メディアのまえとあと / 玉置泰紀(株式会社KADOKAWA)

  • 玉置泰紀株式会社KADOKAWA
    2021年室エグゼクティブプロデューサー担当部長

写真:平林克己
聞き手/編集/執筆:望月大作

目次

  • 基本的に人の立ち位置は変わらない
  • オールドメディアの問題点
  • アンチ正義
  • 「べき論」には与しないこと
  • 取材のあと
  • [New]まえとあとのあと
  • 複雑なものを単純にせずに出す必要性
  • 複雑でフラットなものをそのまま受け入れること
  • いま必要なことは、美しい演説ではない
  • 基本的に人の立ち位置は変わらない

    望月

    東日本大震災も阪神大震災も、ある意味地域に属している部分が大きいと思うんですけど、今回は世界的にも全体的な感じがあって。

    玉置泰紀(株式会社KADOKAWA)

    こういった非常事態が起きるたびに、毎回毎回仕切り直していろいろ考えるわけですけど、今回まさに、政府による個人の行動規範への介入が想定される事態がこれまでなかった事による混乱がありました。それこそ緊急事態の対応は、国会でも争点だったじゃないですか。これまではそういうことが起きなかったから、基本そういう規制はするなという声が圧倒的に強かった。

    来たとなると、そこに法的な根拠は全く無く、結果何もできない。今の法律で決められている範囲のことは、安倍総理が一人でやってるわけじゃなくて、どちらかというと官僚がやれる範囲の法的な根拠を元にやっているだけの話だから。別にふわふわもへったくれもないんですよ。極端な話、立憲民主党政権だったとしても、似たような対応になりますよ。

    望月

    そうだと思います。

    玉置

    ほかの国と違うのは、緊急事態の規定があいまいで、やれることがほとんどなく、法的な根拠をすっ飛ばして出来ないことなんです。

    むしろ厳密に守ってますよね。だから、ふわふわじゃなくて、法的に守ったらこうなるんですよ。ふわふわと言いたい人がいっぱいいることはよくわかるんだけど。それは単なる感情論だから。

    望月

    やっぱりどうしても感情論にいきがちなのは、政治以外のことでも思いがちですよね。SNSの使い方から色々思うところはあるんですけど。

    玉置

    何がどういうテーマであろうが、基本的に人の立ち位置は変わらないですよね。だから東日本大震災のときは、当時の民主党で菅直人首相がもうボロクソに言われていましたよね。あの時に御用学者って言葉が出てきた。必死になって叩いていたじゃないですか。あの時に比べたら多少マシではありますけども、今回のコロナでもやっぱり専門会議は御用学者と言われている。

    たぶん言っている人は一緒なんですよ。東日本大震災に関してはもう数々のデマがあって、今や完全に否定されていることを発言していた偉い人がいっぱいいますよね。

    でも何一つ反省していないし、何一つ謝っていないし、それをやった人が今回のコロナのときでもやってるんですよ。だから民主党の菅直人にやったことを、いま自民党の安倍晋三に対してもやっている。そういう意味では人は変わらないんだと思うよね(笑)。

    望月

    そうですね。それは思いますね。こういう時に限って出てくる人もいますもんね。

    オールドメディアの問題点

    ただ思うのは、そういうときにSNSの果たしている役割が、東日本大震災の時も大きかったですよね。あの時にある意味ツイッターは、その存在意義が注目された。今さらにSNSはパワフルになっているのだけど、実は、ソーシャルメディアの火付け役として、なんだかんだまだオールドメディアの力がある。

    オールドメディアの問題点と言えば、東日本大震災の時、福島第一原発の吉田所長の話を捏造した新聞社がありました。もちろんあのときは謝ってます。ただ、その後の編集方針を見ると、別に根本的に考えを改めたわけじゃない。オールドメディア自体は、戦前に戦争を煽ったメディアと、今いろんな形で様々なことを煽っているメディアは、右と左は逆になっているけど、結局一緒なんだと思う。

