シウマイ弁当に出会ったまえとあと / 桂枝太郎(落語家)× 市島晃生(食べ方学会)【前編】

  • 三代目 桂枝太郎落語家
  • 市島晃生食べ方学会 会長

写真:平林克己
企画/編集/執筆:望月大作

目次

  • シウマイ弁当はすべて「つまみ」という発想
  • 枝太郎さんの娘はシウマイ弁当のタケノコだけを食べたがる
  • 東日本大震災の際、シウマイは保存食として喜ばれた
  • オールナイトニッポンを聴いて覚えたシウマイ弁当の魅力
  • 後編
  • 協力:株式会社 崎陽軒

    シウマイ弁当はすべて「つまみ」という発想

    市島

    まず僕の興味で話をすると、缶ビールとシウマイ弁当の組み合わせがあるじゃないですか。

    シウマイをつまみにして、ビールを飲みたくなったりするじゃないですか。このバランスが崩れる問題には、どう対応しますか?

    枝太郎

    僕は意外と白米で(をつまみにして)ビールいけます。

    市島

    それは強いですね。

    枝太郎

    シウマイ弁当の白米がもちもちなので、僕は酒のつまみにできるんです。

    市島

    お餅じゃないけど、みたいな?

    枝太郎

    はい。シウマイ弁当はもう無駄がないです。

    市島

    なるほど。お弁当のご飯をおかずと対比するものだと考えすぎると、実は固定概念で固まっちゃうんですね。

    枝太郎

    そうですね、おかずじゃないです。シウマイ弁当は全てつまみなんです。

    市島

    なるほど。

    枝太郎

    僕はもともと18歳で岩手の村から上京して横浜にずっと住んでいるんですけど、横浜スタジアムで食べる、あの瞬間のシウマイ弁当の美味しさはたまらなく好きです。

    うちのお師匠さん(故・桂歌丸さん)は、地方に行くときは必ず新幹線の新横浜駅でシウマイ弁当を買うんですね。18歳で初めて「崎陽軒」という文字を見たときに「きようけん」と読めなかったんですよ。そこからシウマイ弁当の掛け紙を取ってフタを外して”シウマイ”が出てくると、僕が知ってる”シュウマイ”とは全然違っていました。

    僕が岩手の田舎で食ってたシュウマイはもっとべちょべちょしてデカいんですよ。田舎のシュウマイはそんなに美味しくなかったんですけど、横浜にはこんなちっちゃいコロコロしてるシウマイがあるのかって。しかも弁当には「なに、この肉?」と、情報量も多くて。

    市島

    シウマイ弁当を初めて見ると、見たことないものが意外と入ってますよね。ご飯も不思議ですもんね

    枝太郎

    はい。だから「なに、この弁当!」と18歳だった自分は一発でシウマイ弁当にハマりました。うちのお師匠さんの旅のお供で地方へ出かけたときは、シウマイ弁当を食べる楽しみがありました。だから、その記憶もあり、うちのお師匠さんが亡くなってからは、同じように僕も地方の仕事へ行くときは、若手の子にシウマイ弁当を買うんですね。最近はコロナ禍もあり、地方の仕事は少ないのですが。

    市島

    ちょっと興味あるんですけど、シウマイ弁当は新横浜で買うんですか? 購入したシウマイ弁当は新幹線に乗って座ってから配りますか?

    東京駅発の新幹線に乗ると、品川と新横浜に停まるので、すぐ弁当を広げちゃうと、途中で隣に座る人が来た時に面倒になるんですが、新横浜から乗ると、のぞみであれば名古屋まで止まらないのでいいですよね。

    枝太郎

    そうなんですよね。我々は仕事によって、新横浜から新幹線に乗り、東京で乗り換えて東北新幹線に乗るパターンなど色々ありますので。シウマイ弁当って、その食べ方で性格がわかりますよね。みんな見てると芸人もいろいろで面白いんですよ、ちゃんと綺麗に掛け紙に掛けられた紐※をスッと外すひともいれば、パカっと弁当を開け、最終的に食べた後、紐で空箱を縛る人もいれば、それぞれの食べ方と終い方で性格がすごいわかる。

    (※本社工場・横浜工場製のシウマイ弁当には紐がついている)

    市島

    本社工場・横浜工場製のお弁当にこの紐がついてる幸せはありますけどね。

    枝太郎

    この紐をスッと解くのがいいわけですよ。

    市島

    なかなかシウマイ弁当の紐を結び直すのも難しいですよね、

    枝太郎

    難しいですよね、うちのお師匠さんはちゃんと綺麗に解き、食べた後も綺麗にやってました。

    市島

    ちなみに、崎陽軒の社員さんたちも食べ終わった後、また紐で弁当の空箱を結び直すらしいんですけど、お弁当の掛け紙を裏返しにして、白い面を表にして紐で結び直すそうです。社員さんと同じ所作ができるようになったら、かっこいいなと思って。

    枝太郎

    その所作は「ごちそうさまでした」って意味なんですか?

