伊勢うどん大使のまえとあと / 石原壮一郎

  • 石原壮一郎コラムニスト

写真:平林克己
聞き手/編集/執筆:望月大作

目次

  • 伊勢うどん大使のきっかけ
  • 地元をより知るようになった
  • ほかのうどんも愛おしくなってくる
  • 活動は次のフェーズへ?
  • 大人気なさのデパート
  • SNSのまえとあと
  • 人を信じられるかどうか
  • SNSで可視化されるもの
  • 取材のあと
  • 伊勢うどん大使のきっかけ

    望月

    石原さんの中で、象徴的な「まえとあと」な出来事があれば教えてください!

    石原壮一郎(コラムニスト)

    伊勢うどん大使の前と後でしょうか。

    望月

    僕も石原さんのおかげで「伊勢うどん」をちゃんと知ったひとりですから。そういえば伊勢に行ったときも伊勢うどんを食べました。

    石原

    2012年に、ふと思い立って「伊勢うどん友の会」を作ったんですよ。コラムニストになったのが1993年だったので、だいたい20年経つか経たないかぐらいのときですね。伊勢うどん活動をはじめて、その後1年ぐらいで伊勢うどん大使にしてもらいました。でも最初始めたときは、大使になることなんて全く考えてないわけですよ。

    望月

    そうですよね。

    石原

    伊勢うどんの応援は、関東であまりに「コシがない伊勢うどん」が虐げられている状況を何とかしたいと思ったのがきっかけです。「うどんはコシが命」という偏った決めつけが広まっていることへの反発もありました。いざ始めてみると、思った以上に世の中のコシ信仰は根強かったですね。

    望月

    今もありますよね(笑)。

    石原

    これは本腰を入れて応援した方が面白いと思い、誰から頼まれたわけでもなく仕事でもないのに、先が見えない活動を手探りで始めました。いざやってみると、次々と思いがけない展開があったり、予想もしてなかった楽しさを味わったり、知らない世界を覗いて勉強になったりと、ワクワクすることの連続でした。それまでに経験したことのない感覚でしたね。

    やっぱり「世界が広がった」という気持ちが、大使の前と後ではありますね。コラムニストを20年やってましたが、それまでも出版社で雑誌を作っていて、出版の世界のことしか知らないんですよね。で、『大人養成講座』や『大人力検定』がまあまあ話題になって、業界内では一応名前を知ってもらい、こういう本を書いてると言えば、読みましたよと言ってもらって、いい気になっていたわけですね(笑)。でも、それはしょせんコップの中の話だったんだと、別の世界の人と接することであらためてわかりました。

    そのころfacebookも広まり始めていて、最初は「試しに」ぐらいの気持ちで「伊勢うどん友の会」というfacebookページを作って、とりあえず東京のこういうお店で伊勢うどんを食べましたとか、テレビに伊勢うどんが出てきましたといった「伊勢うどん情報」を書き込んでいました。でも、先がぜんぜん見えていなくても、やり続けているとそれなりに手応えみたいなのが感じられたり、次はこれをしたいとか、何とかなっていくもんですね。身をもって体験しました。

    望月

    僕もそうですからね(笑)。

    石原

    ツブヤ大学も何をどうしようかって展望があったわけでは

    望月

    全くないですね(笑)。

    石原

    でも大きなものに育ってきましたもんね。

    望月

    本当にツブヤのおかげでいろんな人に知り合えてますし、おかげさまでよく思ってくれる人が多いので大変ありがたい感じです。

    地元をより知るようになった

    伊勢うどん伊勢うどんと言ってたおかげで、食べ物を取材する仕事が増えたり、伊勢うどんについて、いろんな公的な集まりや商工会議所で話したり。まさかそんなことになるとはって。聞いた方が満足かどうかは別として(笑)。

    三重県についてはそれなりに詳しいつもりでいたんですけど、考えてみたら高校卒業後に地元で浪人して、そのあと埼玉の大学に来たので、三重県のことは実はほとんど知らなかったんですよ。伊勢うどんについて色々調べたり活動したり、応援したりしてるうちに、あらためて地元のことを知ることができました。

