演劇に目覚めるきっかけは学生時代
もともと役者の前はサラリーマンやってたんですよね?
西郷
そうですね。25歳のときに会社を辞めたんです。だから新卒で入ってから1年半ぐらい、某通信会社で働いていました。
そうなんですね。
西郷
もともと通信業界にいたかったわけでもなく、なんとなく就職して仕事をやっていたんです。大学時代に演劇部だったんですが、演劇は「大学まででいいか」と思って辞めて就職しました。名古屋で働いていて1年ぐらい経ったときに、ちょうど小劇場でひとり芝居があったので、芝居を見に行ったんですよ。当時演劇をしばらく見てないから久しぶりに見たいなと思って。その一人芝居がすごい良かったんですよ。それを見て、また演劇へ火がついちゃったんですね。ちなみに芝居を始めたきっかけは、大学の演劇部でしたね。
大学で演劇部に入ったのは、たまたまなんですか?
西郷
もともと母親が舞台や映画など芸術ごとが好きで、子どもの頃に劇団四季とかに連れて行ってもらってたんですよ。それでもともと自分もなじみというか、その影響もあってか、芝居が好きだったんですよね。
高校時代に文化祭で演劇をやるじゃないですか。僕もやったんですよ。3年間で2回やったのかな。最後のときは、僕が脚本を書いて演出もやりました。そのときにすごい楽しかった記憶があって、大学でもう一回やるかなって思ったのはそこからですね。
当時行きたい大学があったんですけど、一回浪人して、それでも行けなくて、最初は憂鬱だったんですよね。
入ってみたけど違う感じがあったんですか?
西郷
そうです。「行きたかったのは、ここじゃなかった」みたいな。でもそんななか、すごい楽しそうにしてる団体があったので、「何やってるんですか」と聴いたら、「演劇やってる」って。それがウソだろってくらい明るい人たちだったんですよ。
それで大学に入り、4年間演劇をやりました。大学卒業後はテレビ業界へ行きたかったんですよ。だから制作会社などに就職を考えていたんですが、土日休みの方がいいのかなと、ちょっと就職に関してブレちゃったんですよね。制作会社って忙しいイメージじゃないですか。
オンライン演劇は演劇とは別物
こういうご時世になっちゃって、リアルな場所で演劇を上演することが難しかったり、落語なんかも大変だって話は聞いていました。そこでオンラインで演劇を始められたわけじゃないですか?
西郷
はい。
僕も思うんですけど、取材も含め、こうやってリアルで会うのと、画面を通して会うでは、ちょっと感じが違うんじゃないですか。演劇の場合は、違う違和感を逆に利用するじゃないですけど、どう捉えてオンラインではやってらっしゃるのかなと思ったんです。
西郷
最初オンライン演劇を始めたときは、演劇の代わりに”何かをやろう”だったんですよね。劇場で出来ないんだったらオンラインでやろうと。最初は演劇の代わりとしてやっていくもんだと思ってたんですが、やってみると勝手が違いすぎました。もちろんお芝居の掛け合いではあるんですが、Zoomを使っているものですから、声かぶりがまず出来ない。あと上半身しか映ってないから、動きが見せられなかったり、映像の手法が必要だったり。
そうかと思えば演劇の手法が必要な場合もあったりで、これは演劇の代わりとしてやったら失敗するだろうって感覚を持ってました。そこからはZoomでやるオンライン演劇は、演劇とは別ジャンルとして捉えて、この一年間作ってましたね。
稽古もリアルでやった方が楽だと思うんです。稽古もZoomを立ち上げてやるわけじゃないですか。すごく難しいですよね?
西郷
そうですね。中心メンバーである劇団主宰の木下半太と僕なんかは東京にいるんですが、劇団がもうひとつ大阪にもあるんですよ。そこのメンバーたちと一緒にずっとこの1年やっていたんですけど、オンラインでやるので物理的な距離の垣根がなくなってやりとりできるのはすごくメリットだったんですね。こんな状況にならなければ、オンラインでやることはなかったので、そうじゃないと、たぶんほとんどコミュニケーションなかったんだろうなと。普段なら大阪のメンバーとは年に1〜2回ぐらい会うぐらいで、喋ったことない子がたくさんいるような状況だったと思います。
今回の状況では、それがすごくなくて、今年もずっと密に、「密に」って言葉もあれですけど(笑)。コミュニケーション取れたのはすごいメリットだったと思います。でもこの1年間の最後の最後で思ったところで言うと、やっぱり演劇・舞台の良さは、生身の人間が同じ場所に集まって、その熱量やちょっとした呼吸の差を擦り合わせて調整していくものだと。
それで練習しても、本番だとブレちゃう可能性もあって、ぶれちゃったらぶれちゃったなりに合わせることができたり、そういうものを本番前にも現場で稽古して、コミュニケーションをとって調整していくもんだったりするじゃないですか。簡単に言えば、この役者さんはこんな人となりなんだとわかり、仲良くなってってことなんですけど。
この人となら良いものを作りたいって積み上げもお芝居に乗るんですが、でも見えない部分もいっぱいある。そういうものは稽古場でのコミュニケーションだったりするんです。でもそのコミュニケーションが、オンライン演劇だと取れないんですよね。どうしても全体雑談になっちゃうんですよ。そういうものって、現場に20〜30人もいたら、それぞれお昼休憩や夜ご飯休憩とか、個々の場所で雑談が行われているじゃないですか。
それが出来なくなってるところで言うと、みんなが積み上げ、この芝居をこんな素敵な人たちと作ってるからこそ、この芝居を見てほしいって気持ちの高まりが、普段の舞台に比べると薄くなりがちなのかなって感じることもありましたね。
わりと機械的にZoomを使うと便利なんですけど、そうすると稽古も機械的にこなしてしまう時がたまにあった。稽古場までの移動時間が減ったり、時間はかけなくてよくなったじゃないですか。パソコンをピっと付ければすぐ出来るし、じゃあすぐやろうかと椅子に座ったまま出来る。こういった姿勢が、すごく機械的な姿勢に徐々に無意識になっていった。
すぐに始まるのって、ちょっと間がない感じですよね?
