一旦、退社を考えたのは辞める10ヶ月前だった
池田
今回の対談の話も、そもそも堀井さんは忙しいし「無理ですよ」みたいな話を当初望月さんとしていました。でも、決まるまですごいスピードでしたよ。めちゃめちゃ早かったですよね? 望月さんと話して、すぐ堀井さんに連絡をとってOKが出て、はいやります、みたいな流れで。
僕も話半分ぐらいに思っていたら、トントン拍子だったんで。
池田
人に対して嘘をつきたくないのはあって、やっぱり一期一会だし、短い人生の中で「やりますよ」と言ったり、「考えときますよ」と言って、そのままにしておくことがあまり私は好きじゃなくて。本当にこの人のために何かちょっとやりたいとか動きたいと思ったときに、意外と仕事柄もありますけど、すぐ動けるのは、本当に幸せな仕事についたと私は思ってます。生まれ変わっても同じ仕事でこの会社にいたいって思うぐらい、日々の仕事自体に文句は何にも今ないのは幸せだなと思います。
堀井
今の仕事は池田さんに合ってますよね。
池田
合ってます。私、建築を6年間も勉強していたのに、事件記者をやって、いま経済部のデスクをやってるって、要は「訳わからん人生」ではあるんですけど。でも堀井さんももう1回生まれ変わっても絶対退社すると思う。
一同
(笑)
堀井
いやー、でも・・・。
池田
いくつで退社をするかは置いといて、退社すると思うし、してほしい(笑)。
堀井
自分では退社するとは思わなかったんですけど、最近いろんな私と同年代の人とご飯食べたり飲んだりしてると、50歳を過ぎての退社が割と多いです。
それは男性、女性問わずですか?
堀井
男性、女性問わずです。「何なんだろうな、これ」と思って。昔からそうだったのかな?
昔はもう最後(定年)まで行きますよね。
池田
そう、しがみつく感じで。
でも、いまは歳が上の方の転職の人も増えているみたいですよね。話題はありますよね。
池田
私もコロナ禍で価値観は変わりました。コロナ前まではそれこそ私は自分をひたすら鼓舞して、無理やり大きく見せていたのが、やっぱり子どもが生まれて、それじゃもう無理だとなり、自分の分相応というか、「これぐらいでいいんだな」というのをきちんと決めたうえで、幸せの価値判断をするのが、コロナ禍で考える時間があったから明確になった。堀井さんは何年ぐらい前からもしかしたら辞めるかもって?
堀井
辞める10ヶ月ぐらい前でしょうか。それまでは定年までいることを信じて疑いませんでした。
池田
堀井さんも仕事合ってましたよね。
堀井
そうですね。会社が好きでしたし、みんな仲良かったし、本当にふと1回止まってみようかなみたいな感じでした。キリのいい50って数字や子どもが育ったりと言うのもあったんですけど。
私、退社する1年前にUPDATERさんという再生可能エネルギーの会社がスポンサーの「スナックSDGs」と言う番組を担当しているんです。そこに来るゲストの人たちの多様な生き方を目の当たりにして。
TBSはみんな同じチームで動いてるし、制作会社や関連会社の人もいますけどファミリー感も強くて、全く違う生き方の人たちっていなかったんです。それが「スナックSDGs」では、いらっしゃるゲストが毎回自由で、自分にとっての幸せとか、自分にとってこれがあればいいみたいなものを欲張らずにちゃんと持っている。
その時の自分はこれも欲しい、あれも欲しい、安定した生活もみたいな感じでしたから、違う生き方を見られたのはとってもよかったですね。
新しい世界に出ていくのは出る瞬間がいちばん怖い
平林
(退社することは)怖くなかったんですか?
