構成をしっかり考えるようになったまえとあと / 槌谷健

  • 槌谷健脚本家

写真:平林克己
聞き手/編集/執筆:望月大作

目次

  • 脚本家を志したきっかけ
  • 構成をちゃんと考えるようになった
  • 脚本家になるまえとあとのギャップ
  • 賞を獲ることと同じぐらいきっかけも大事
  • 取材のあと
  • 脚本家を志したきっかけ

    望月

    そもそも何で脚本を書こうと思ったんですか?

    槌谷健(脚本家)

    僕は経営学部で、もともと自分で起業して何か面白いことがしたいという想いがありました。2000年入学で、その頃IT革命的なことが言われ、起業が流行っていたときでした。でも当たり前なんですけど、起業ってどっちかというと結局儲かる話に乗っかるような人、そういう方が多い。だから本当に面白いことは出来ないなと思って。

    それで何となく就活時期を迎えるのですが、周りが就活をし出したときに何か違和感があった。急に今まで遊んでたみんなが就活し出して、自分はこれまでビジネスのことをやってたので、逆に冷めたというか。それで本当にやりたいこと、これから先で、一つだけ何か頑張れることはないかなと考えたんです。その時ふと、「カウボーイビバップ」というアニメが当時好きだったんですけど、こういう作品を作る人になりたいと思ったんです。

    そのメインライターが、「白線流し」を書いた脚本家の信本敬子さんで、フジテレビヤングシナリオ大賞の第三回の受賞者でした。それでこういう仕事をするには、この賞を獲ったらいいと。それを目標にしました。大学受験までなんとなく流されてやってきたという思いがあったので、何か一つだけでも自分で立てた大きな目標を達成したいなと思ったんです。でもなかなか自分自身だけでやるのは難しかったので、シナリオ・センターに入りました。

    もう一つは大学在学中、携帯フォーラムというイベントが京都にあったんですが、当時はガラケー時代で、僕も大学のベンチャービジネスのサークルに入っていて、そのフォーラムのコンテンツを学生が考えるという機会がありました。そこで動画でお化け屋敷を会場に作り、動画を見ながらストーリーに合わせて、実際のアナログ的なものと動画がリンクしながら展開するコンテンツを作りました。そのときにホラー動画の構成をやって、意外とうまくそれが出来たので、案外向いてるなと思った経験があったんですよ。

    だからそれも伏線で、じゃあ1回やってみようってことでシナリオ・センターに通い始めました。脚本家になって有名になりたいとかはあまりなかったですね。

    望月

    シナリオ・センターに通っていたのはトータルで何年ぐらいですか? 

    槌谷

    2003年秋からだったので、12年ぐらいですね(苦笑)。会社でも12年も勤めたところないですからね(笑)。今の勤めている会社がやっと12年ぐらいです。

    望月

    そうなんですね。

    槌谷

    シナリオ・センターはほかのどのコミュニティよりずっと長いです。今もずっと関わってます。

    望月

    僕も経験がありますが、シナリオって書く内容を思いつかないと大変じゃないですか?

    槌谷

    基本的に毎年2作書いてました。ヤンシナがとにかく一番獲りたかった賞だったので、それがとにかく目標でした。ただ、さすがに1年1本ってわけにはいかないので、ヤンシナが終われば半年後ぐらいにある別のシナリオコンクールに出して、またそれが終わったらヤンシナみたいなサイクルで。

    望月

    ちょっとずつ段階を踏んでヤンシナの佳作を獲ったんですね。

    槌谷

    そうですね。初めて出したヤンシナは、シナリオ・センターに入ってまだ基礎科ぐらいだったんですけど、何となく書いて出したのが1次だけ通ったんですよ。その後もアニメの脚本のコンクールが当時あって、それも最終に残ったことがありました。でもその後は逆に、むしろ1次すら全然通らなくなった。

    望月

    はたから見たらスランプみたいに見える? 

    槌谷

    そうですね。でも今思えば、たまたま初期に書いた作品のいくつかが良かっただけで、全体的なレベルはあまり高くなかったと思います。それでシナリオ・センターも一度、個人的な都合で通信科になりました。でも通信科の1年半のあいだ1回も作品を出せなかったんですよ。

    望月

    例えるなら、急にリモートワークになった人みたいな感じですよね。

    槌谷

    そうです。

    望月

    僕はフリーランスを以前もやってたんで、家でも全然仕事ができるんですけど、急に勤めてた人がリモートワークになると、ほぼ何か遊んじゃうじゃないですか。それに近い感じですよね。