西郷
そうですね。もちろん全くなくなったわけじゃなくて、声を掛け合ったり、冗談も言ったりはするんで、オンラインでも現場は和やかです。ただ普通の演劇と比べたら、最後の最後でやっぱりそういうのは減ったと思いましたね。
オンライン演劇は繰り返しやりました。僕も今年100回やらせて貰う機会があったんですけど、慣れてきちゃってはいるので、そこの部分でまた次がやってくる、次がやってくるから、演じるのは演じるんですけど、新鮮味をどうやって持っていくのかとか、この芝居を人に届けたいという気持ちを持ち続けることで言うと、自分の演じ方がこなしにならないように注意しなきゃいけない部分はたくさんありましたね。
普通の演劇だったら、そこに画面はなくて、目の前にはお客さんがいて、後ろは舞台空間じゃないですか。でもオンライン演劇だと、画面の向こうにお客さんはいるけど、こっちからはわかんない。ハッと我に返ると自分の部屋だったり、借りたレンタルスペースだったりするわけじゃないですか。だから演じるための確固たるものが存在していないと、ずっと同じ気持ちでやることは難しいと思うんです。だってパタンとPCを閉じてしまうと、何もかも無いじゃないですか。
西郷
そうですね。
普通の劇だったらPCみたいに閉じるものは何もないから、空間への没入感が実存としてあるわけじゃないですか。
西郷
そうですね。
スポーツ選手も無観客で誰もいないところで練習試合のような感覚で、野球をやるけど勝負がついて、成績もつくわけじゃないですか。空気感で勝てる部分とか、やれる部分とかって、人間多分にあるじゃないですか。
西郷
ありますね。
でもそれがない中でいろいろとやるのは、精神力だったり、練習の反復で培ったものとか、積み上げがある人じゃないと、素人ながらの意見で、なかなか大変だと思って。
西郷
そうですね。劇団でいえば、キャリアもピンからキリまで、いま始めたての子もいれば僕らのような10〜20年もやっている人もいます。オンライン演劇に最初に慣れるまではみんな苦戦していたし、Zoomの操作感もそうですし、いまだに空間に慣れない人はいると思います。
僕も開演前のあの時間がすごく好きで。みんなで緊張している中、準備して声を掛け合って。オンラインだとそれが全くなかったですからね。自分の家でひとり30分ぐらいで着替え、そばには日常的に自分が寝ているベッドや机があって。そこの空間で1人で着替え、誰とも声をかけられないのは、ものすごい緊張感でしたね。
劇場だと幕の向こうから聞こえるザワザワ感もあるじゃないですか。あれも全くないですもんね。
西郷
なかったですね。オンライン演劇は演劇とは別物だから、ここで完結するエンターテインメントを作っていかなきゃいけない。ただその行く先には、「また劇場でお会いしましょうね」という裏テーマはいつもあります。もともと僕らは劇場でやっていて、劇場に会いに来るのを楽しみにしてくれているお客さんが、いまオンライン演劇を見てくれています。だから本当にいつ劇場でやってくれるのかなって想いはずっとあるんはずなんですよね。
僕らもそこの見通しが立たなくて、今やるとリスクが大きすぎて、いつでも簡単に中止にひっくり返るじゃないですか。だからなかなか踏み出せない。実際これは僕も肌で感じてますけど、うちの劇団でも限界がきています。そろそろ劇場でやらないと、やっぱり心が折れそうな部分がありますね。
オンライン演劇をやって得た気づき
西郷
以前だと劇場に来てもらわないと見てもらえないものが、アンケートを見ると、病院やご自宅で、病院は難しいと思いますが、寝たきりだったり外出が困難な方々や、あとは子育てをしていて、子どもがちっちゃくて劇場には行けないんだけど、「これだったら育児とかしながら見れるわ」とか、「横になりながら見れる」って話になったときに、こういう今まで劇場に来れない人がいたんだなってところも、なかなか僕らには衝撃でした。
プラスでこういう人たちに届けられるようになったんだって発見も、僕らのモチベーションの1つになりましたね。だから失ったものも大きいんですけど、得たものも大きかった感覚がありますね。
こんな状況下で得たものは大きいですね。
オンライン演劇の裏側
西郷
オンライン演劇だと裏側はオンラインでやっていると見えないじゃないですか。たとえば僕らは本番中にLINEでやりとりしているんですよ。
おー、なるほど。
西郷