堀井
決めたときは怖くなかったけど、出るときになって不安だった時期はあります。いまの会社はまだ辞める人にそんなに柔軟じゃないじゃないですか。例えば仕事の引き継ぎであったり、全部仲良しではいられない。そうすると今あるものがだんだん失われていったり、みんなが離れていくのが会社を辞める2〜3か月前に起こってくるわけですよ。
「あ、番組なくなっちゃうんだ」とか、「え、これ引き継げないんだ」とか。そのときが一番怖かったですね。「私忘れられていくんだ」って。このまま私なんかと思って、家の中に閉じこもっちゃうかもしれないなと考えることはありました。
平林
よく、周りの人たちから聞いたのが、言葉がうまく思いつかないんですけど、会社の看板ってあるじゃないですか。
堀井
あります。
平林
どこどこ会社の誰々さんで今まで普通にやってきたんだけど、よく考えたら、どこどこ会社の誰々さんがなくなったら、自分に何が残るのか冷静に考えたときに怖くなったと聞いて。
もちろん優秀な人はそれがなくても行けるんだけど、飛び出す前って不安じゃないですか。そういうのってなかったんですか?
堀井
私は自分のスキルで「読み」ですとか、強みというのが何となく分かっていた。それから金銭的な問題も、自分でそれこそ分相応を分かっていたし、すごく低予算で生きていけるのもわかっていたので、経済的なことは心配してなかったんです。何なら働くとこはたくさんあるし。
ですけど一番心配したのは、人から忘れられること。今までこうやって、みんなに注目される仕事にいて、誰からもメールが来ない日があるとか、LINEが来ない日が訪れるんじゃないかって。
1人、2人、「番組が終わります」「ごめんなさい」とスタッフが去っていくなかで、それはやっぱり恐怖でした。ちょっとした繋がりでもちゃんと手を握っておきたくって、辞める2ヶ月ぐらい前なんか、いろんな人にメールをしたり、もがいていた時期もありました。
先に辞められた先輩方に相談すると、みんな「辞めたら何とかなるから」と、もう口揃えてそれを言うんです。「全然大丈夫、空いたら、そこになんか入ってくるから」と。みんなそう言うんですけど、その時は不安でしかないですよね。
やったことないですからね。
堀井
そうです。でも、これは本当に面白くて、出てみたら、本当にパズルみたいに埋まっていく感じでした。
平林
そうじゃない人もいるみたいなんですよね。パズルが埋まらないんですよ。それで迷っちゃう人、どこに行っていいかわかんなくなっちゃった人たちに会いました。
堀井
例えばアナウンサーなんて、やりたい人はたくさんいるから、もちろん分母もすごい数がいて、後輩でもキー局がダメでどこどこに行ってフリーになって戻ってきて、で、「なかなかうまくいかない堀井さんどうしましょう」みたいな子たちも確かにいっぱいいます。
でもそれだけに固執しない、好きなことは肝として持っておいても、もっと柔軟にいろんなことをして生きてく。そういう気持ちを持たないと、本人もきつくなりますよね。私もそうしようと思ってますし。
もし仕事がなくてお金が欲しければ、好きなアナウンスを続けながらもいろんな働き口があるなって今も思ってます。
池田
例えば?
堀井
私、ずっと先輩に誘われてたのが「Amazonの深夜の倉庫の分別はいいよ」って。
池田
先輩に誘われるんですか。
堀井
TBSの仲いい先輩で、フリーの方ですが。一時期誘われて「堀井もやんなよ」と。その人は楽しそうにその仕事をしてて、「めっちゃいいぜ。朝ビール飲んでさあ」みたいな。仕事をしていると12時に来る発注と3時に来る発注が全然違うんだって。それがめちゃめちゃ面白いよって。
池田
それは確かに面白そうですね。
堀井
それも楽しそうだったし、私、学生のころもいろんなバイトをしてたから、まあ、受け入れ側の都合もあるかと思うけど、この歳ですが迷惑にならなければ色んな仕事をしたいという気持ちはありますね。
平林
自分が積み重ねてきたものもあるじゃないですか。それが途切れちゃうこと自体は特にこだわりはなかったんですか?