    自分自身もちろん新聞社にいた人間ですが、もともと持っているメディアの危険性は、悲しいかな全く変わってなくて、メディアの危険性はずっと保留されている。

    今回は特にワイドショーに突出した異常性が見られたために、さすがにかなりの人が、そのことを議論するようになった。戦後日本は終わったのか、終わってないのかみたいな話もあるけれど、戦後日本の最大の積み残しの案件、それはメディアです。メディア自身がその次のフェーズをどう切り開くのか。でも、これはひょっとすると日本だけじゃなくて、世界中のメディアがそうなんだと思う。別に日本が遅れているわけじゃなくて。

    それが今回のコロナ禍では相当精緻に分析された感じがあった。だから今回のコロナ禍は一つの契機にならなきゃいけないし、ある意味メディアも積み残してきた問題のかなり最終局面に入っているんじゃないかなと僕は思いますけどね。 

    アンチ正義

    もともと僕は望月さんにも言ってるけど、アンチ正義なんです。僕は”正義”が世の中の一番の悪だと思っているので、要は価値観の尺度みたいなのが許せない。もともと学んでいたのが哲学で、哲学はいわゆる存在とか実存を突き詰めていくだけの学問なので、そこには良いも悪いも決められた”正解”という尺度もないんです。

    それが哲学を学んでいた理由でもあるんですが、価値を”付ける”ことに対する嫌悪感がものすごく強い。だから結局僕の中にあるのは、自分がどうなのかという個人主義になるし、あとは”自由”ですよね。

    最終的には法的に許されないとか許されるとか、一般道徳的に許される許されないとかはあると思うんだけど、限りなく僕の中ではそういう全てをひっくるめて”自由”が大事だと思っているのです。

    心の中の自由は圧倒的に自由であるべきだと思っている。だから自由を守ることほど大事なことはない。自由を守るために僕は民主主義というOne of themのただのツールを使う意味があると思う。民主主義ってそこに価値は無いじゃないですか? 

    望月

    そうですね。

    玉置

    国王とか皇帝とか天皇ではなくて、一般国民が主体になって政治を行うのが民主主義なわけでしょ。そのやり方としては直接大統領を選ぶこともあれば、首相を選ぶような間接民主制もあって、どちらも選挙を通して行うわけで。

    だからハッシュタグは超アンチ民主主義ですよね。SNSで集まったハッシュタグで押し切ちゃおうとするのは民主主義じゃないんです。「ハッシュタグが200万アカウントありました」、「いいですよね」って。

    いやいや、そもそもハッシュタグが法律の中で定義され、そこに組み込むようになっていればあり得るけども、ハッシュタグでバズったからと、それで何かやってしまうのは明らかに民主主義じゃないんですよ。民主主義って面倒くさいわけですよ。何で面倒くさいかというと、暴走できないように面倒くさくなっているんです。そういうものが民主主義じゃないですか。 だからただのツールで方法論だから、民主主義自体には価値が無いんです。

    僕にとって、自由は価値です。良いとか悪いとか上とか下ではないけど、自分の中のアイデンティティとして守りたいものです。民主主義に意味があると思っている人って理解出来ないんですよね。

    望月

    でも、いろいろこの状況を見ていると、結局何か起きた時には、強い言葉で良い意見だったら、それが良いんだみたいな感じになりがちな人が多い。それをすごくSNSを見ていて感じてました。

    玉置

    昔から本当に嫌いなのが、毛沢東の時代の「造反有理、革命無罪」って言葉です。要するに理があれば造反するのは構わない。革命で何やろうとそれは無罪なんだと。文化大革命のときの紅衛兵のスローガン。個人をこれほどバカにした言葉は無い。

