原稿執筆カフェが誕生したまえとあと

川井拓也
原稿執筆カフェ:プロデューサー

編集人である望月が今回の主人公「川井拓也」さんに最初に会ったのはまだ20代後半のことで、ツブヤ大学がきっかけだった。そして編集人も今年40になる。原稿執筆カフェにて話を伺った。

Profile

川井拓也
大阪芸術大学映像学科からCM制作プロダクション、フリーランスを経て現在は大手町・六本木・高円寺のヒマナイヌスタジオで年間200本以上のライブ配信を手掛けている。コンサルしたスタジオは全国に20箇所以上。好きな言葉は最適化。地元の「高円寺三角地帯」をベースに「原稿執筆カフェ」「絶滅メディア博物館」「BAR:編集後記」などを不定期に開催中。

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突然SNS上で「原稿執筆カフェ」は、バズって話題になった

川井

僕もあまり続かないタイプなんで、本当に今回の「原稿執筆カフェ」はラッキーでした。

当初川井さんは「原稿執筆カフェ」については、女性脚本家が脚本家仲間を集め、月2回程度行うオフ会イベントのような感覚でいた。がしかし、本当に突然日本だけではなく文字通り世界中で話題になった。これだけ取材が殺到するなら、レギュラーで原稿執筆カフェをやろうとなったわけだ。

「原稿執筆カフェ」はありそうでなかった場所だった。川井さんは「原稿執筆カフェ」をやって気づいたことがあると言う。

川井

「原稿執筆カフェ」をやって気づいたのは、人は他人に励まされる状況が意外とちょうどいいんだなって。たとえば会社の上司や関係性のある人だと励まされるのはめんどくさいし、「うっせえな!」となりますよね?

たとえばメイドカフェは「おかえりなさい、ご主人様」って言われた瞬間に、メイドカフェの世界観が始まるじゃないですか。

原稿執筆カフェも同じような世界観になるんですか?

川井

なりますね。一種のRPGゲームなんですよね。たとえば入店規則が厳しそうだったり、既に「原稿執筆カフェ」を予約してくれた人は、かなりの覚悟を持って「僕、大丈夫かなあ、原稿執筆に行って」みたいなリサーチをしてるわけじゃないですか。

だから実際に「原稿執筆カフェ」に来た人たちは、せっかく高円寺まで来たから終わらせて帰ろうとみんな集中して執筆をやっています。僕が店長として「twitterやってる場合じゃないでしょう」とお客さんに言う必要もないんですよ。

「原稿執筆カフェ」の来店者は、ひとつの目標(原稿の完成)に皆それぞれ向かう。その熱量たるやすごいものがあるらしい。

川井

みんな集中して取り組んでるから、集中している波動がすごい。僕は何もやることはないけど、お客さんのものすごい集中している圧がすごくて、ぐったり疲れてます。

リピーターが多い原稿執筆カフェ

川井

原稿執筆カフェでは最初に「今日は何文字書きます」と目標を記入してもらうんです。僕はそれを最初に見て「今日は2時間で2000文字書きたいんですね、応援します、頑張ってください」と口に出すんですね。いま自分が決めたことを他人の口から出されると、なんか頑張ろうと思うみたいです。

このノートには原稿執筆カフェに来店いただいた400人分の意気込みが自己申告制で書いてあるんだけど、みなさん目標を100%達成してます。

レポートを書き切るために大学生や高校生も「原稿執筆カフェ」を目指してやってくる。横浜は保土ヶ谷から高円寺にある「原稿執筆カフェ」まで、すでに3回も通っている高校生もいるらしい。まさに意を決して目標をやりきるための場所として、「原稿執筆カフェ」はかなり機能している。そして保土ヶ谷からの高校生同様にリピーターが多いそうだ。

川井

リピート率を見ると「原稿執筆カフェ」を続ける価値があると思いました。こんなに作業する場所に選択肢があるときに、わざわざ原稿執筆カフェに何回も来るのは、逆に僕にとって発見でした。

もはやリピーターさんは、「原稿執筆カフェ」に置いてあるドリップコーヒーすら消費せずに、自分でラテを持参してきたりします。利用者のみなさんは書くことに対してエンジンが入るともったいないから休憩しないみたいです。

僕がレジで「今日はどうでしたか?」と聞くと、「2000文字のつもりが5000文字書いちゃいました」「家の3倍やれました」とかTwitterで見ても「僕はこんなにできる子だったのか」とコメントが書いてあったりします。

「原稿執筆カフェ」来店者の執筆スタイルもさまざまで、若い子だったらパソコンなんて使わずにスマホで2000字のレポートを書く。と思えば原稿用紙で書く人もいたり、コマを割って漫画を書く人、雑誌の構成にガリガリとペンを入れて、ゴールデンウィーク4日間こもっていた人もいたそうだ。

川井

「原稿執筆カフェ」として使っている「高円寺三角地帯」は撮影の関係者しか入ったことがない場所だったのに、SNSやメディアで話題になったおかげで、オープンからの3ヶ月で、400人も自分が知らない人が来たんです。 

海外でも大いに話題になった原稿執筆カフェ

最初、川井さんは「原稿執筆カフェ」がバズっている意味がわからなかった。まず海外でSNSを中心に「東京の高円寺って街にこんなカフェがあるらしい」と話題になった後、「東京にマニスクリプトカフェがあるらしい」と伝言ゲームの様相で変化し、「日本にこういうカフェがあるらしい」とだんだん主語も場所も大きくなり、ついにはクールジャパンとなった。

海外で「原稿執筆カフェ」の話題に触れる人たちは、記事や写真のイメージでしか言及できない。でも「原稿執筆カフェ」を面白がり、自分たちの近くにこういう店が欲しいとSNSに投稿が溢れていた。

