日本で落語に出会ったまえとあと

桂三輝
落語家

落語は思ったよりも実はグローバルに可能性のある芸だと知ることができた。今回もあるご縁から実現した取材。桂三輝さんが伝えていきたいことを伺いました。

Profile

桂三輝
トロント大学卒 大阪芸術大学大学院舞台芸術研究科修士課程修了。
英文学、古典ギリシャ文学を専攻。劇作家や作曲家の活動をし、ミュージカル「Clouds」は、トロントで15ヶ月ロングランされた。日本では、アコーディオン漫談や英語落語の活動をし、2008年9月1日、桂三枝(現六代文枝)の元に入門。上方落語界初の西洋人噺家が誕生。現在はニューヨークとロンドンで定期公演を行うなど、落語を世界に広めている。

Index

日本で最初に見た落語は「寿限無」

日本に来て最初に見た落語家って誰だったんですか?

三輝

分からない(笑)。落語を初めて見たのは焼鳥屋で、若手の落語家だったので覚えてないですね。でも最初に見たのは「寿限無」でした。早い段階で三遊亭兼好師匠に会いました。

そうなんですか!

三輝

私が初めてファンになった落語家は兼好師匠だったんです。

ファンというか友だちだけど。今では落語家の大先輩。兼好師匠が毎日着物を着ている姿がカッコいいと思い、私もその真似をして、兼好師匠と知り合った当時は私は英語の先生だったんですが、毎日大学では着物で英語を教えてました。だから兼好師匠に憧れて落語の世界にだんだん深く入りました。

そうなんですね。兼好師匠も落語家になる前は会社員をやられていましたよね。

三輝

そうなんですよね。英語の先生だったころ、私は横浜に住んでました。だからその頃に枝太郎さんにはよく会ってました。記憶にある落語家の中では、兼好さん・枝太郎さんの二人がそうなりますね。

兼好師匠や枝太郎さんなどの横つながりは決まっているメンバーですね。たとえば喬太郎師匠とか白鳥師匠も。

そのつながりで文枝師匠のところへ弟子入りされたんですか?

三輝

そのつながりは全く関係ない。文枝師匠は上方の落語家ですからね。私は落語を初めて見てから3年ぐらい経ってから落語家になりました。落語家になるまでのあいだにはいろいろありました。

落語家になるまでにいろいろと勉強したり、いろいろな知り合いがいました。

そうなんですね。いろいろ学ばれてから落語の世界へと?

三輝

そうですね。

上方落語ってことは真打ちはあまり関係ないんですよね?

三輝

全くないです。

上方は前座みたいなことはあるんですか?

三輝

流れは一緒ですが、前座や真打ちなどの名前だけはないです。

もちろん落語の修行はあります。曖昧ですけど実際には江戸落語と同じで、前座や二つ目などネーミングはしないだけの違いです。なぜ上方落語には前座や真打ちがないか、理由が昔はあったんです。

上方落語にですか?

三輝

そうです。昔は真打ちになったら税金が高くなりました。大阪の落語家はそれを嫌がっていたから、ごまかすためにそれまであった真打ちなどの名前を全部消しました。

芸の世界だから、落語家は誰が師匠かみんな分かるけど、日本の政府は分からないから、税金はそのままだったらしい。落語のエキスパートの大学の先生に聞きました。大阪らしい理由ですね。※

※上方落語に真打ち制度があったのは大正時代まで

そうなんですね。

三輝

いま私は落語家になって15年目です。

いま落語はどれぐらいのレパートリーがあるんですか?

三輝

わからない。適当にやっていますから(笑)。レパートリーはぼちぼちです。3〜4本ぐらいでやってます。

そう言いながら、みんなレパートリーはしっかり持ってますよね(笑)。

はじめて見た落語に一発で惚れた

三輝さんはカナダではミュージカルを勉強されたり、実際に実施されたりしていると思うんですが、落語に一番惹かれた大元の原因は何ですか?

三輝

もともと私はカナダでミュージカルなどやっていて、私のやっていたミュージカルは古典ギリシャの2500年前のコメディーです。はじめて落語を見たのは日本に来て5年目だったんですね。

私は日本が大好きで、日本の伝統も好きで面白い。日本で初めて落語を見たら日本の伝統や提灯飾りがあり、扇子と手ぬぐいを使ったり。服装は着物を着て、座布団の上に正座して、三味線の音楽で客前に出てくる。落語家が最初の枕で話すのはめっちゃコメディーで、スタンドコメディにも近い。

その後本題に入ったら、ひょっとしたらシェイクスピアが生きていたときからの話も含め、目の前で2〜300年前からある話が語られるじゃないですか。だから伝統も入っているし、コメディーも入っているし、芝居も入っている。和のものだったり、私が今まで収集したこと、興味があったり、勉強したことがあることなどが、全部この落語というコンパクトな芸に集中していたんですね。