    選挙だとか議論だとか、そういうものを経ないで、自分が正義と思うものを押し通したいときにやる話ですよね。一見自分が民主的だとか思っている人はその傾向が強いですよね。自分が正義である。だから正しい。論理じゃないわけです。

    望月

    多いですね、すごく多いと思います。

    玉置

    非常に怖いし、これはむちゃくちゃ嫌いですね。

    望月

    そういう傾向って特にこんなコロナ禍みたいなときにネット上に出てきますよね。

    玉置

    噴出しますよね。人を許容する気持ちが極めて低い。

    望月

    狭い人が多いと思います。

    玉置

    どうでもいいじゃんと思いますけどね。そういう意味で人のことを良いとか悪いとか、やっていることに対しての「ああだこうだ」は、僕のツイートを見てもらったら分かるようにほとんどないんです。ただ自分の考えではなく、何らかの社会的規範を持ち出して、良いとか悪いを言い出す人に対しては、徹底的に僕は否定したくなるんですよ。

    だから、本来あまりそういうツイート自体したくなかったんですが、結局東日本大震災の時と、今回のコロナ禍に関しては、どうしてもそういうことをツイートせざるを得なかった。釘を刺して刺して刺しまくらないと、自分たちが正しいと思っている人はもうやり続けるじゃないですか。

    望月

    やり続けますね。

    玉置

    否定されてもそのことをすぐ忘れて、ゴールポストを動かしてまた新たにやりますよね。そうするとどれぐらい意味があるかどうかは分からないけども、僕みたいな人間でもその事に対しては、流れに棹をさして行かないとダメという思いで発信している。

    望月

    本当にそうですよね。逆にそういう人たちのハートが強くていいなとは思うことはありますけど(笑)。狭くなっている視野でやっているんだろうなと思う。

    玉置

    まさに徒党を組んでいる感がスゴいじゃないですか。俺たち正しいこと考えてる意識高い人間グループですって。これってサロンに似てますよね。雰囲気的には真逆に見えるかもしれないけど、実は同じ構造ですよ。

    望月

    結局それって、いつの世の中でも、過去の歴史でもよく出てくる話だから、人間結局変わってないですよね。

    「べき論」には与しないこと

    今回非常に大きかったのは、東日本大震災の福島原発の時と違って、専門家会議の医者たちは、一番強烈な岩田さんまでもひっくるめて、とにかく主要メンバーがほぼ全員フルで発信型の人が多く、尚且つ極めて論理的な思考が強靭な人が多かった。ユーモアもあったし。

    感染症の現場にいる研究者の人たちは、ほぼ全くブレがなかった。もうみんな一致団結して、なおかつ様々なバリエーションで、説得力のある論理を展開した。逆に言うと、そういう匂わせやイメージ付け、印象操作的なものに対する強力な反対の布陣が出来上がったのは大きいと思う。バズフィードの岩永直子さんのような研究者愛溢れる編集者がいたのも大きい。

    このことによって、安易な自分たちの正義を実現するための「造反有理革命無罪」的な意見展開をしていた人たちが相当あぶり出された。

    望月

    それは確かに東日本大震災の時より顕著だった気がします。

    玉置

    世の中も、だんだん動いていると思うんですよね。

    望月

    今後だからいろいろ学び方とかも変わってくると思うんで。その中でみんながフラットに、「造反有理革命無罪」的なところに乗っからない仕組みをどう作るかってところがSNSは重要な気がします。

    玉置

    今回、大活躍しているのが、江川紹子さんだったりしますからね。どっちかというと、安倍政権を批判する急先鋒のイメージが強かったと思うんですけど。彼女は論理的なものを絶対揺るがせにしない。今回の御用学者的な論説だとか、PCR検査だとか何か非科学的なものを彼女は許せないわけです。それは当たり前の話なんですけど。彼女は主義主張で自分の取材だとか、表現の仕方を変えないんで、今回際立って見えましたよね。

