インコさんになったまえとあと / インコさん

  • インコさんコメディアン

写真:平林克己
聞き手/編集/執筆:望月大作

目次

  • 最初はお笑いトリオだった
  • とっかかりが見え始めた2014年
  • スタンダップコメディが道を切り開く
  • 芸人ともう1回名乗れるようになった。
  • 取材のあと
  • 最初はお笑いトリオだった

    望月

    もともとピン芸人だったんですか?

    インコさん(コメディアン)

    学生時代からお笑いコンビを組んでて、それがトリオになって。それが一人抜け二人抜けみたいな感じで一人になったんですよね。

    望月

    なるほど、そうだったんですね。

    インコさん

    もともと同級生の開店休業状態のコンビがあったんです。そこに僕が乗り込んでいって、「今日からトリオでオレがリーダーだから」みたいな。そこからトリオになって数年活動したんです。

    トリオ活動で事務所に入ったんで、「まぁよかったな」ぐらいの話だったんですけど、事務所に入って3年目くらいで、ピン、いわゆる自分ひとりの仕事で1年間メンバーに会えないで拘束されたんです。で、そのインターネットの仕事が終わり、空白があって帰ってきて、もっとトリオでの露出で行けると思ってたら、それが全くないんですよね。僕自身の露出もない。ただ単に活動が一年止まった感じになってしまって。

    望月

    インターネット企画では、1年間隔離されたわけですもんね。

    インコさん

    そうなんですよ。メンバーが抜ける原因なんて分からないですけど、トリオがなくなる原因の一つだったんじゃないのかな。トリオのひとりは当時精を出していたバイトで頼りにされ出してました。だいたい芸人が辞めるパターンですね。バイト先の地位が上がるという。誰かに必要とされることはすごく大きいことなんです。悪くないことなんですけど。お笑いの若手でもがいてるときって、当たり前ですけど必要とされてないからもがいているんで。

    バイト先で社員でって話になると、それで辞めようかなってなる、それで一人抜けて、その後はコンビで8年ぐらいやりました。その相方も抜け、いつの間にか1人でもういい歳になっていて。

    でも若手という扱いは変わらなかった。1人になりました、じゃあ1人のネタを作ってくださいという話になった。僕はモロ師岡さんが好きだったんで、一人でコントもやってたんですけど、別に若手ライブ枠で何か結果が出ていたわけでもなかった。2011年ごろは事務所の一番若手のライブに出なきゃいけないから、2分〜3分のネタを作ってたんですけど、自分のコントが面白いと思えないものになっていて。なんか最初にお笑いを始めたところに戻ってきてしまった。

    自分が得意として出来ていたことが、相方が抜けて、このパターンのボケは一人じゃできないとか、そういうことがわかるようになるんですね。で、その時のお笑いの流れがパッケージものという、ネタの番組に出るために、「○○といえば〇〇みたいな何かパッケージを作れ」みたいなことを言われながら、そのパッケージネタがまったく作れないという。そうこうしてるうちに、事務所からもうライブ出なくていいと言われたんですよ。

    もう若手の歳じゃないし、1人で司会の仕事もあったんで、ふわっとネタから卒業するんですよね。ただ、オムニバスコント公演(舞台『実弾生活』)は自分で主催してずっとやってたんですけど、7〜8人でいろんなコントを作って、「面白い」って言われてたから続けられてた。それがないとたぶんとっくに芸人を辞めていたんじゃないですかね。

    でも、そのコント公演は全く事務所がタッチしてなかったんです。

    望月

    なるほど、そうなんですね。

    インコさん

    コント公演の仲間も違う事務所だったりなんだりとあって、あまりそうした活動をしてても事務所的にはどうでもいいというか。ただ、マネージャーが好きにさせてくれる人で。事務所が黙認してるみたいな感じにしてくれて。

