NHKを辞めて肩書を作らなくなったまえとあと / 小国士朗(株式会社 小国士朗事務所)

  • 小国士朗株式会社小国士朗事務所 代表取締役

写真:平林克己
聞き手/編集/執筆:望月大作

目次

  • 「仕事」と「趣味」のバランス感覚
  • 純粋に出来ることとソーシャルアクションはカジュアルであれ
  • 純粋に出来ることとソーシャルアクションはカジュアルであれ
  • NHKを辞めてから映像の仕事はひとつもやっていない
  • 手段を目的化しないために、肩書はずっと作らない
  • 取材のあと
  • 「仕事」と「趣味」のバランス感覚

    望月

    僕らが最初に会ったときは、まだ小国さんはNHKにいましたよね?

    小国士朗(株式会社 小国士朗事務所)

    まだ僕はNHKにいたんじゃないですかね。懐かしいですね。

    望月

    ですよね。小国さんが先日出された著書『笑える革命』(光文社)は、小国さんの今までのプロジェクトをまとめた本ですよね。

    小国

    『笑える革命』は完全にそうですね。

    望月

    僕も『笑える革命』を読んで共感できることが多く、自分も小国さんにも出てもらい2021年に閉じたツブヤ大学は、ある意味で趣味と言ってやっていました。小国さんが仕掛けるさまざまなプロジェクトは、”趣味”の仕事なんですよね? そうでもないですか?

    小国

    みんなの力でがんを治せる病気にするプロジェクトの「delete C」はNPO法人としてやっていますが、完全に趣味ですね。メンバーは全員兼業で、僕は代表理事をやっていますがお金は1円ももらってないです。

    望月

    そうなんですね。

    小国

    認知症の状態にある方がレストランのホールスタッフを務める「注文をまちがえる料理店」も含め、お金をもらってないプロジェクトはいくつかあります。仕事を「生計を立てるために従事する職業」と定義するのであれば、「deleteC」も「注文をまちがえる料理店」もいわゆる”仕事”にはしていないし、今後も”仕事”にする気はないですね。

    望月

    その姿勢がいいですよね。では仕事のバランスは、普通にいわゆるライスワーク的にやってる仕事と、仕事にはしていない趣味的なものとどのぐらいなんですか?

    小国

    8:2ぐらいかな。仕事が8で趣味が2。自分のバランスで言うと趣味は20%ぐらいがちょうどいいかなって。

    望月

    Googleが推奨している感じのバランスですか?

    小国

    まさにGoogleの”20%ルール”的なことですよね。Googleは就業時間の20%は、自分の仕事とは関係なく自由に何かをやっていいですよと言っていましたよね。イノベーションというのはその自由な20%から生まれることがあるんだと。すごくいい考え方だなと思っていて、それを人生に転用させてみると、仕事8割、関係ないこと2割くらいの感じがいいよなって。そうしたら、僕の人生にイノベーションが生まれるかもしれないなと。

    望月

    NHKを辞めて独立してからは、そのバランスで生活できてるんですか?

    小国

    いや、NHKを辞めて独立してからしばらくは、そのバランスでは生活していませんでした。最初はバランスも何も決まってない状態でやっていました。

    望月

    会社を辞めて独立するのって大変ですよね。今メインで仕事をしてる人たちって、自分の場合は当初連絡くれた人たちとほとんど関係ないから、あれは一体なんだったんだろうみたいな。

    小国 

    僕はNHKを独立してから、自分の価値もよく分からなかったし、お金をどうやって作っていくかもわからなかった。初めて自分で自分の価値に値付けをするわけだから、それが適正な金額なのかどうかもわからないわけです。

    特に僕の場合は、アイデアを生み出すことが主な仕事なわけですけど、「これっておもしろそうだけど、本当にできるの?」みたいな、未来に対してなんの確証がないものにお金をつけていくことになるわけです。それがとっても難しかったですね。「おい、このコンセプトやアイデアにいくらつけたらいいんだよ」って。で、手探りの状態でおそるおそる値段をつけてみて、本当に依頼してくれた人のお役に立つのかどうかわからないけど、 来たものすべてに対して全力で応えていくスタイルでやっていました。