    でも本当はそうあるべきじゃないですか。そうならない人って自分の考えに囚われていて、科学的なことやエビデンスなんかどうでもいいんだなというのが見えた。

    情報源を強制することは僕が言ってることと真逆になります。一人ひとりがやれる範囲でやるしかないし、騙される人が居たとしても、それは仕方がないと思う。僕が間違っていることもいっぱいあるでしょうから、こういうのが正しいので、こういうリテラシーを持つべきだという「べき論」は、極めて難しいと思いますけどね。 本来は僕はあまりそう言う「べき論」には与しない。

    こういう専門家の人が、こういう根拠と、こういう研究成果を発信していることを広めることはしたい。それについて何か意見を言うこともしていきたい。しかし、その判断は各自にゆだねられている。

    それほど大した問題じゃないときは、敢えて発信をしないこともあったけど、今回のコロナ禍は非常に影響も大きいので、自分のできる範囲、(それほど影響力あるわけじゃないけども)極力そういう発信の補助線を引いてきたつもりです。

    伝わる人がいればそれはそれでいいし。伝わらなくても、自分のやりたいと思う範囲でやる感じです。

    東日本大震災のまえとあと / 三代目桂枝太郎

    取材のあと

    音声配信アプリ Stand.fmを使って、取材後のインタビューをしています。

    [New]まえとあとのあと

    2回目の緊急事態宣言とブラタモリ

    望月

    メディアのまえとあとは、この時代に必要な記事だと思ってます。

    玉置

    僕の記事は、大抵の人にとっては、うるさい記事かもしれないですが。

    望月

    この年末年始でまたアメリカはじめ、メディアに関しては情勢が荒れ狂ってると思うんです。

    玉置

    結局、緊急事態宣言も2回目が出た状況の中で、去年と同じことをトレースするのかどうなのかが大事です。さすがに去年のこともあるし、これまでのこともあるから、皆さんがメディアに対して、非常に批判的にはなっている。批判的というのは、ただ攻撃するというよりは、眉に唾をつけて見るようになっているから、望遠レンズの圧縮効果の件は、さすがにかなりの人が知るようになってますよね。

    望月

    はい。

    玉置

    「はい、そうですか」と受け取る人は、相当いなくなったのかなと思いながらも、結局、2回目の緊急事態宣言が出たら早速、カメラマンは圧縮効果を撮りに行っている。ただ今回違うのは、それを撮るカメラマンのことをみんなが撮ってるので、これはなかなか面白い現象ですね。

    望月

    なるほど。

    玉置

    僕はこの辺の話はすごく重要な気がしています。たとえばNHKの「ブラタモリ」が面白いのは、それこそ「ブラタモリ」が生まれる以前、たとえばテレビ朝日の「タモリ倶楽部」は、深夜に何か変なことやってるぐらいの感じだったんだけど、結局ゴールデンタイムでNHKの「ブラタモリ」は、かなりの人が見るようになった。これは時代の変化だと思うんです。

    だからいわゆるテレビ局とかマスメディアが、圧縮効果じゃないけど、コンテンツとして、これがウケるんじゃないかって定番をずっとやってきたのに対して、地味には見えるけど「ブラタモリ」みたいなイレギュラーなコンテンツが実はすごく大きな一石を、そこに投げている気がする。

    望月

    なるほど。

    玉置

    タモリさんが街をぶらぶら歩くような番組は、民放でも「じゅん散歩」とかいろいろ近しい番組がありますよね。だけど微妙に違うのは、「じゅん散歩」などの番組、たとえばずいぶん昔に関西圏のテレビで、街をぶらぶら歩く番組が先にあったと思うんです。