カナダでミュージカルをやっていたときは、私自身は演じていなかったし、もっと作家や作曲家をやっていました。落語の場合はすべてひとりで完結できるし、後はみんなの想像を使った世界を作ります。ミュージカルだといろんな舞台装置を使っているじゃないですか。

ミュージカルは振り付けとかアクション、音楽・ミュージシャン、照明も全て同じように落語も使っているけど、落語はその舞台装置を人の想像を使うことで同じ結果が得られるという経験に感動しました。もう一発で落語に惚れました。

私は兼好師匠の落語がすごい好きでハマりましたが、基本的に兼好師匠の人間に惚れましたね。落語のファンは芸が上手いことが一番じゃなく、まずこの落語家が好きだってことがあるんじゃないですか。

ある上方の落語界の先輩は「枕という部分はお客様と友達になるタイミング」だと。仲良くなってお客様が落語家を好きになり、話が聞きたくなる状態になったら、本題に入るとおっしゃっていたんですけど、それは正しいと感じてます。

うちの師匠(桂文枝)を初めて見たときも、私はテレビを見ていなかったので文枝師匠が「新婚さんいらっしゃい」に出ていることも知らなかった。初めて独演会へ行ったら、師匠という人間にすごい惚れました。

初めて聞いた師匠の創作落語は、このままアメリカやカナダ・イギリスで直訳した形で上演したら大爆笑だと思いました。だからどうしても師匠のもとで勉強したかったので、桂文枝(当時は桂三枝)に弟子入りしました。落語は最初から演じる落語家の人間性が出てくるのが面白いと思います。

海外でおこなう落語は意訳などして演じられるんですか?

三輝

まったくしてないです。まったく日本と同じように落語の演目を直訳して、日本と全くそのままの落語をやっています。ただ日本語か英語かだけの違いです。私がブロードウェイやロンドンで上演している落語は上方落語です。逆に英語にするときに意訳したり変に触ると、何のためにブロードウェイやロンドンで落語をやっているのか。

アメリカやイギリス・カナダで日本の文化を伝えるために落語をやっているのに、意訳してミックスするのは良くない。逆に私みたいな海外の人間が日本でいろいろな色物的なことをやってみることはいいと思うけど、海外でやる場合は完全に日本の文化と伝統をすべて守りながら落語はやります。

じゃあ寿限無を完全に直訳でやるのはめちゃくちゃ大変じゃないですか。

三輝

寿限無ですか? でも1万回もやると意外と内容は出てくる(笑)。

落語を海外でやるのは日本の文化を伝えるため

海外で公演されているときに、海外で落語会に来る人たちは、どうやって三輝さんの落語にたどり着くことが多いんですか?

三輝

口コミが多くて、あとWebが多いですね。ブロードウェイで最初に落語をやったときにはNYタイムズやTheNEWYORKERやロイター通信の評論家さんが来て、その後評論を紙面に書いていただきました。

実際に評論家の皆さんは落語をご覧になって記事にされているんですもんね?

三輝

そうですね。評論するからめっちゃ怖い。気に入らなかったらバツとかされるので。でもおかげさまで皆さん良いことしか書かなかった(笑)。

そのときは落語は何をされたんですか?

三輝

毎月公演で落語は違う話をやるんですけど、「ちりとてちん」と「桃太郎」だと思います。それからうちの師匠の創作落語の「生まれ変わり」をやりました。

創作落語と古典だと古典の方が割合は多いんですか?

三輝

半々ぐらいです。でも自分の創作じゃなくてうちの師匠である桂文枝の創作落語をやります。

三輝さんは創作落語はまだやらないんですか?

三輝

海外では日本文化を伝える意味では、創作落語は意味がないのでやりません。枕の話は全部自分で創りますが、本題に入ったら日本の文化か師匠の話のどちらかを紹介したい。

ギリシャの古典の話が落語になったら面白いと思いました。自分は修士論文がガンダムなんですけど、物語の分析もプロップの本を読んだり、アリストテレスの本も読んだんですけど、昔から物語構成って変わらないじゃないですか。

三輝

そうですね。

ハリウッドの脚本についての本も読んだんですけど、昔から何も変わらないじゃないですか。

三輝

そうですね。

世の中はいろいろと変わったのに。人間の根源は全然変わんないなと僕の中では結論としてあります。

三輝

そうですね。

だからギリシャの古典も今の時代でもウケるんだろうなって感じています。

三輝

そうですね。

落語の世界も人間はずっと変わりませんよね。

三輝

本当にそうです。

今の日常でも起きているようなことが、ちょっと舞台が変わっただけで。それを一人の人間がやっていて、しかも同じ話をいろんな落語家が演じると個性が全然違うのは、何百年の時間軸で培われたものなんだろうと感じています。

落語でみんなが笑うポイントは万国共通

三輝

毎月のロンドンでの公演が12月から始まりました。3月からニューヨークでも毎月公演がはじまります。

世界が落ち着いてきたら、もっといろいろなところでも落語をやっていきたいですか?