    だから、最初は全然”趣味”なんて話を考える余裕もまるでなかったんですけど、独立して半年くらい経った2018年秋に「delete C」のプロジェクトが生まれました。これは、企業にがん(Cancer)の頭文字である「C」を消した(deleteした)特別な商品、サービスを作ってもらい、それを購入・利用すると売り上げの一部ががんの治療研究の寄付になるという仕組みです。分かりやすい事例で言うと、CCレモンからCを消してもらう。ただのレモンになっちゃうわけですけど(笑)。こういう商品を企業の方々と話しながらつくって、お金を集めて、毎年2つの研究を選んで寄付をお渡ししていく。

    こんな感じでいろいろカタチにしていって、気が付いたら100社を超える企業が参加してくれて、毎年1000万円、2000万円というお金を集められるようになってきた。「ん?でも、これは仕事でもないし、なんなんだろう…」って思うようになって、次第に「あぁこれは僕の趣味なんだな」と。そう考えたほうが自分としてはしっくりくるようになってきたんです。

    がんをテーマにした「deleteC」や認知症をテーマにした「注文をまちがえる料理店」のような、いわゆる社会貢献とかソーシャルアクションと呼ばれるものに対して”趣味”というと違和感を持たれるかもしれません。実際に時々言われますよ。「そういうことは、もっと専念して、集中してやるもんだ」って。

    もちろんそれができるならそのほうがいいと思うんです。でも、僕は誰もが社会起業家のように、ソーシャルアクションを仕事にできるわけじゃないと思う。それができる人はものすごくレアで、社会全体としてそういう人を支えていくべきだと思う。それくらい難しいことだと思うんですね。

    だから、僕は”趣味”くらいで関われる人がたくさん増えたほうがいいんじゃないかと思っています。仕事って、離職、退職、転職って辞める系の言葉が多いけど、趣味の場合、離趣味、退趣味、転趣味って言葉はありませんよね。一度趣味になると、人って勝手に熱中して、勝手に続けていくものなんじゃないかなと思うんですよね。

    望月

    この「まえとあと」は始めて3年目なんですけど、続けていて良かったのかもしれない。自分が書いていたり作っているものをオンラインにみんながわかる形でアウトプットしているから、それがSNSを通じてみんなの目に触れるんで、それによって友人から仕事を頼まれることが増えてきました。

    ツブヤ大学も2021年に閉じるまで継続してやっていたことは、自分の経験や自信という意味で役に立ってますね。

    小国

    そうですよね。自分のためだったり、趣味だからこそ、アウトプットの純度が高くてめっちゃピュアになっていくというのはあると思います。変な邪心が入らないというか。

    純粋に出来ることとソーシャルアクションはカジュアルであれ

    望月

    打算がなく、趣味でやってるぐらいだからいいんでしょうね。

    小国

    当たり前ですけど仕事は、相手の都合も入ってくるじゃないですか。趣味だと純粋に自分の都合だから、変なものを出したくないとか、良いものを出したいなとか、変な大人の事情や忖度を全部排除して作るから、結果的にいいものになる気がするんですよね。

    だから、「delete C」や「注文をまちがえる料理店」を趣味だと思ってやっていてよかったと思うんです。

    これが100%やりたいんだってピュアな世界を作れているから人が集まる。「まえとあと」もそうかもしれないし、「ツブヤ大学」もそうかもしれないけど、 誰に頼まれたわけでもなく、自分が衝動的にやってきた純粋さが大切な気がしますよね。

    望月

    それが先に立ちますよね。

    小国

    結局自分の想いが色濃く出ちゃうから、趣味でやっているプロジェクトが1番自分を象徴する”名刺”的なプロジェクトになる感覚はありますよね。

    望月

    これは「何のためにやってるんですか」ってことは、小国さんもデイリーポータルZの林さんも「面白いことを先にやろうぜ」みたいなものがあると思う。

    小国

    それはほんとうにそう思います。

    望月

    だから「何のためにやってるんですか?」って話で、別にSDGsとか、サステナブルみたいなお題目ではないものが先に立つはず。面白いことをやってる人は、面白いことが先に立ってるんじゃないかなって。