    望月

    なるほど。

    石原

    高校生の行動範囲や興味の範囲なんて知れてますからね。この4〜5年で初めて得た知識や初めて食べた三重の名物がいっぱいあります。

    望月

    そうなんですね。

    石原

    「こんなところもあるのか」と知って初めて行った場所もいっぱいあるし、伊勢神宮も遷宮が20年に1回という超基本の知識すらなかったですからね。

    望月

    なるほど。

    石原

    隣りの松阪市にいた子どものころは「伊勢で今年は何かやってるらしい」ぐらいの感じでした。そんなヤツが、伊勢神宮が発行している冊子や三重県庁がやってるサイトで記事を書かせてもらうことになるなんて、申し訳ないというか図々しいというか……。

    望月

    でもいい話ですよね、それは。伊勢うどんを応援しようからそこまで行くのは。

    石原

    最初からそういう下心があったわけではないんですよね。伊勢うどん活動を始めた初期の頃、三重県が観光に力入れようと首都圏でパーティーを開いて、東京のメディアを招いたり、三重県からいっぱい要人が来たりする会があったんですけど、そこに潜り込んで名刺と友の会のチラシを配りまくりました。でも、今ここで知事とか市長とか地元の有力者と知り合いになっておけば、何か得があるんじゃないかと思ったわけじゃない。「誰だこいつ?」と怪訝な目で見られながら、伊勢うどんを応援してますって言いまくるのが楽しかったんです。久しぶりに何かに熱中した体験でしたね。

    望月

    でも伊勢うどんの認知度も上がったような気もしていて。

    石原

    だとしたら嬉しいんですけど、僕が隅っこでごちゃごちゃやっていたこととはあんまり関係ないかな。認知度が上がったのは、テレビが伊勢神宮関係の番組を作るときに、必ず伊勢うどんを取り上げるようになったからだと思います。

    望月

    そうですね。

    石原

    かつては伊勢海老とかアワビ、松阪牛と高級食材を取り上げるのが定番だったけど、世の中が倹約志向になってきた。地方の知られざる味への興味も高まっています。安くて珍しくて美味しい伊勢うどんは、そんな流れにピッタリですから。

    望月

    そうですね。手頃に食べれるんで。

    ほかのうどんも愛おしくなってくる

    伊勢うどんに詳しくなって、お店の人にもいっぱい知り合いが出来て、伊勢の町や伊勢の人たちが伊勢うどんを大事に守ってきた雰囲気とか、製麺会社は製麺会社でそれぞれ熱い想いで伊勢うどんに向き合っていることも、肌で感じることができたわけです。そうなると、ほかのうどんのことも愛おしくなってくるんですよね。

    望月

    なるほど。

    石原

    超メジャーな讃岐も含めて、加須のうどんとか稲庭うどんとか武蔵野うどんとか、それぞれにそれぞれの歴史があり、守っている人がいる。伊勢うどんの延長線上で、そういう想像力が働くようになったのは思いがけない発見でした。うどんだけじゃなくて、どんな名物も同じですよね。

    望月

    結局とっかかりがあると意外な展開がずっと続いたのは、石原さんのコラムニスト生活ももちろんあるでしょうし。そっちとうまく伊勢うどんがオーバーラップして。

    石原

    そうですね。最初はシャレ半分で「伊勢うどんは大人力が詰まったうどんだ」と、無理やり自分が今までやってきた大人と結びつけて語ったりしてましたけど、まんざら全くのでっち上げとも言えないところがあるんです。出版界でコラムニストとしてそれなりにやってきた20年があったから、こういう独特のうどんを応援してるんですよってことになれば、記事を書かしてくれる人もいたり、じゃあ取材に行ってルポを書いてみればみたいなことになった。

    もちろん向こうは全くそんな気はないですが、伊勢うどん側も、コラムニストである僕を活用することができたわけです。伊勢うどんだけに特化した本も出してもらったし、これまで伊勢うどんだけでやってきたこととは違うことは、多少出来たと思います。

    望月

    そうですね。今までのカテゴリじゃないところを開拓したというか。

    石原

    錯覚かもしれないけど、自分が役に立てたと思えるのは、僕にとっては嬉しいことですね。

    望月

    石原さんを存じ上げてなかったら、伊勢うどんまで僕もたどり着いていないかもしれない。

    石原

    望月さんは望月さんで、伊勢うどんを僕に紹介されて食べたってことをあちこちで言ってくださってるわけですから。

    望月

    不思議な体験でした。こういううどんもあるんだっていうのはやっぱり面白いですからね。

    活動は次のフェーズへ?