    槌谷

    そうです。そのころはもう全然書かなくなって。

    望月

    やっぱり環境って大事ですよね。

    構成をちゃんと考えるようになった

    シナリオ・センターでの経歴をまとめると、最初半年は基礎科、その後1年半ぐらい望月さんと同じ研修科にいて、その上野作家集団は多分半年ぐらい、その後は通信で1年半ぐらいで。その後結婚を機に大阪に引っ越し、仕事も変わりました。その前は学習塾の仕事で、出勤する時間が午後1時出勤で夜12時近くまでの働く昼夜逆転の生活でした。転職をきっかけにふつうの生活に戻り、2008年からシナリオ・センターに再び通い始めたんです。

    脚本的な話になってきますけど、改めて通い始めてから構成を大事にするようになった。それまでプロットをあまりちゃんと書いていませんでした。人に寄ると思うんですけど、脚本の構成をする作業と、脚本そのもの書く作業って似ているようで違う。脚本自体を書く、要するにディティールを考えてセリフを書くのはすごく好きなんですけど、構成があんまり好きじゃなかったんです。

    望月

    それは分かります。

    槌谷

    それまでは、構成をちょっと書いたらもう中身を書いちゃおうかって感じで、とりあえず脚本に入ってたんです。でも2008年にそれを止めてプロット・構成をちゃんと立てなあかんなとやっと気づいた。シナリオ・センターに通いはじめて4〜5年経ってから、やっとちゃんと構成を書き始め、そこからですね。

    構成をきちっとやり始めてから、スランプ脱出じゃないんですけど、1次や2次が通るようになりました。1回構成をちゃんと書けるようになってからは、実力的には急に伸びた感じです。

    望月

    構成大事っていいますよね。たとえば登場人物の履歴書もしっかり作るって言いますよね。

    槌谷

    そうですね。ただ、登場人物の履歴書は作った時期もあったんですけど、その作業はあまり面白くなくて。履歴書よりは、人物関係を作るほうが大事だと考えるようになりました。主人公の生い立ちを細かく掘り下げるよりも、主人公と副主人公はどういう関係か、過去に何があったのか、どんな確執があるのかという設定を考えたほうが、ストーリーが膨らむというか、面白くなることに、だんだん気づいてきた。

    人物同士を相対的に考えるんです。主人公の設定に合わせて副主人公はこういう思想信条を持ってた方が面白くなるとか。例えば主人公がすごく天然な人物だったら、副主人公はバリバリの理系で何でも理屈で解いてしまうタイプの方が、二人がマッチングしたときに絶対面白いとか。

    望月

    MIU404の綾野剛と星野源みたいな感じですね。

    槌谷

    そうですね。キャスティングも思い浮かぶってことは、キャラのイメージが掴めてきているってことかもしれないですね。とにかく、人間関係をすごく考えるようになりました。

    望月

    なるほど。そこを1回整理してから書く感じなんですね。

    槌谷

    そうですね。それに、最初の頃は1つのアイデアでごり押しして書くようなところがあった。でもそれだとアイデア倒れになるんですよね。初心者あるあるあるですが。すごく面白い一発アイデアが浮かぶんですけど、ドラマになってない。だから、それで考えたのは、その1アイデアがあって、プラスじゃあどうするのかっていうことです。それはやっぱり、その1アイデアにプラスして、きちっと人間関係を組み立てるってことなんです。元々、主人公はある程度できていることが多いんですけど、じゃあ副主人公にはどういった人物がいて、他に誰がどう絡むかみたいなところが大事になってくるわけです。

    昔は、脚本の途中から主人公が1人で頭を抱えて行き詰まるってていう、初心者にありがちなことに陥ってました。でも人と人とがぶつかったり、引っ付いたり離れたりするところがドラマですよね。人物同士でどういう対立が起こるのかというところが大事で、そこをちゃんと考えるようになったのが大きいですかね。

    それで構成をきちんと考えるようになった。だから結局2008年にもう1回シナリオ・センターに通い出してから、急にそこそこ書けるようになった。そこからは、時間はかかりましたが、受賞まではそんなにレベル的に変わってないです。

    望月

    タイミングとか?

    槌谷

    ある程度書けるようになったあとはもう運とかタイミングですね。

    脚本家になるまえとあとのギャップ

    望月

    仕事になる前と、いま実際に仕事をしてみてギャップはありましたか?