堀井
それは必ず自分で続けようと思っていたので、本にも書いたんですけど、一番不安だったときに衝動的にやったのが、どデカイホールに入金したんです。そこで自分の朗読会をやるって決めて、200人級と300人級の会場を押さえたんです。
今ホールは半年前とか1年前からしか押さえられないので、 そこを自分で押さえてしまったら、辞めることはできないし、読むことからもう逃げられないって方法を取りました。 今も1年先まで決まってるんですが、そうやってある種逃げられないものを仕掛けておくのも、私のような意思の弱い人間にはいいですよね。
池田
ふわっとしているようでいて、好きが絶対にブレないのは共通している気がします。
堀井
そうですね。
池田
ふわっとと、ガツガツと、という見た目の印象は異なれど、基本そこに流れている一番大切な軸自体はあるから、それこそいろんなものに対する興味も尽きないし、Amazonやりたいとか思っちゃうし、 確かにちょっと面白いなと思って。
堀井
好きなことが分かってるってラッキーだなって。自分が何やったらいいかわからない人が多いと思うんですけど、 好きが分かってると、それだけやっておけば、別にお金足りないときは逃げ道もあるし、 他の方法もあるし、私は大事なものを持ってるから、他は何をやっていても平気です。みたいな。
ジェーン・スーさんとの関係とPodcast
池田
それこそジェーン・スーさんとの関係ですごく素敵だなと思うのは、絶対切れないご縁な感じじゃないですか。初めはどういうきっかけで?
堀井
ジェーン・スーさんとのラジオが始まって一緒にやらせてもらって。若い番組だったので、私、1回「無理です」と断ったんです。でもそのプロデューサーが「いや、堀井さんとジェーン・スーさんは必ず跳ねると思ってるんです」と確信を持って何度も話が来るので、「そんなにも言うなら…」と受けてからの10年ですね。
男性は飲んだりして、肩組んでみたいなことはあるのかもしれないんですけど、女性ってお友達になるのって、なかなか距離を縮める時間がかかりますよね。小さい頃は誰とでも友達になれたかもしれないけど、いろんな属性や生き方や価値観がついてきて、それこそ歳を取ってくるとなかなか難しいジェーン・スーさんとも5〜6年かかってという感じでしたね。
池田
ジェーン・スーさんとは完全にノーストレスですか?
堀井
だって、2人で収録2時間ぐらいして、その後2人でご飯行って全然喋んないとか。
一同
(笑)
堀井
二人で携帯だけ見て。スーさんが「まだ頼んでないの?」とか言って、「え?適当に頼んでよ」って。
そんな感じなので、ノーストレスですね。
池田
いいですね。そういう感じってすごい素敵だなと思って。私もテレビの人間だから、全然Podcastやラジオ番組をチェックする習慣って、そこまでないわけですよ。だけど堀井さんの番組は面白いから、最近はついつい歩いているときや移動のときに聴く習慣がついて。ライフタイムバリューをあげようかと思って(笑)。
堀井
Podcastっていうメディア自体がちょうどいいんです。まだメジャーでもなくて。本当にありがたいことに「互助会」と言われるようなファンの方もたくさんいて、1エピソードにつき19万回聴いてくれていると言う話も聞きます。でもテレビのナレーションのお仕事などで他の現場へ行ったりするけど「Podcastって何?」って感じで、全く知らないんです。
なんなら「ジェーン・スーさんって誰ですか」みたいな感じで、え?スーさんを知らないんだ!と新鮮だったりもします。エッセイ読んでいたり、Webの記事に敏感な人たちは知ってるかもしれないけれど、「OVER THE SUN」(podcast)の事なんて全く知らない人たちも数多いるので、 気が楽ですよね。
一部の人が仲良く楽しんでるのであって、これで別に社会を変えていこうとか、自分たちで何か力を持って何をしようとか、のし上がっていこうとかいうことでは一切ないんですよ。ってみんな分かっているのでとっても楽ですね。
池田
退社されて、いろんな雑誌に出る機会が増えて、周りの反応ってどんな感じですか。変わりました?
