始めてて、お作法通り入ると凄い体験が出来ると噂を聞いて通うようになりました。

なるほど。そういう流れなんですね。

くろやなぎ

僕は座禅が好きなので、サウナの空間の中では、自分とどう向き合うか、どう定点観測していくかを試行錯誤しています。

さらにヨガとか始めたらすごそうですよね(笑)。

くろやなぎ

そうですね。ヨガもやってみたいですね。

ちょっとスピリチュアルな要素もありますよね。

くろやなぎ

スピリチュアル詳しくはないですが、昔は苦手な分野でした。アメリカのSBNRムーブメントなどたまに話を聞きますが、科学では捉えきれない大きなものって否定できないですよね。月間ムーとここ1年ぐらい仕事してますが、彼らからの知的好奇心は本当にすばらいいです。脱帽です。

でも科学的なスピリチュアルはありだと思うんですけど、根拠のないスピリチュアルよりはね。くろやなぎさんの方向性は一貫している気がします。サウナとか座禅とか、くろやなぎさんが行きたい目的って意味で。

くろやなぎ

そうかもですね。

平林

サウナと座禅は一緒なの?

自分投影のための装置としての座禅とサウナみたいな。

くろやなぎ

自分の中のプリミティブな部分ってあるじゃないですか。仕事してるとそれを抑えているんですよ。

平林

仕事では必要ないってことなんでしょうね。

くろやなぎ

欲望丸出しだと仕事に支障が出てしまうので。笑 でも理性だけに抑えつけると何か大事なものを失ってる気もします。

平林

表面的なことの運びしかできなくて。

くろやなぎ

そうです。合理的なことだったりとか便利・不便利なところでまとめちゃうから。本来僕らの持ってるものって全然違うんじゃないかって。

平林

すごい良い話をしてますね。

くろやなぎ

もっと動物的でありたいとうか、やっぱり森に帰りたい。笑 身体を伴った仕事をしたい気持ちが強いです。それが高温多湿の映像作品「あつがりTV」を始めた動機かもしれないです。

平林

サウナ好きが高じてってことでしょ?

くろやなぎ

はい。自主制作なのでお金はないですけど、それをやっているときが楽しいですね。

平林

最近「お金で困ってないんです」と言うとおかしいけど、困ってるんですけど、お金優先で考えると、楽しいことって絶対進まないんですよ。だから最初は、まえとあともそうなんですけど、とにかく最初は好きだとか、こうあるべきだってところから進めて、後からなんとかなるじゃないですか。

くろやなぎ

間違いない。

平林

むしろ自分の懐だけじゃない考え方じゃないと、世の中は進まないからね。

3.11で変わった価値観

くろやなぎ

ぼくの前と後で言うと、3.11で自分の矢印の向きが変わりました。今まで無自覚だったものが目の前を立ちふさいで、東西南北の矢印では全然ダメで、上にも下にも向かないと立体的に物事を捉えらないんだなぁと猛省しました。

たとえば今まで空気のように使っていた電気。自宅のコンセントが福島とつながっている事すら知らなかった。都内に原発はなく、地方に誘致している事。自分は何もしならいまま、他人に押し付けている事がショックでした。ゴミ問題も同じように、自国で処理できないものを他国に押し付けたり、歪な社会構造に気づかないふりを決め込んでました。コンセントのその先を考える事、社会の向いている方向を疑うことが大事だなとつくづく思います。

僕の職業は映像や音楽をつくる事なのですが、震災直後はテレビでニュースを見るだけで、自分の経験やスキルと被災地を結びつける事ができなかった。何か出来ることがあれば、手助けさせてもらいたいと思ってましたが、アイデアが全然思いつかなかった。家の中でダラダラ過ごしちゃう日々が続いて、ただただ無力感を感じてしまってたんですよ。今思えば本当はもっとやれることって絶対あったし、それがすごい心残りで、いまもコンプレックスになっているんですよ。

矢印の向きがぐるっと180°変わった

くろやなぎ

東京で友人たちがNOddINというグループを作って、社会問題に映像で立ち向かう活動をしていました。震災から3年が経って、彼らと合流して活動に参加しないと一生後悔するという想いがふつふつと沸き上がり、当時は名古屋に住んでたんですが、上京して彼らと一緒に「あいうえお作文RAPプロジェクト」を作りました。それまではビデオアートや現代美術を作り、自分の内的衝動を表現する事が多かったのですが、

「あいうえお作文RAPプロジェクト」では自己は全然必要じゃなくて、むしろ自分を消して相手の感情を拾い上げる作品だったりするので、僕の矢印の向きがぐるっと180度変わった。

その経験が僕の中で「まえとあと」というところでは大きくて、20代で夢中になってた自分探しの旅がひと段落しました。自分を無くす事で見えてくるもの、相手との関係性の中に大事なものがあるんだなと思っています。あらゆるものは関係性の中で初めて存在するってブッダも唱えてますね。

「あいうえお作文RAPプロジェクト」を企画してから、これでやっと被災地の人たちとつながれるかもしれないと思い、何のあてもなく福島県の南相馬に行きました。バックパッカーが集まるゲストハウスに泊まったんですが、運営しているのは県外から来たボランティアスタッフで、福島の現状を伝えようと被災した家を自分たちで改築して活動していました。

しばらく滞在して彼らと一緒に南相馬を回っていくうちに、仮設住宅のおばあちゃんと一緒に編み物したり、小学校の学芸会の美術を作ったり、毎日がとても楽しかった。それで関係性ができてくると彼らの言葉を拾いたいと思って、南相馬の未来を30人ぐらいにラップをしてもらいました。ほとんどの人はラップ初体験で、仮設住宅の80歳のおばあちゃんも人生初のラップを歌ってくれるんですよ。

1人目

2人目

自分がそこに立ち会える喜びがめちゃくちゃあった。たぶん望月さんも取材して、そこでしか生まれない出来事だったり、人の感情に触れる瞬間ってあるじゃないですか。僕は今までアニメーションやデザインを作ってきて、そういう経験はあまりなかったんです。歌っている途中で感情があふれて泣き崩れる方、音楽に合わせて踊り出す方、ラップを自分なりに解釈して変化球を投げてくる方、いろんな瞬間に立ち会える事がとても尊い時間です。

人と人のあいだにしか生まれないものがあると気づいて、今も「あいうえお作文RAPプロジェクト」を続けています。ライフワークにしたいと思ってます。

毎年やってるんですか?

くろやなぎ

そうですね。今はパラリンピックの選手に歌ってもらったり、ラップも形を変えながら地道に自主制作なんでちょっとずつ時間ができたときにやってます。

取材のあと

声配信アプリ Stand.fmを使って、取材後のインタビューをしています。

Edit & Text:Daisaku Mochizuki
Photo:Katsumi Hirabayashi