    市島

    そういうことらしいですよね。あと、掛け紙を裏返して表にすることで、どれが食べたお弁当なのか一目でわかるんです。

    枝太郎さんの娘はシウマイ弁当の筍煮だけを食べたがる

    市島 

    以前、前にニコニコ超会議の生放送に出演したとき、MCが枝太郎さんの奥様だったんです。(桂枝太郎さんの妻は、フリーアナウンサーの大河原あゆみさん)

    その時に、ご夫婦でシウマイ弁当が好きなんだと知って。

    枝太郎

    うちのかみさんは横浜の人間で、生まれも育ちも弘明寺です。かみさんにとってシウマイ弁当はソウルフードですね。僕は崎陽軒童貞だと言われ、18歳でやっと卒業したんです。

    一同

    枝太郎

    岩手にいたときは全然崎陽軒のことはわかりませんでした。だから、横浜育ちのかみさんは崎陽軒をずっと知り尽くしてます。

    市島

    お二人で崎陽軒の商品を食べたエピソードはありますか?

    枝太郎

    かみさんは崎陽軒が好きだし、結婚式はホテルで行ったんですが、落語家の後輩が手伝ってくれたんですね。彼らの食事をどうしようかと悩み、シウマイ弁当を配りました。

    市島

    シウマイ弁当を?

    枝太郎

    そうですね。シウマイ弁当を。ホテルの食事ではなく(笑)。

    市島

    結婚式でシウマイ弁当が出てきたら、それは感動しますね(笑)。「おお」って思います。「前と後」の視点で言うと、結婚の「前と後」はありますか? 

    枝太郎

    そうですね。結婚前、桂歌丸に弟子入りして、師匠の影響で、僕はソウルフードが崎陽軒になりました。

    子どもが女の子(4歳)なんですが、僕が楽しみにとっていたシウマイ弁当を勝手に食べちゃうんですよ。子どもは筍煮が好きなんで、筍煮ばっかり食べるわけなんです。崎陽軒、特にシウマイ弁当好きとしては許せない(笑)。

    市島

    筍煮を食べたら、ご飯も一緒に食べてほしいですよね。

    枝太郎

    三角食べをしなきゃダメですね(笑)。

    市島

    僕も親や上の世代から「あんずはデザートだ」と言われたりして、シウマイ弁当の食べ方を教わってきました。

    枝太郎

    そうなんですよ。横浜市民ってそうですよね。僕は生まれは岩手県なんで、ニセハマっ子ですが、きちんと横浜市歌は歌えるので(笑)。

    市島

    ちょうど今、お子さんも英才教育を受けてるんだと思います。

    枝太郎

    ネタのように言ってますけど、シウマイ弁当とは一生付き合っていくもんだろうと思います。

    東日本大震災の際、シウマイは保存食として喜ばれた

    望月

    僕自身は、実は「シウマイ忘年会」を始める前ぐらいに、初めてシウマイ弁当を食べました。

    市島

    シウマイ忘年会を始める直前だったんですか?

    望月

    横浜にきてだいぶ経ってから、シウマイ弁当を食べました。

    枝太郎

    機会がなかったってことですか?

    望月

    そうなんです。接する機会がなくて。

    市島

    あれ。関東出身じゃないんですか?

    望月

    僕はもともと京都出身なんです。25歳まで向こうだったんです。

    枝太郎

    地方だと、わからないですよね。僕も岩手県なんで、崎陽軒のシウマイはうっすらと聞いたことはある程度だったんです。

    市島

    シウマイ弁当の存在は、知っているんですよね?