    小国

    そうですね。「deleteC」もアメリカのがん専門病院の「MD ANDERSON CANCER CENTER」の名刺を見て、CANCERのところがビッと赤い線で消されていたのを見て思いついたんですよね。「あ、Cを消せばいいんだ!」って。そこから発想がどんどん膨らんで、C.C.レモンのCが消えたら面白いなとか、CalbeeやコクヨのCampusノートもCがついてるなぁとかってなっていった。

    冗談みたいな話じゃないですか。でも、どうしようもなく見たくなったんですよね。コンビニやドン・キホーテでCのないC.C.レモンが売られたらいいなぁって。だって、もしそれが実現されたら、「がんの治療研究への応援」というめちゃくちゃ遠いと思っていたことが自分の生活圏内にぐっと近づくわけだから。自分が心から見てみたいと思う、心からおもしろいと感じる世界を作ってみたいなぁというのが、僕にとっては一番大事なことだと思います。

    望月

    もっと面白いことが社会に広がることってライトでいいんじゃないか、と思うんです。

    小国

    そう、だから重くないほうがいい。僕もカジュアル・ソーシャル・アクション(CSA)と呼んでるんですけど、ソーシャルアクションってどうしても重いものと思われがちですよね。行動を起こすには「ちゃんと勉強してないとダメだ」とか、「意味とか大義」とか「理屈がない」とか、「私が言ってはダメだ」とか、「うちの会社がやってはダメだ」ばかりで、すごくもったいない。もっと軽やかに、カジュアルにできたほうがいいと思うんです。

    望月

    もうちょっと簡単に考えたらと思う自分は楽観的なのかもしれないけど、学生もそうですよね。「いや、 私は学生なんで無理です」みたいな。

    小国

    とか「高齢者なんで無理です」とか「障害があるので無理です」とかね。それがもったいないなぁって。

    望月

    小国さん的には、もっとソーシャルアクションを軽くしようぜ。みたいなことも趣味範囲としてやりたいんですか?

    小国

    うーん、どうなんでしょうね。最近は、、、僕は何をやりたいんだろうな。

    NHKを辞めて気づいたNHKでよかったこと

    望月

    NHKのときに電通のPR局に行って新しいことに触れ、 そこからちょっと会社からはみ出そうぜみたいな話になり、ご自身がNHKを辞め、もう独立したじゃないですか。そこから4年経ってみて、新たに気づいたことってありますか?

    小国

    NHKを辞めてみて?

    望月

    NHKを辞めるのはもったいないって意見が、ほぼ100%で圧倒的に多いと思う。

    小国

    そうですね。辞めてみて後悔したことは一つもありません。辞めてよかったなぁと。でも、僕がひとりで今いろいろな仕事ができている理由は、NHKで働いてきたからなんだよなぁと思うことばっかりです。本当にNHKで真剣に番組作ってきて良かったと思います。NHKだったから、いまできている仕事というのがいっぱいあって、それは元NHKという肩書きのおかげではなく、NHKにいたからこそ得られた考え方というのが、どんどん時代にマッチしているからじゃないかという気がしています。

    最近岸田さんが「新しい資本主義」を掲げたり、世間も「公益」だと言い始めていますけど、僕はもともとNHKという公共放送にいたから、その感覚の方が普通だったんですよね。「今、なんで、これを伝えるの?」をひたすら問われ続ける職場で、1つの企業に利益をもたらすために、何か仕事をするということはありませんでした。

    SDGsやESG投資という言葉が当たり前になってきて、自社の利益と公の利益の両方を考えなきゃいけない時代になったときに、 これはすごくNHKっぽいなぁと思うんです。NHKの利益は何かと言ったら、すごく公の利益に資するものを、より面白く、分かりやすく深く伝えることが自社(NHK)の利益になるから、ここは一気通貫していた。