    伊勢うどんも、もう8年ぐらい友の会をやって、正直この2〜3年はそんなに積極的には活動してないんですよ。呼ばれたら行く感じで。とはいえ、伊勢うどん大使を引退しますとか活動を休止しますとか、わざわざ宣言することでもない。お役に立てることがあるうちはやっていきますが、ちょっと伊勢うどん大使活動も次のフェーズに入った方が良いのかなと思ってますね。さらにお役に立つためにもというか。

    ライターを長いあいだやってきたことを土台に、伊勢うどん大使としてやれることがあったのと同じように、伊勢うどん大使をそれなりに一生懸命やって経験したことを土台に、何かできることはないかなと思っています。うどん屋さんや製麺会社の社長さん、いろんな商売をやっている人、お役所や観光協会の人たちなど、今まで接点がなかった人たちともたくさん出会うこともできたし。

    コロナ以降ぜんぜん三重に行けてないですけど、SNSなどを通じて、それぞれの人たちが何を考え、どう行動しているかは伝わってきました。なるほどなあ、出版やマスコミの世界は頭でっかちな理屈をこねるのが好きな人たちばっかりだけど、全然違う行動パターンだなと感心させられることがたくさんありました。

    見える景色の変化みたいなことを活かして、今後の書く仕事にどう反映していくか。はたして反映できるのか。そんなことをコロナの自粛期間の間中に、ボーっと考えていましたね。まだボーっとしたままですけど。

    大人気なさのデパート

    望月

    いろんなところに出かけることが少なくなりましたか?

    石原

    この4月、5月はほとんど引きこもってましたね。取材も出来ないし、訪ねて行けないわけなんで。コロナがが落ち着いてからあらためてお願いしますとか言ってて、結局なかなか落ちつかなかったので、何もせずに一ヶ月過ぎたみたいな感じがありました。

    望月

    石原さんはコラムも含めて、大人の態度的なものが多いじゃないですか。こういう状況になると、一番そういうものが明らかになってくるというか。

    石原

    ちょっと世の中がややこしい状況になると、日頃は隠している大人気なさがむき出しになる人が多いですよね。とくにSNSなんか、大人げなさのデパートみたいな感じになってます。

    望月

    ほんとそうですよね。SNSって昔はご存知の通り牧歌的で、ある程度リテラシーなのか、大人力があるのかは分からないですけど、そういうものがある人がやっていた時代があった。今はもう殺伐としているところも一面であるじゃないですか。その中で日本人って文字は読めるじゃないですか? でも文章が読めないというか。

    石原

    行間を読めなかったり、書いた人の気持ちを読めなかったりする。この状況で、この流れでこれを書いているんだからっていう意図を読めないとか、いろいろ全然読めてないですよね。

    望月

    あれって何でなんですかね?

    SNSのまえとあと

    前と後で言うと、SNSの前と後ってあると思うんですよ。

    望月

    はい。

    石原

    SNSが出始めたころは、まだみんながSNS以前のスタンスで毎日を生きていて、でSNSにもその気遣いとか、相手の意図をくみ取ることを働かせながら、そのツールを使っていたので、今のSNSとは全く別物だったと思うんです。それが広まって、猫も杓子もバカも空気読めない人も独りよがりな人も悪意が服着て歩いているような人も、みんながSNSを使うようになった。

    最初SNSは人々の温かさとか良い部分を集めたような場所だったんですが、今は悪い部分をわざわざより分けて集めていると思うんですね。

    悪い部分をより分けて集めてて、それがそれなりの勢力を持っている。もっとも如実なのはTwitterでしょうか。フェイスブックも一部そうですけど、Twitterだと言いっぱなしの怒りっぱなしで、日々無駄なエネルギーがそこで消費されているわけです。昨日何に怒ったか覚えてないだろうって(笑)。あの怒りのエネルギーを発電に使えたら有益なのに、何の役にも立たず不愉快だけを広めている。

    望月

    確かに(笑)

    石原

    そういう悪い部分を散々見せつけられてていると、もともと良い人だった人も疑い深くなるんですよね。

    望月

    あぁ〜。

    人を信じられるかどうか

    人を信じられなくなる傾向が強まったのは、SNSの前と後の違いだと思いますね。それは文章の世界にも影響を及ぼしていて、コラムを書くときも言い訳が多いんですよ。例えば彼女とデートしたみたいな話を書いた人がいたとして、今日は彼女がこんな料理を作ってくれたって話を書いたとしますよね。