そして海外で「原稿執筆カフェ」を話題にする人たちの投稿のなかで、しきりに「ライターズブロック」という単語が登場することに川井さんは気づいた。 そして「ライターズブロック」に対して「原稿執筆カフェ」は完璧なソリューションだと言われていた。

川井

「ライターズブロック」がどんな意味かと思ったら、執筆者の障壁、つまり執筆者が前に進めない原因をライターズブロックと言うらしいいんですね。「いや、いま書けないんだよね」という言い訳を全部クリアする環境がジャパンのクールなカフェにあると。そこに納得しました。

「原稿執筆カフェ」に対する海外からの取材はイギリス系の雑誌が早かった。川井さんによると国民性が真面目なイギリスやドイツのメディアの取材が多く、ラテン系の国からの取材はあまりないらしい。「カフェ」に”ルール”を設けているところに、海外のメディアは興味をそそられるそうだ。

オープン前日にSNSをにぎわせた「原稿執筆カフェ」。川井さんはオープンにあたりいろんなツイートを心がけたものの、突然SNSをにぎわせるきっかけになったのは締め切りを抱えてない人は入れません。店内の緊張感の維持のためにご理解とご協力をと非常に厳しい言い方をしたツイートが日本はもとより海外も含めてSNSをにぎわせることになった。

川井

そのツイートで言いたかったのは、「原稿執筆カフェ」の中で作業している人を、〆切を抱えていないお客さんから守りたかったんです。「いいじゃん、カフェって書いてあるんだから、お茶だけ飲ましてくれよ」みたいな人が入ってきて、「原稿執筆カフェ」の中でしゃべったらおしまいじゃないですか。だからクリエーターオンリーは徹底しているし、今も入りにくい感じにはしています。

「原稿執筆カフェ」の営業時間いっぱい、6時間ずっと執筆に没頭する来店者は多いそうだ。みんな最初は1〜2時間程度利用し、リピーターになった人たちがだんだん予約時間を4時間、半日と滞在時間を伸ばしていく。その繰り返し。

取材が取材を呼ぶなかで、印象的な取材は、ある大学のゼミの子たちが卒業プロジェクトの対象として「原稿執筆カフェ」を選んだことだった。川井さんや「原稿執筆カフェ」を取材した結果、動画が送られてきたそうだ。そのなかでも「原稿執筆カフェ」でインタビューをした模様を心理学の先生に見せて分析したものが秀逸だった。

心理学的な効果で人が自分に期待をすると期待に応えようとする心理が「原稿執筆カフェ」では働いているのではないか、という見解だったらしい。

来店者は「川井さん」という他人に応援されることで、期待に応えようとする心理と、いい意味での同調圧力で執筆という目標に対する推進力が加速されているようだった。

原稿執筆カフェのこれからの展望について

「原稿執筆カフェ」のこれからの展開について川井さんに聞くと、「原稿執筆カフェ」のフランチャイズのような展開を模索していた。たとえば個人経営でやっている喫茶店の空いた席に「原稿執筆カフェ」のシートをいくつか作り、1席数百円 /1日程度の収入になるような小さなビジネスを模索していた。そこでたとえば「原稿執筆カフェ」の利用者が、近所の喫茶店を口説くような形で「原稿執筆カフェ」フランチャイズが広がっていくと、夢があるんじゃないかと、川井さんは語った。

さらに面白そうなのが、「経費精算カフェ」だった。

川井

次は「経費精算カフェ」を会計士と組んでやろうと言ってます。カフェにみんな領収書持って、計算機で計算するような確定申告に対応したカフェを年に1回でやろうかなって。

2023年からインボイス制度も始まろうとしているなかで、経費精算カフェは非常に欲している層が潜在的に多いんじゃなかろうかと感じた。原稿を書くように一心不乱に確定申告をする人たちが集まるカフェならば、作業効率はいわゆる同調圧力で倍増するんじゃないかと想像する。「原稿執筆カフェ」には何か講師アドバイスをできるような人はいないけれど、「経費精算カフェ」の場合は追加料金を払えば税理士からしっかりアドバイスをもらえる仕組みになっているそうだ。作業効率と税理士からのアドバイスがもらえれば、締切日ぎりぎりになってしまう確定申告も一日で終わる可能性を秘めている。

最後に

川井さんは「原稿執筆カフェ」について壮大な社会実験をさせてもらっている感覚だと言う。マーケティングとしても生きた教材で現象になっている「原稿執筆カフェ」は、話題になり、メディアに取り上げられ、1日10人の来店者が来る。毎日来店者がくることで発見があり、それが改善につながっているという。

もともと面白いだろう前提として「原稿執筆カフェ」を作り、その後チューニングをしていったことにより、みんなが原稿を書き上げ、執筆を100%達成して、マラソンが終わった後のような顔で精算して帰っていく。

メディアも実際に「原稿執筆カフェ」を取材してみたら、想像よりも色物でもなく、来店者にインタビューをすると、みんな活き活きとして「書けました」と言ってくれることが、さらに来店者を呼ぶいいスパイラルになっている。

偶然からはじまった「原稿執筆カフェ」の熱狂は、川井さんの徹底したチューニングにより、よりリピーターを生む仕掛けができたカフェとなり、カフェで執筆していたJ・K・ローリングが「ハリー・ポッター」を世に送り出したように、ここから次の名作が生まれるかもしれない予感があった。

取材のあと

音声配信アプリ Stand.fmを使って、取材後のインタビューをしています。

Edit & Text:Daisaku Mochizuki
Photo:Katsumi Hirabayashi