    そんな番組が街ぶら番組のある意味スタートだと思うけど、僕はあれはあれでありがちな観光案内に対してアンチテーゼになっていると思う。ブラタモリはさらにそれを破壊的に前に進めている。少なくともだいたいの街歩き番組は、たまたま歩いておいしいお店があったとか、そんな感じじゃないですか。言っちゃ悪いけど、そのほとんどは番組の仕込みですよね。今は、テレワークなので、テレ東の「昼めし旅」をヘヴィに観ているのですが、ごはん見せてくださいに連続で断られると面白いのです。偶にこれが随分スムーズにOK出るときがあって、相手も素人だから待ってましたみたいな反応するときがあって、裏読み的には楽しいけど、やっぱり仕込みが残念に思ったりもするわけです。

    望月

    そうですね。

    玉置

    もちろんブラタモリも仕込み中の仕込みなんだけど、別に偶然性を強調しているよりは、街を歩いている中でたとえばここの崖は海岸段丘で、2万年前にこんなことがありましたとか、江戸時代にはこんな産業があって、こんな考えで堀を作ったんだとか。そういう地理や地政学みたいなときもあれば、いわゆる歴史的な江戸時代の産業構造的なものとか、あるいは明治の話だったりする。ほかにもアキバを歩いたら、もっと戦後の話だったり。

    だから「街を歩くこと」の意味の中に、すごく重層的で多層的なレイヤーが存在して、それを楽しみながら歩くのが面白いんじゃないかって話は、赤瀬川源平さんの「路上観察学」に近いものがある。あの辺のカルチャーはタモリさんも地続きではあるんだけど、僕はすごくその辺が面白い。

    これまではどうしても「タモリ倶楽部」の段階で、深夜に人の邪魔にならない範囲でやってます感だったのが、メインストリームで取り上げるようになった。そのショックもあって、僕はメタ観光を今、提唱しているんですが、ブラタモリがヒットコンテンツになり、KADOKAWAで書籍化しているのが何十万部も売れる状況になっているのは、間違いなくみんなの意識が変わってきていると思うんですね。

    要するに何が言いたいか、これまでは分かりやすい形で、フォーマットを作ったコンテンツがいっぱいありますよね。街歩きのパターンだと、ぶらぶら歩く方がまだ珍しいぐらいで、◯◯ツアーみたいな感じで、名所旧跡や美味しい店めぐりがどうしても多くなるじゃないですか。それをわざわざややこしくする必要はないし、視聴率が取れないんじゃないかってことがあったと思うんです。

    複雑なものを単純にせずに出す必要性

    でも実は、むしろ今はわかりやすい形に落とし込まない、望遠レンズで圧縮効果を出すみたいなブーストをしない形(レア)で見せる。僕らみたいなメディアを作る人間にとってレア情報は重要です。レア情報をそのまま出すのは、メディアの名折れだみたいなことがあるわけですよ。でも今の時代はむしろレア情報をそのまま出したほうが、実は一般の人も楽しい。ここに追いついていないメディアが多い気がするんですよね。

    望月

    すごくそれはわかります。「まえとあと」で究極でやりたいのは、そのままインタビューしたままを、本当は出したいんですけどね。

    玉置

    編集は必要なんですよ。わかりやすくする必要はあるんだけど、わかりやすくするときに、何でも取捨選択をすればいいのかというと、そうではない。だから編集することは必要なんだけど、そのときにそこにあった素材をじゃんじゃん捨てるんじゃなくて、それをありのままで、どううまく編集するかが大事なんです。

    だからすごく高度になってしまうし、わかりやすいエンターテイメントよりは、若干学問や研究に近い感じになってくる。でもいまの人は学問や研究のほうが面白いんですよ。僕がそういう想いを強くした1つのきっかけは、たとえば呉座勇一さんの「応仁の乱: 戦国時代を生んだ大乱(以下、応仁の乱)」が大ベストセラーになったことです。「応仁の乱」がベストセラーになること自体おかしいし、本の中身を見てもらえばわかりますが、内容も極めてすっきりしないんですよ。