パソコンの画面にはZoomの画面が出てますが、その左上にグループLINEが出ています。ZOOMってどうしても、ネット環境で急に落ちたり、予期せぬトラブルがあったときに、そのグループLINEでみんな「落ちました」とか入れて、復旧したらそれをまた伝えて。それで、「じゃあこのセリフでつなごう」みたいなやり取りを演出家と出演者、裏方のスタッフで、本番中も常にやりとりをしているんですよ。
マルチエンディング方式も最近やってるんですけど、それはZoomの投票機能を使って、誰を最後生き残らせたいですかみたいな選択をお客さんにしてもらってるんですね。実際そのアンケート結果に基づき、エンディングを変えてます。パターンのAやBをグループLINEでやりとりして、間違いないように擦り合わせて、そこからドン!で、今日はCパターンでとかやってます。このマルチエンディングはお客さんにすごくウケがいいですね。
平林
演劇を見てる最中にアンケートを取るんですか?
西郷
そうです。僕らは参加型の演劇をずっと意識してやっています。どうしてもオンラインなんで、空間の縛りがないから注意力が散漫になるじゃないですか。どれだけ意識的に没入してもらえるかはすごく一年間大事にしてきたところです。そういった意味で能動的に何かしてもらう工夫が必要だってところで、アンケートに参加してもらうことで本番中にアンケートを出せるんですよ。
あとはしばらくやってなかったんですけど、音声でしゃべってもらうこともやっていました。コール&レスポンスで、お客さんにも、こういう感じで今日は参加してもらってますよと芝居の設定を渡すんですよ。
たとえば僕らの劇団が半年ロングランでやってた結婚詐欺会社のオフィスラブの演劇(コメディー)「こちらトゥルーロマンス株式会社」って作品があります。結婚詐欺というか普段「運命の出会い」を提供するって会社で。フラッシュモブとかヤクザになって絡んで、それを依頼者が助け、恋に落とさせるみたいな運命の出会いをこっちで演出する会社なんです。その会社の人たちが、自分たちは恋愛どうなんだとなったときに、恋愛にものすごく奥手だったりするという社内オフィスラブのドタバタコメディーなんです。
これもオンラインに移植する際、お客さんには新入社員研修として参加してもらいました。皆さんがこの状況下で会社に入ることは一大事だと思うから、もう一回うちの会社をのぞき見してもらい、本当に入るか入らないか決めてくれって設定を渡したんですよ。それで芝居の途中からお客さんに出てきてもらい、芝居に参加してもらうんです。実はこの状況は全部新入社員が見てましたって。新入社員の皆さん「挨拶してください」と、合図を決めて挨拶してもらうんです。
「どうぞ」と言ったら、みんながミュートを解除して「お疲れさまです」と言い出して、俳優としゃべれるから、またすごいウケるんですよ。一年間そんなことやってましたね。
いま話しを聴いていると、配信の裏側の舞台をやっても面白いかもしれないですね。グループチャットしながらやってるとかすごい面白いですよね。
西郷
まさにチャットしながらですね。テキストを送れるじゃないですか。反応を見てトラブルが起きたときに、うちは脚本・演出がそのまま座付きでいるので、本番中にこのセリフに替えようってことができるんですよ。で、それが送られてきて、それを画面に出しておけるので、そのセリフを見ながら言える。ラジオ的な要素もありますね。
生放送に対応できるというか、これは演劇じゃ絶対できないことなんですけど、演劇だと一回舞台袖にはけないといけないので。オンライン演劇だと、僕らは舞台上にいながら、それができるので、それはまた面白いところではありますよね。
平林
今いろいろ試しているのって、リアルに戻ってきても同様で、いいとこ取りしてやれたら面白いですよね。今どんどん試すいい機会だと思って。いま何かを試して失敗しても、しょうがないって叩かれないし。
西郷
たしかにそうですよね。無観客でやったりとかこの1年間ずっとあったじゃないですか。
そういったこともやりつつ、お客さんもちょっとずつ入れられるんでね。そこは試していきたいなと思っています。
※泊まれる演劇の最新作は、2021年 2月5日(金)~8日(月)に行われます。
取材のあと
Edit & Text:Daisaku Mochizuki
Photo:Katsumi Hirabayashi