    槌谷

    そうですね。結婚して普通に家族もいてるんですけど、ぶっちゃけ自分の心情的には受賞したときは、脚本の専業になってもいいかな、単身赴任もありかなって思ってました。でも実際やってみると、仕事は面白いのは面白いんですけれど、自分の書きたいものが書けるとは限らない。仕事なんで当たり前なんですけど。でも相性のいいプロデューサーさんとか相性のいい仕事だったら、すごい相乗効果があって、やっていてすごく面白い。以前「東京タラレバ娘」のスピンオフを僕が書いたんですね。

    東京ダラダラ娘」という作品なんですが、「東京タラレバ娘」は3人のアラサーの話なんですけど、そのスピンオフは3人のアラフォーがただ飲んで愚痴ってるだけの話なんです。狭い居酒屋の中だけで展開される短い8分×5話程度の会話劇。ただ、アラフォーの女性っぽいあるあるネタは使いつつ、あとは自由に書けるコメディだった。すごく大きいドラマもやってますが、個人的にはそのスピンオフの仕事は、実際仕事としてやったなかでは、めちゃくちゃ自由に書けたので一番面白かった。

    元をたどると、先ほどの企画会社からのつながりで、最初にその企画が募集されていて、実際応募するシナリオを書いて出して欲しいと依頼があったんです。それでプロデューサーさんに送ったら、けっこう面白いねってことになった。それで、そのうちの1本が実際のスピンオフのほぼそのまま最終話になったんです。自分が本当に好きで書いたものがそのまま作品になったような感じだった。

    賞を獲ることと同じぐらいきっかけも大事

    平林

    さっき賞を獲ったけど、かといって、すぐ仕事が来るわけでもないと言ってたじゃないですか。あれってどの業界でもそうなのかなと思って。そんなもんなんですかね?

    槌谷

    テレビはでもまだある方だと思います。賞にもよりますよね。プロデューサーさんは、1回組んだことある人とどうしてもまたもう1回しようってなるんですよね。

    平林

    ずっと前のことを考えて、仕事を始めた頃のことを考えたら、賞なんかないじゃないですか。人脈なんかないですよね。作品という作品も評価されたものがないわけで、じゃあ今の話で、すでにやった人と組みたいと言っても最初じゃないですか。最初の一歩になる突破口は何だったんだろう?

    槌谷

    僕の場合は受賞後に事務所に入ったので、一つは事務所の力があった。あまり仕事らしい仕事もないので、ちょっと事務所に入るのもありかなと思って入ったんです。それが一つのきっかけですね。

    平林

    たぶん他の業界でもこういう話ってすごくためになると思って。僕も最初に自分の作品を持っていったときに、作品はとりあえず見てくれたんだけど、仕事でも作品はないわけですよね。仕事の経歴的なことがないから来たんで。向こうとしては仕事の経歴がほしい。もう鶏が先か卵が先かって感じで。そうするとこっちは理論的には一歩も踏み出せなくなるわけです。そこでみんな賞を取るほうに傾いてくるんだけど、獲ってみたら獲ってみたで、意外と何にも起こらない。

    槌谷

    確かにそうですよね。脚本家も毎年受賞者って何人も出てるんですけど、実際じゃあその後、脚本を書く人はそこまで多くない。ただ、受賞することでその受賞作自体は自分のプロフィールの一つにはなると思うんです。全く受賞歴がない方と比べると、そこは一つ有利になると思います。

    受賞からどうつなげていくか。一つは事務所に入ったことですが、もう一つは会社員をしながら続けたのがよかったのかもしれないです。一定の収入があるので、あまりお金にならないような企画の仕事なども積極的にやっていました。例えば企画会社のあらすじを書く仕事では、本当にただ単に原作の小説をあらすじにするだけの仕事なんですけど、その文章が良かったと評価されて、ドラマのプロデューサーさんを紹介していただいたりしました。それが一つのキーポイントでしたね。

    受賞した当時の最終審査をしたフジのプロデューサーさんとは、その後FODの本当に短い配信用のドラマで仕事をしましたが、でもそれぐらいですね。あとは企画書を出してと言われ、「世にも奇妙な物語」の企画は出してたんですが、あれはめちゃくちゃ企画が多い。だからヤンシナ取るよりもこっちの方が難しいと言われてたので、ハードルが高いなって思っていました。

    そこで事務所の紹介で、先ほど述べた原作のあらすじを書いたり企画書を書くような仕事をやっていきました。するとそのつながりでTBSの日曜劇場のお手伝いをさせていただくようになったんです。

    取材のあと

    音声配信アプリ Stand.fmを使って、取材後のインタビューをしています。

    Profile

    槌谷健

    1981年大阪府和泉市生まれ。
    2015年「人体パズル」で第27回フジテレビヤングシナリオ大賞佳作受賞。
    その後はテレビドラマを中心に脚本を執筆。
    主な作品に、「ブラックペアン」「下町ロケット」「東京タラレバ娘スピンオフ企画 東京ダラダラ娘」など。