    登場人物がとても多いうえに、すごくややこしい話を、呉座さんはものすごくクレバーで怜悧に料理してるんだけど、それですら全然単純にはならないし、呉座さんは学者としての矜持があって、むしろ単純にしない。でもそれがむしろ、今の人にとってはエンターテイメントなんですよ。

    だから結局、”応仁の乱のややこしい話”は”ややこしいまま見せますよ”。という設定は、 僕ら自身はゲームなどで慣れているから、ダンジョンや迷宮が好きなんです。ゲームでもすぐに簡単に行けたら、クソゲーになるじゃないですか(笑)。

    これまでは単純なものが多かったわけですよ。極論すれば別にそれはそれで様式美として悪くない。「水戸黄門」がそうじゃないですか。序破急が決まって、その展開が楽しいのはあるんだけど、その単純化したプロレス的な仕組みを、全てのものに当てはめていくのは、ある意味大衆をバカにしてるし面白くない。

    だから水戸黄門は水戸黄門で全然OKだし、プロレスを批判するわけでもない。プロレスも実は複雑じゃないですか。どんどんプロレスの構造は複雑化していますよね。だから「応仁の乱」の登場人物みたく、ややこしい人間関係を受け止め、さらに皆さんの前提知識として持ってもらって、今のこのリングを楽しんでもらう懐の深いプロレスになってるじゃないですか。

    でも今のマスメディアは、なかなかそこにまで追いついてない。気がついたら非常に複雑化して面白くなったプロレスがブームだとなったら、後からおっとり刀でやってきて流行ってますみたいなことになる。

    望月

    なるほど。

    玉置

    これ「かっこ悪くないですか?」って話なんです。マスメディアはたとえばテレビ・新聞・雑誌もそうだと思うんですけど、メディアがどうしても世の中の複雑化とか、より高度になってる志向に対して、全部追いかける形になっているのは、自分もマスメディアの隅っこにいる人間としては、忸怩たるものがすごくある。それがなんとなく限界点に達しつつあって、こんな子ども騙しでつまんないものをやっていたら、マスメディアやエンターテインメントはいらないって声が、爆発しかけている段階なわけです。逆に言うと生まれ変わるチャンスでもあるし、いま受け止めなきゃいけない状況に来てるんですよね。

    それがエンタメだけではなく、実は新型コロナウイルスの報道とも裏表になっている。ニュース番組こそは今もっとも時代から遅れているスキームになってきているわけで、だけど笑い事ではなく、もはや現実的な被害をどんどん拡大している。結局、緊急事態宣言で、菅総理のたとえば演説とか会見が分かりやすいか/分かりにくいか、もっとうまく出来るんじゃないかって話があったかもしれない。でも問題はそのことよりも、そこで伝えている内容がうまく伝わってないと思うなら、よりわかりやすい形で噛み砕き、それを伝えるのがメディアじゃないですか。

    望月

    はい、そうですね。

    玉置

    ここで言い淀んだとか、細かいところが、みたいな話ではないと思うんですよ。根本的な問題があればちゃんと議論すべきだけど、見てる限りはそういう話ではない。菅さん自身、非常に重要なこともいっぱい言っているし、尾身会長を批判する人もいるわけで、僕は正直そこは理解できない。

    尾身会長が言ってることすらちゃんと伝えようとしない。しかもそれがほぼ朝のワイドショー、お昼のワイドショーだとすべてのチャンネルが横並びで埋まっている。なおかつ実は各番組の差があまりない状況が非常に厳しい。

    緊急事態宣言の次の日、朝一番意味があったのは、まったくコロナの話をしていないNHK「あさイチ」の番組周りのL字型の情報だった、という皮肉。L字型の枠を入れるのは番組を見にくくするわけだから、メディアにとってはものすごく痛手じゃないですか。でもそれを敢えてやってるのがNHKしかなかった。