三輝

そうですね。落ち着いたらもちろんやりたいですね。日本にも戻ってきたいけど、今コロナの隔離期間が長いので難しい。毎週ロンドンとニューヨークで公演があるので、隔離期間があるといつも時間が取られてしまいますね。

ご自身の落語公演で海外の人たちに落語がウケていると感じるのはどんなときですか?

三輝

逆に落語がどれだけ万国共通なんだと感じています。というのは日本人が日本語の落語で笑っているポイントと、ニューヨークとかロンドンはまったく笑うポイントが一緒だからです。

世界中で全く笑うポイントが同じなんて、コメディ芸としてはなかなかないと思います。普通は国によって笑いのツボが違うと言ったりしますけど、落語はなぜか万国共通感がありました。とっても不思議ですね。

たしかに国々で笑いのツボが違うって話はよく聞きますよね。

三輝

そうですね。

そういう意味では全然違う国で演じているのにも関わらず、同じ反応が同じポイントで別々の場所で起こるのは面白いですね。違ったこともないんですね?

三輝

ないですね。基本的にまったく一緒です。

違う国で同じところで笑う瞬間があるってことは、同じ話が別々の場所で通じているということですもんね。

三輝

そうですね。おそらく落語は時代を超えているからです。国境も言語も時代も超えているので。今の日本と江戸時代の日本は全然状況も文化も違うのに、何百年も同じストーリーで笑えるのは、人間の基本で笑いを取っているということじゃないかと。

三輝さんがギリシャの古典を勉強した下地から考えても、そこは面白い現象ですよね。人間の根源を追及した先に、たまたま落語があったんじゃないかと感じました。

三輝

そうですね。

日本にもともと来たのは能の勉強ですか?

三輝

最初に興味があったのは歌舞伎と能でした。もともと落語は聞いたことがなかったですね。

たまたま出会って、それが転機になったんですね。

三輝

そうです。

海外の人で私も落語をやってみたい人から連絡が来たりするんですか。

三輝

はい、あります。

実際に稽古も?

三輝

ちょっと教えたりはします。私の弟子はまだいないですけど。

いずれは?

三輝

弟子を取ってもいいけど、日本語ができる人だったら考えます。まず日本語がわからないと、いきなり落語は無理だとおもいます。

そうですね。

落語は「コミュニティ」を大事にする芸

最後に「これだけは言っておきたい!」的なことはありますか?

三輝

皆様ニューヨークとロンドンでお待ちしています。日本人でも落語のファンでもブロードウェーとロンドンで落語を見たら、また見直すことがあると思います。これは世界中で通用する芸なので、ぜひ見てほしいです。

やっぱり生で落語を見るのと画面を通して見るのは全然違うじゃないですか。

三輝

一緒の空間にいる空気ですよね。まったく違います。オンラインだったら1人で見ている感もある。たとえば劇場に行くと周りのみんなが同じところで笑っているから、その一体感が大事だと思う。今ここでしか行われていないものを一緒に感じられるのは、すごい人間の基本じゃないかなと思います。

私は生のパフォーマンスがもともと大好きです。でもデジタルもいろいろ面白くなっているから、一緒くたにオンラインがダメ、デジタルがダメとは全然思っていません。というのはブロードウェイ公演は今ほとんどネットで宣伝しているんですが、昔はものすごく高いニューヨークタイムズの広告を買わなければいけなかった。

今はGoogleやMeta(Facebook)などいろいろな宣伝の仕方があって、本当に少ないお金でも宣伝ができるし、ターゲティングもできます。宣伝の仕方やマーケティングのやり方は良くなりました。

ちょうど私は今NFTの勉強を始めたんですけど、この世界も面白い。まだ少ししか味わっていないけど、自分のNFTを作るのに、何が一番大事かというと、まずコミュニティーを作って、コミュニティーを大事にすることです。

まだまだ分からないNFTの世界と落語の世界は、コミュニティを作り、コミュニティを大事にするという大きな共通点があるなんてすごいと思います。

考えると「ソーシャルメディア」の、みんな「メディア」にばかり集中しているけど「ソーシャル」ということが、ものすごく大事です。結局のところは人と人のつながりがご縁だし、ご縁を作ったりご縁を感じるとか、一体感を感じることが、結局意外につながっていると思います。

そして出来るだけテクノロジーを使って、落語のために活かすことが、私が今勉強しているところです。いま51歳だから頭は少し固いけど、できるだけ若い人の力を借りてやっていきます。

もともと今日も野村さんからのご縁なので。本当にありがとうございました。

取材のあと

音声配信アプリ Stand.fmを使って、取材後のインタビューをしています。

Edit & Text:Daisaku Mochizuki
Photo:Katsumi Hirabayashi