    だから、公共の考え方をいろんな企業がやり始めてる中で、NHKで僕が学んだ物事を見る視点や考え方、姿勢というのは、どの企業でもこれから必要になってくるものでした。今NHKで学んだ考え方をベースに、実際にいろんな企業のみなさんと一緒にプロジェクトを作り、一緒に社会の風景を変えていきましょうということをやっている。そういった仕事をしていると、NHKで一生懸命番組を作ってきてよかったなぁと思いますよね。

    望月

    そうですね。ちなみに、NHKだと地方に赴任することも経験としては大きくないですか?しかも地方局では1人何役もやってやるわけじゃないですか。あれはすごいですよね。

    小国

    たしかに、あれはすごいいい経験でしたね。どうしても東京にずっといると「大きな都市だけが日本だ」みたいな勘違いをしがちですよね。世の中みんな表参道とか六本木・渋谷でできてるわけじゃないですからね。

    僕のNHKでの初任地は山形放送局だったんですけど、山形市内にはジャスコ(現イオン)が2つあったんですね。北ジャスコと南ジャスコの2つ。で、僕は休日となると、北から南へジャスコをハシゴするんです。どっちもジャスコなんだけど、微妙に中に入っている店舗が違っていて。そこをハシゴするのがすごく楽しかった。地方都市におけるジャスコは完全にエンターテインメントである感覚って、東京にいた時にはわからなかった。そうすると東京にずっといた時の感覚の異様さとか逆に狭さすらも感じるようになる。確かに言われた通り、仕事で地方に住んでたことはめちゃくちゃ大きな経験だった。

    望月

    地方赴任は、希望とは関係なく決まるんですよね?

    小国

    一応希望を聞いてはくれるけど、ほとんど無視だったと思いますよ。僕の場合、人事から「きみ、山形ね」と言われた時に「え、山形なんですか?」と聞き返したら、「お前も故郷に錦を飾りたいだろう」と言われた。でも僕の生まれは香川だし、育ちは奈良、東京、埼玉で、山形は全然縁もゆかりもないんです。たまたま大学が仙台だったんですけど、人事はその情報だけ見て「こいつの故郷は東北なのかな」くらいに思ったんじゃないかな。本当にいい加減ですよね(笑)。でも、今はそのこともめちゃくちゃ感謝しています。

    望月

    最終的には、全然自分と関係のないところの方が経験として大きかったってことですね。

    小国

    そうそう、振れ幅ですよね。

    望月

    そうですよね。NHK以外の会社だと大企業じゃない限り地方へ行くことはほとんどないですもんね。テレビ局は地方に各局が別にあるわけで。

    小国

    そうですね。なかなか地方には行かないですよね。だから僕はすごく恵まれていたと思うし、NHKじゃなかったら、独立してもやっていけなかったんじゃないかなって改めて思いますね。

    NHKを辞めてから映像の仕事はひとつもやっていない

    望月

    まず、独立しようと思ったかどうか、わかんないですもんね。

    小国

    そうですね。だから、独立したとしても同じような映像業界で仕事をしていたかもしれない。でも、いま映像の仕事って1つもやってないんですよね。 

    望月

    そうなんですね!

    小国

    やってないです。NHKを辞めてからは映像の仕事は1つもやってない。

    望月

    面白いですね。それでも今の仕事に対して、映像でなくても今までやってきたことが活かされているってことだから。

    小国

    俺の中では全部一緒なんですよ。NHK時代に作ってきた「クローズアップ現代」も「NHKスペシャル」も「プロフェッショナル仕事の流儀」も、「注文をまちがえる料理店」も「delete C」もラグビーW杯の時に手掛けた「丸の内15丁目プロジェクト」も全部一緒なんです。基本は全部テレビ番組を作っていた時の考え方で、「Tele-Vision」なんです。

    これはテレビの語源ですけど、「Tele=遠く」にあるものを「Vision=映す」ということですよね。それを僕は「誰も見たことのない風景や、誰も触れたことのない価値をカタチにして広く多くの人に届ける」というふうに解釈して番組作りをしてきた。で、表現は違うけど、「注文をまちがえる料理店」も「deleteC」も僕からしたらやっぱり「Tele-Vision」なプロジェクトなんです。