    枝太郎

    知ってはいます。あの真っ黄色の掛け紙は「何これ?」って感じで、岩手から出たばかりの18歳には本当にカルチャーショックでした。

    市島

    そうですね。もう見慣れてしまっているけど確かに真っ黄色の掛け紙は不思議ですよね。

    枝太郎

    シウマイ弁当以外に黄色い掛け紙ってないんですよ。昔からこの掛け紙は変わってないですよね。ちょこちょこバージョンは変わってはいますけどね。掛け紙に描かれている絵も、ちゃんと横浜の街になっていて素晴らしいですよ。変に派手にもしないですから。時代に合わせようとしないですから。

    市島

    でも弁当の中身はちょっと時代に合わせてますよね。

    枝太郎

    そうですね。でもシウマイ弁当に「萌え」はないですもん。シウマイの偽人化もないですから(笑)。ウマ娘みたいに。そんなの絶対しない。

    市島

    そうですね。昔、アイドルみたいな存在だったシウマイ娘がいたのに、その二次元キャラもないですね。

    枝太郎

    師匠のおかみさんはタカラジェンヌになりたかったんですね。今もお元気なんですが。当時としては身長が高くて、宝塚に行きたかったんです。でも戦争で横浜に空襲があり、怪我の影響で動けなくなり、宝塚の夢を諦めたそうです。そこからシウマイ娘に憧れたという話も聞きました。

    市島

    コロナだったり、戦争だったり、全然背景は違いますけど、時代の変化の中で、みんな境遇が変わってきますね。

    枝太郎

    故郷である岩手県では、東日本大震災のときに、崎陽軒のシウマイが喜ばれました。シウマイが保存食になったと現地の人からよく聞きました

    市島

    それはいい話ですよね

    枝太郎

    シウマイが保存できるから助けられたって。だから戦争やコロナ禍や震災など、 日本の大変な時期に崎陽軒がそばにあるんですね。

    市島

    たしかに崎陽軒は変わんないですもんね。

    そうか、幾多の困難を乗り越えてますね。

    枝太郎

    今コロナで大変ですけども、なんとか乗り越えて、笑って崎陽軒を食べようじゃないかということですよ!

    オールナイトニッポンを聴いて覚えたシウマイ弁当の魅力

    枝太郎

    日本人でシウマイ弁当を食べたことない人はいないんじゃないですかね。

    市島

    地方にはシウマイ弁当を食べたことがないという人は割といますよ。同人誌(食べ方図説)を頒布するために地方に行ったりすると、シウマイ弁当のことを知ってはいるんですよ。食べたことはないけど、憧れてるとか食べてみたいとは思ってるみたいです。食べたことないのに同人誌を買ってくれますからね。

    枝太郎

    崎陽軒のシウマイの話は、当時ウッチャンナンチャンのオールナイトニッポンを聴いていると出てきたんですね。岩手県の中学生だった僕は、そこで初めて崎陽軒を知ったんです。

    市島

    そうなんですか!

    枝太郎

    30年ぐらい前の話なんですけど。本当にお二人はシウマイが好きなんです。(枝太郎さんもウッチャンナンチャンも同じマセキ芸能社所属)

    市島

    あの2人もそれぞれ熊本・香川と地方出身ですよね。

    枝太郎

    そうですね。

    市島

    そうか、シウマイ弁当に出会って響いたものがあったんですよね。オールナイトニッポンでウッチャンナンチャンの2人はどんな話をしてたんですか?

    枝太郎

    ロケ弁がいろいろ出るけど、やっぱり崎陽軒のシウマイが1番いいんだよって話をずっとしていて、面白かったんですけどね。

    市島

    確かに、タレントさんがロケ弁の話をすると、みんな興味を持ちますよね。

    枝太郎

    ましてや岩手で崎陽軒のシウマイのことは知らないですし。「何?」って思いました。

    市島

    みんな語りたがるんですよ。聞いたら実はみんな自分なりの食べ方の流儀があるんですよ。

    枝太郎

    いや、またシウマイ忘年会やりたいです。

    市島

    ですね

    望月

    はやくコロナが収まってほしいですね。

    後編へ続く

    Profile

    三代目 桂枝太郎

    岩手県奥州市衣川出身。1996年、桂歌丸に入門し前座、桂歌市。2000年二ツ目昇進で桂花丸。
    2009年真打で、三代目桂枝太郎襲名。岩手県初の真打ち落語家。
    古典・新作両輪で活動。新宿末廣亭、浅草演芸ホールの主任をつとめる。
    落語以外にもメディア、コラム、小説等で幅広く活動。
    公式サイト

    市島晃生

    神奈川県大和市出身。1966年生まれ。
    本業はテレビディレクターで「料理の鉄人」「ウンナンのホントコ」などを担当。
    2017年に食べ方学会を立ち上げ、同人誌「食べ方図説 崎陽軒シウマイ弁当編」1-4巻を刊行。最新刊は「崎陽軒シウマイ弁当 ゲノム解読完全データ」
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