    あとの番組は大部分のコメンテーターがまったくの素人じゃないですか。床屋で話す政治談義みたく、本当に一般的な感想を延々聞いてるのは、ほとんど悪夢ですよね。

    望月

    前近代的なプロレスとも言えるかもしれないですが。

    玉置

    その単純なのが当然もう面白くないと思っている人も多いわけです。複雑さを受け入れてちゃんと見せること自体が、ヒットコンテンツになってるわけで。だから本当によくよく考える必要があると思います。

    複雑でフラットなものをそのまま受け入れること

    立ち位置が与党だ野党だって拘泥しなければいいわけですよ。目の前に見えているものをフラットに議論できればいいわけで。煽りは必要ないし、あれだけ煽り運転を批判しておいて、自分が煽ってどうするってね。フラットで、より深くできるだけ役に立つように面白くする。だから複雑でフラットなものをそのまま受け入れることは、応仁の乱とか観応の擾乱(足利尊氏と足利直義兄弟の室町幕府の内紛)が面白いように、すごく面白いわけですよ。だからこれをもっと単純化して、誰が悪党だとつるし上げている時点で、時代に遅れてるんですよ。

    望月

    そうですね。

    玉置

    そのまま複雑なものをより深く調べて、メディアが「こたつ記事」にしないで自分で汗をかいて調べて出してくれればいいわけで(現場に行かなくてもネットを活用したり識者に聞いたりして)。こうすればいいじゃないかって啓蒙してくれたらいいわけですよ。ありもしない敵を作って、それを袋叩きにして喜んでいるのは、単純に言ってバカだと思いますね。

    望月

    世の中の潮流がそうだからそうみたいな、上辺だけの感じがしますよね。

    玉置

    しかも潮流じゃなくて自分で作ってるからね。潮流でも何でもないものを、潮流として作ってるわけだから。よく前提を飛ばしてそういう表現にすることが多いじゃないですか。全然世の中そうなってないですよね。まさにマッチポンプですよ。

    望月

    それが多いですね。よくよく聞いたら何か言い淀むみたいな。

    玉置

    僕はもともと新聞記者だからあれですけど、「〜の話によると」って引用が極めて怪しいじゃないですか。「と言われている」って誰が言っているのかも明示しないと、それがその論調の根拠になっているってもう恐怖ですよね。

    僕自身は、自分のメディアだけじゃなくテレビや新聞とか他のメディアに出ることも多いけど、そういう政治的なことをコメントする立場になったことは全くないんです。ただ、いろんな人のつぶやきを見てると、学者の人とかで、テレビ局からこんなことを話してくれと言われて、拒否したら、じゃあ出演は結構ですみたいな話がいっぱいあるじゃないですか。僕はそういったことがないことは「ない」と思うんですよ。

    実際ものすごく脚本が書き込まれている番組も多いです。僕も関西と東京でかなりの番組に出ましたけど、どちらかというと東京キー局の方が、台本が作り込まれている気がしました。それは情報系だったからまだしも、コロナ報道だとか政治的な話になってくると、それがある程度方向性が決められていて、それに従わないと出してもらえない話になるのは非常にやばい。

    望月

    そうですね。どうなっていくんだろう。

    いま必要なことは、美しい演説ではない

    2度目の緊急事態宣言が出た直後で、結局去年のことを教訓に出来てるのかって話と、あとやっぱりメディアの曲がり角。いつも曲がり角って言ってて、結局曲がらないまま来てる気もするけど、この議論はやっぱり重要だなと思いますね。

    望月

    どうなるんでしょうね。面倒が増えますよね。

    玉置

    できるだけみんなが面倒臭さに慣れることが大事かな。面倒くさいことを面倒くさいと思って単純化しようと思って、トランプが正しい or トランプが悪だみたいな話になると、本当に先がないような気がする。なぜ、民間のSNS企業がシャットダウンする必要があったのかは、今後の事を考えても重要な論点ですよね。メルケルは国家が管理すべきと話しましたが、逆にアメリカでは国家が管理すべきではない、しかしトランプの発信は危険であるという事から、企業がある意味自粛的な感じで動いたのだと思いますが、ここの話は深いと思います。