    望月

    なるほど。

    インコさん

    でも、事務所に入っているピン芸人というくくりで何かをやってる証拠が何もない状態は続いていて。タレントとしてMCをやっても、ピン芸人という名乗りとはまた違うんで。

    とっかかりが見え始めた2014年

    「自分は芸人なんです」と言ったときに、手持ちの武器が何もない状態はすごく苦しい。でもパッケージのネタは相変わらずできないし、いっそ芸人を辞めるか……なんて迷いを抱えていたら、小説の話が急に降ってきたんですよね。「お笑い芸人がお笑いの小説を書く」という企画で。それで芸人として名乗りながら小説を書きましたけど、それだって結局「芸人としての面白さ」を真正面から名乗れるものじゃないんですよね(笑)。で、また悩みのループに入るんですけど、「インコさん」に改名するきっかけがあって、そこから突破口が開けたんです。

    それはインターネット番組の企画で、ゲーム実況をするんですけど、ゲームを実況しながら日常のトークとかをしたときに、そうしたモノの考え方がニコ生を通してウケがすごく取れたんですよね。コメント欄の「w」とか。それで「あれっ」と思って。嘘であんまりそんなことを書く人はそんなにいないと思うんで。

    望月

    そうですね。

    インコさん

    別にネタではない自分のしゃべりがウケていた。自分のモノの考えで、なんかインコさん偏っているな(笑)みたいな感じで、こだわり強いな、めんどくさいなみたいな。というのが全部笑いになった。このゲーム実況の活動で、とっかかりがちょっと見えてきたんですよね。そのときのネット番組での呼び名が「インコさん」だったので、もう改名しようという気持ちにもなって。

    望月

    なるほど。

    インコさん

    コンビ時代とかも、トークライブの評判は良かったんです。ただ、いわゆる「エピソードトーク」だけで芸人活動は続けられない。でも、改名の時期に合わせてNetflixが当時出てきたんで、昔ビデオで見たスティーブ・マーチンとか、エディー・マーフィーのスタンダップコメディをバリバリ見れる環境が、もう二十数年ぶりぐらいにまた整ったんです。もちろん字幕なんで、全部のニュアンスが伝わることはないんですが、Netflixのスタンダップコメディをネットを通して見たときに、漫談やフリートークとまた違うスタンダップコメディの根っこの部分が、自分には向いてるんじゃないかなって読みが出来たんですよね。

    スタンダップコメディが道を切り開く

    僕が定義しているスタンダップコメディは、演説と似通う部分があるというか、「自分の主張を笑いに乗せる」ものとしています。スタンダップコメディって短くても15分とか、けっこうな時間をあげるからしゃべってくださいなんで、自分のモノの考えはこうであるってところを、お客さんに「なるほど」って頷いてもらいながら、そこに笑いが入っていく感じなんですよね。

    そこに例えばコメディアンによって政治的な視点を聞かせたり、人種の話、移民がマイノリティの立場から見た世界のことを話すとか、妊婦の人とか、女性から見た仕事やセックス事情みたいなものとか。全部自分の人生の出来事なのである。というところに各コメディアンの立ち位置があって、これは向いているなと思った。

    たとえば自分は北海道のすごい田舎に住んでいたので、釣りをしてたら川の向こうにクマが出てくる話とか、そういうところで今まで面白がられていた部分は、田舎にいるから=都会への憧れがある→都会への憧れ自体が間違っていたものだったのである。みたいな組み立てが頭の中で繋がり、自分もスタンダップコメディが出来るなと思った。それで2015年にはじめてスタンダップコメディの独演会をやったんですね。

    インコさんに名前に変えたので、変えた記念でライブをやるぞみたいなプランにして。そこでいい出会いがあったのは、演出家で劇団フルタ丸の主宰のフルタジュンさんと出会ったことでした。僕はずっと漠然としたスタンダップコメディへの想いがあったんですが、ジャッジしてくれる人がいないとどうしようもないんですよね。

    望月

    一人だけだと難しい面もありますよね。

    インコさん

    自分だけで面白いと思っていたことを話すだけではなくて、自分のなかでの当たり前が、実は面白かったところを気づかせてくれる人がいると、スタンダップコメディは作りやすくなる。