    望月

    はい。

    石原

    かつては「良かったね」みたいな話なんですけど。そうやって書くときに、でも、いつも彼女が作るとは限らなくて、僕が作ることもあるけれども、今日はたまたま彼女の番だったみたいなことをいちいち書くんですよ。

    望月

    なるほど。

    石原

    よそのカップルのどっちがご飯を作ろうが知ったことじゃないんですけど、それを書かないと、女性が作るのが当り前だと受け入れてるあなたはどうなんですか? みたいにいちゃもんつけてくる人がいるわけですよね。そういった目に見えない無数のいちゃもんを無意識で恐れている。恐れながらじゃないと文章を書けなくなった。それは人の文章を読んでてもそう思いますけど、自分が書くときも何でこんな鬱陶しいこと考えてるんだろうと思うんですよね。

    望月

    何かそれは辛いですよね。

    石原

    Twitterに書き込んだとしても、これを変な意味に取られたらどうしようってことばかり気にしなきゃいけない。また実際に変な意味に取る人がいるんですよ。

    望月

    ある程度バズった数字以上いくと、変なリプライがつくみたいなことがありますよね。

    SNSで可視化されるもの

    かれこれ20年ぐらい前かな、まだネットが今よりのどかだった頃にデイリーポータルZの林雄司さんが、ゲストで来ていたある講座でこんな話をしてました。あそこはふざけたことばかりやってるわけですけど、記事が出た時、さっきの望月さんの話と同じで、たくさん見られるとバカが寄ってくると。いや、実際に「バカが寄ってくる」という表現だったかどうかは覚えてないけど、かつてオレンジカードっていう電車の切符を買うカードがありましたよね。それがよく駅の券売機の近くに落ちてた。落ちているカードには、残高が10円ぐらい残っているんですよ。

    それを集めて切符を買えないかって記事を作ったんですって。面白いじゃないですか。ところが、記事が今でいうバズった状態になると、「それは窃盗ではないでしょうか?」とか「拾得物横領ではないでしょうか?」みたいなことを言ってくる人がいっぱい出てきた。うるさい引っ込んでろみたいな話ですよね。

    もともとデイリーの記事を面白がって読んでくれていた人以外の、その他大勢の一見さんがいっぱい来ると、一定の確率でバカが混じってしまう。

    Twitterを見ていて皮肉な意味でとても勉強になるのが、世の中には文章や相手の気持ちに対する読解力のない人が、こんなにもたくさんいるんだってこと。隙あらばマウンティングしようとしたり、隙あらば「賢い自分」をアピールしたり。バズったツイートがあると、絵に描いたようなクソリプやズレまくった俺様の意見を見るのが楽しみで(笑)。

    どんなにイイ話で温かい美談でも、1万リツイートぐらいされたtweetを見ていると、必ず5つか6つはクソリプが付いてます。よくぞここまで悪意に解釈したり、人のいい気持ちに水を差したりできるなって感心します。

    きっとそういう人は昔からいたと思うんですけど、SNSによって可視化されてしまいました。今まで見ないで済んでいた石の裏にくっついてる気持ち悪い虫が、しょっちゅう目の前に現われてくるみたいなもんですよね。

    望月

    でもめっちゃその気持わかります。確かにソトコトの指出編集長ともこういう話をしていて、そこで思ったんですけど、明らかに今オンラインで取材できるほど、いろいろ技術が進んでいるじゃないですか。でもおかしなことに、明らかに文章を使うケースが多いですよね。すごくそれが皮肉に見えて。

    石原

    そうですね。

    取材のあと

    音声配信アプリ Stand.fmを使って、取材後のインタビューをしています。

    Profile

    石原壮一郎

    1963年三重県松阪市生まれ。1993年に『大人養成講座』でデビュー。以来、雑誌、新聞、テレビ、ラジオ、web、ゲームなど、あらゆるメディアで「大人」の素晴らしさと奥深さを伝え続けている。著書は『大人力検定』『大人の言葉の選び方』『父親力検定』など100冊以上。最新刊は『恥をかかないコミュマスター養成ドリル』。郷土の魅力を広くアピールする「伊勢うどん大使」や「松阪市ブランド大使」としても活躍している。