    望月

    本当に休業補償で1日6万円補填する話を一律6万とか言って、他の国の1か月分と比較したりもしかり、メルケルさんの演説の話もしかりですけど、もう少し客観的に状況を踏まえて、みんな言ったほうがいいよなって。

    玉置

    言葉が美しいからって理由は、だったらギレン・ザビの演説だよねって話で。そういう話よりは、むしろニューヨークの本当の状況とか、ドイツの状況をしっかり見ろって話なわけで。

    望月

    本当にそうですよ。言葉だけで済むんならねって。結局、今の日本の状況ぐらいに感染者数を減らしたいと言っているのが、ドイツとかイギリスとかアメリカの状況なんで、「お前らわかってねえだろって」思いながら。

    玉置

    もう地獄のような状況になって、そこで美しい言葉を出す人がいるのが理想だって言うんだったら、僕はその人とは絶対意見は合わないです。

    望月

    それはただのヒトラーの演説とあまり変わらないですよね。

    玉置

    うん。厳しい状況で、心に響く言葉を紡ぐのは大事だけど、クオモ(ニューヨーク州知事)だとかメルケルの言葉を引っ張って、それが心に響く、それにひきかえ日本はって。その議論必要ですかって話ですよ。どうでもよくて。

    望月

    本当にそうですよ。結果ですよね。

    玉置

    そんなことよりも新型コロナがどう抑えられているかで、政府が必要以上の強権を発動したりしてないかとか、そっちのチェックがむしろ大事であって、心に響くからもう大賛成みたいなのが、むしろ本当に非民主的な行動だと思いますね。

    望月

    それで死んでもいいならって話ですからね。

    玉置

    そんなことよりは違法行為が行われていないかのほうが重要で、何か自由が不必要に制限されていないかとか、そっちが大事じゃないですか。

    望月

    だから人間って結局情緒的な生き物だなって感じがすごくしますね。

    玉置

    あともうこいつらを叩きのめしたいと最初から決まってると、もう本当に歩く水戸黄門ですよ。水戸黄門はある意味架空の話でエンタメだからいいけど、それが現実世界で、しかも本気でやってるとしたらカッコ悪すぎますよ。

    望月

    なるほど。水戸黄門はエンタメだからいいんですよね。

    玉置

    そうそう。だからある意味水戸黄門好きなんですよ。わかりやすいから。

    望月

    見てる側は、わかりやすい構図のほうが楽ですからね。

    玉置

    それはみんなフィクションだと思ってるから楽しめるんであって、それは現実の政治闘争に落とし込んでいるとするとやばいですよ。フィクションがフィクションと受け止められないっていうのは基本ができていない。科捜研の女とか捜査一課長のお決まりを楽しむのは高度なことなんです(笑)。

    望月

    全体数からしたら小さい数なのかもしれないですけど、意外と声の大きい人が言い出すと、大きく見えるというのもあるんで、なかなかアレですけど。

    玉置

    SNSは結局非常にそれがフラットに見えてしまうので、今おっしゃったように数としては少数なんだけど、激しく発信している人の言葉が前に出てきますからね。それは前から僕が何回も言っているハッシュタグ運動が最たるものだと思います。

    Profile

    玉置泰紀

    元ウォーカー総編集長。日本型IRビジネスリポート編集委員。京都市埋蔵文化財研究所理事。大阪府日本万国博覧会記念公園運営審議会委員。東京文化資源会議幹事。国際文化都市整備機構オブザーバー。同志社大卒。産経新聞神戸支局・大阪社会部記者(大阪府警本部捜査1課担)〜福武書店(現ベネッセ)月刊女性誌編集〜KADOKAWAで編集長4誌から総編集長~現職