堀井
すごいクレームをよく言われます。堀井がもうしょっちゅう出てくるから嫌だって(笑)。この前、知り合いが「携帯見ても、1回クリックしちゃって、堀井の記事読んじゃったんだよって。」
池田
いいじゃないですかね。
堀井
「それから毎日出てくるんだよ。出過ぎだよ!」って言われて。気になって出てくるとクリックしちゃうんでしょうね。だから、いろんな方が見てくださってるなと思いますけど、 でも、もうネタも無くなってきちゃったので。
池田
ネタじゃなくて目線なんですよ。それをそう見るかとか、同じ状況でそれを言えるか。分かるか、認識できるかって記者もそうで。同じ発言をしていて、一緒に記者がいるのに、
それをイエスと取るか、ノーと取るかが違うのと一緒で、同じ環境においても、堀井さんはすごくそれを見る解像度が高い方だなって。
堀井
低いですよ(笑)。
池田
もしかしたら解像度は低いかもしれないけれど(笑)、認識はしている。
堀井
スーさんは『一旦、退社。』を読んで、「これさあ、私にいつも喋ってること丁寧に書いてるだけじゃん、 どんな商売!」ってズバリ指摘してました(笑)。
あと武田砂鉄さんも「これ、あれですよね。何か素敵に言ってるようですけど、何にも言ってないですよね」と。私も「当たり前じゃないですか、私が何か言うとでも思ってるんですか」みたいな(笑)。
池田
でも、それでこれだけ人が救われたり、元気づけられたり、笑顔になったり、泣かせられたりっていう感情を揺さぶれるって「どういうこと?」って。それって他にあったら、それで泣いたり、笑ったりしてるはずが、『一旦。退社。』という本は書いてるようで、書いてないかもしれないし、たしかに話したことを丁寧にしているだけかもしれないけれども、なんと価値のある1冊かと。
堀井
嬉しいです。
地道にSNSを続けることについて
SNSでコメントされてる方に対して、堀井さんはちゃんとリツイートされてますよね。
堀井
そうなんです。あれ、頑張っていて。
池田
堀井さんとしては相当頑張ってますよね。
堀井
ジェーン・スーさんが、根っからのプロデューサーだから、私があんまり何もしてないのを見て、「美香ちゃん、今こうした方がいいよ!」って物凄いタイミングで教えてくれます。
SNSでは感想を付け加えてハッシュタグしてくださいっていうのを1回投げなよって言ってくれて。それまで誰も「いいね」だったり「買いました」ぐらいだったんですけど、その後は「ここが良かった」「この章で泣いた」と、みなさん感想を詳しくあげてくださってて。今それを宝物のように1個ずつリツイートしています。
地道だけど、大事ですよね。
堀井
本当にそうだなって。私たちってずっとぬるま湯にいて、数字出すとか、買ってくださいと言う売り込みは営業とか編成さん任せで、自分ではやらないできた。
でも本は自分1人が作った訳じゃなくて、周りでいろんな人が一緒に動いてて、還元しなくちゃいけなくて、やっぱり沢山売らなきゃいけないし。『一旦、退社。』を出すときに純粋にいろんな人に読んでほしいと考えましたね。
SNSで感想が見えてきてよかったんじゃないですか?
堀井
うん、ですね。
ちゃんと読んでる人の声が直接見えるんで。
堀井
それが1番大事だって言ってましたね。読者の感想が昔からのハガキであるのは、そういうことなんだよって話をジェーン・スーさんからも教わり。
池田
久しぶりにお会いして、相変わらず堀井さんで嬉しい。
堀井
相変わらずこの落ち着きぶりが池田さんで、なんかいいなと思って。
池田
また、秋田県人会をやりたくなりました。
Edit & Text:Daisaku Mochizuki
Photo:Katsumi Hirabayashi