    望月

    そうなんですよね、みんな細分化されすぎっていうか、テレビだから映像でしょとか、平林さんもカメラマンだからカメラとなりがち。でも平林さんも小国さんも全然別にその細分化された枠で動いてるわけではないから、そこが若い人にもっと伝わればいいのかな。今は全部がより細分化されてるから。

    小国

    だから「注文をまちがえる料理店」をやったときもそうだったけど、「これは、いつドキュメンタリーにするの?」と言われたんですけど、ドキュメンタリーにするというのはあくまでも手段だと思うんです。目的はより広くの人に届けることだと思うので。

    手段を目的化しないために、肩書はずっと作らない

    小国

    手段が目的化するというか、自分で自分の可能性を決めてしまうことがあるじゃないですか。だから、たとえば僕だと”NHKのディレクターだからテレビ番組を作らなきゃいけない”とか。

    これは自分で自分の可能性をもう決めちゃってるわけですよね。今の僕の名刺に肩書を何も書いていない理由はそこへのこだわりです。プロデューサーとかディレクターと書いてもよかったんですけど、肩書を規定すると自分で自分の可能性が狭まる。つけた「肩書」がどうしても「自分」を決めてしまう。プロデューサーと名付けた瞬間に、「プロデューサー然」し始める。

    望月

    意外と「言葉」って強いですよね。

    小国

    強いです。規定しちゃいますから。今でもしょっちゅう「で、何をする人なんですか?」と聞かれますし、社会起業家と言われたり、ソーシャルデザイナーと言われることもある。そうするとこっちは「うーん、そうなのかなぁ?」ってなるんです。

    肩書があれば簡単だし、仕事はもっと増えると思うんですよ。例えば「公益資本主義がこれから来ます」という時代だから、「公益コンテンツクリエーター」みたいな肩書をつけたとしたら、みんな困ってるから仕事はくると思う。いや、こないか。超絶ダサいですもんね、「公益コンテンツクリエーター」(笑)。

    でも、そのやり方をした瞬間に、自分がNHKを辞めて独立した意味がなくなる気がするんです。「本当にやりたかったのはそういうことなの?」って思うだろうなぁと。だから肩書はきっと永久につけないと思う。何者かわからないけど、きっと「誰も見たことのない、誰も触れたことのない何かを作ってくれるんじゃないか」という期待感だけで付き合ってもらえたら、そんなにありがたいことはないですよね。

    そういう考え方なので、別に望月さんがどういう人かなんて僕にとってはどうでもいいんです。ライターであってもいいし、編集者であってもいいし、なんだっていいんです。だけど、そこで例えば「私はライターです」と言った瞬間に、表現は「書くこと」に限定されるだろうし、ひょっとしたら書かない方がずっとずっと伝わるってことがあるかもしれない。何がしたいのかによっては、表現は言葉じゃなくて写真1枚でいいかもしれないじゃないですか。

    最後にさっきの「自分は今何がやりたいか」で言えば、「もっとアソビたいな」とは思っていますね。「アソビ」っていい言葉だとつくづく思う。「プレイする」って意味の「遊び」もあれば、「ハンドルのあそび」みたいな、「余白」のような意味もある。いま会社にも社会にも遊びが足りないなって思うので、もっともっとアソビたいなぁと思っています。でも、仕事と趣味の割合を逆転させて2:8とかにしちゃうと、美味しいご飯が食べられなくなるので、そこまではやらないと思いますけど。

    取材のあと

    音声配信アプリ Stand.fmを使って、取材後のインタビューをしています。

    Profile

    小国士朗

    2003年NHKに入局。ドキュメンタリー番組を制作するかたわら、150万ダウンロードを記録したスマホアプリ「プロフェッショナル 私の流儀」の企画立案や世界150か国に配信された、認知症の人がホールスタッフをつとめる「注文をまちがえる料理店」などをてがける。2018年6月をもってNHKを退局し、現職。
    “にわかファン”という言葉を生んだ、ラグビーW杯のスポンサー企業アクティベーション「丸の内15丁目Project.」やみんなの力で、がんを治せる病気にするプロジェクト「deleteC」など、幅広いテーマで活動を展開している。