    フルタさんは自分で物語も書く作家性の強いひとですけど、ラジオの放送作家も同時にやられていて、パーソナリティーの濃厚な引き出しを膨らます手伝いを仕事としてやられている人だったんで、僕との相性も良くて、一通り自分で作ってきたスタンダップコメディを見せたときに、「ここをもうちょっと聞きたいと思うはずです」と言ってくれるんですね。

    それはイッセー尾形さんも一人芝居をやっていて、「自分も一人芝居がやりたいんです」という相談があったときに答えることがあるんですけど、「良い演出家と出会いなさい」って。ずっとイッセー尾形さんも森田さんという方と二人三脚でやってきたんで。イッセー尾形さんは特にああいう日常の凄い精度の高い切り取り方をされる方なんで、やっぱり一人の目線だけじゃないところがあるなって。

    ほかのスタンダップコメディアンがどうネタ作ってるか全く分からないんですけども、少なくとも僕は割と自分の人生だったり価値観をよそから見てくれる人がいたほうが、ネタは作りやすいですよね。

    芸人ともう1回名乗れるようになった。

    それからスタンダップコメディをはじめて、芸人ともう1回名乗れるようになりました。コンビを解散してライブにも出れずってところから、今は独演会があるみたいな。それで今はスタンダップコメディ協会でライブにも出させてもらっていたり。

    望月

    コント公演はあくまでもインコさんのなかでは別の軸だったというわけですね?

    インコさん

    コント公演も大事なものですけど、例えば自分ひとりでどこかに出ていったときに「コント公演の主宰をやってます」と言って、やっぱり反応が微妙なときがある。それは良し悪しなんですけど、ものまね芸人やってますと言ったら、じゃあ「千昌夫お願いします」みたいな、そういう振りになるじゃないですか?

    望月

    はい。

    インコさん

    芸人は何か仕掛けられたときに、自分の引き出しのなかで返すことが出来たほうが絶対に良いんですよ。と僕も教わってきたので。「何やってるんですか」「コント公演の主催です」「じゃあ脚本家」「いえ本も書くけど出る側でもあって……」みたいな、とにかく言葉が多くなってふわっとした空気になって(笑)、別に自分が悪いわけではないんですけど、ふわっとした空気への責任感が生まれるんですよね。

    ふわっとは悪なんで(笑)面白がらせることの使命感がある。自分はスタンダップコメディがある。じゃあ何かスタンダップコメディをやってくださいよって人に対しては、「そう言うフリをする人のスタンダップコメディがありますよ」みたいな返しまで言えるようになってくるわけで。

    望月

    本人にとっては芸人としての主張にも意味があるってことですよね。

    インコさん

    いまコント公演もやってますけど、長編の演劇を書いたり、外部に演出家として行ったりすることも増えてきました。物語の中において、自分をちょっと一歩引こうみたいな。昔は主演したいってモチベーションで、ワーっとコントも書いていたんですけど、スタンダップコメディをやってから、書くコントも変わったんですよね。

    僕の主張をしっかり乗せるのはスタンダップコメディがあるんだから、物語の上での主張は自分以外が演じたほうがいいのでは……と考えて。昔は傲慢だったので、そこまで考えられなかったんですよね。自分が書いたやつなんだから自分が笑わせるよみたいな。今だにやっぱり自分で書くお話は、自分でかっちり出ますけど。

    望月

    スタンダップコメディという立ち位置が一つ決まったことで、もうちょっと自分のキャパの幅が広くなっていますよね。

    インコさん

    確実に視野は広がりましたね。

    望月

    なるほど。だからふわふわしたものがカチっとなると、そこから景色が変わったぞみたいな感じですよね。道が定まれば景色も見えてきますよね。

    インコさん

    スタンダップコメディを始めたら始めたで、やることやもがくことは増えましたけど、でも自分の中では壁を越えるというよりは、歩くべき道が見つかった喜びがスタンダップコメディを始めて一番大きかったですよね。

    取材のあと

    音声配信アプリ Stand.fmを使って、取材後のインタビューをしています。