メディアのまえとあと / 玉置泰紀

  • 玉置泰紀株式会社KADOKAWA
    2021年室エグゼクティブプロデューサー担当部長

写真:平林克己
聞き手/編集/執筆:望月大作

基本的に人の立ち位置は変わらない

望月

東日本大震災も阪神大震災も、ある意味地域に属している部分が大きいと思うんですけど、今回は世界的にも全体的な感じがあって。

玉置

こういった非常事態が起きるたびに、毎回毎回仕切り直していろいろ考えるわけですけど、今回まさに、政府による個人の行動規範への介入が想定される事態がこれまでなかった事による混乱がありました。それこそ緊急事態の対応は、国会でも争点だったじゃないですか。これまではそういうことが起きなかったから、基本そういう規制はするなという声が圧倒的に強かった。

来たとなると、そこに法的な根拠は全く無く、結果何もできない。今の法律で決められている範囲のことは、安倍総理が一人でやってるわけじゃなくて、どちらかというと官僚がやれる範囲の法的な根拠を元にやっているだけの話だから。別にふわふわもへったくれもないんですよ。極端な話、立憲民主党政権だったとしても、似たような対応になりますよ。

望月

そうだと思います。

玉置

ほかの国と違うのは、緊急事態の規定があいまいで、やれることがほとんどなく、法的な根拠をすっ飛ばして出来ないことなんです。

むしろ厳密に守ってますよね。だから、ふわふわじゃなくて、法的に守ったらこうなるんですよ。ふわふわと言いたい人がいっぱいいることはよくわかるんだけど。それは単なる感情論だから。

望月

やっぱりどうしても感情論にいきがちなのは、政治以外のことでも思いがちですよね。SNSの使い方から色々思うところはあるんですけど。

玉置

何がどういうテーマであろうが、基本的に人の立ち位置は変わらないですよね。だから東日本大震災のときは、当時の民主党で菅直人首相がもうボロクソに言われていましたよね。あの時に御用学者って言葉が出てきた。必死になって叩いていたじゃないですか。あの時に比べたら多少マシではありますけども、今回のコロナでもやっぱり専門会議は御用学者と言われている。

たぶん言っている人は一緒なんですよ。東日本大震災に関してはもう数々のデマがあって、今や完全に否定されていることを発言していた偉い人がいっぱいいますよね。

でも何一つ反省していないし、何一つ謝っていないし、それをやった人が今回のコロナのときでもやってるんですよ。だから民主党の菅直人にやったことを、いま自民党の安倍晋三に対してもやっている。そういう意味では人は変わらないんだと思うよね(笑)。

望月

そうですね。それは思いますね。こういう時に限って出てくる人もいますもんね。

オールドメディアの問題点

ただ思うのは、そういうときにSNSの果たしている役割が、東日本大震災の時も大きかったですよね。あの時にある意味ツイッターは、その存在意義が注目された。今さらにSNSはパワフルになっているのだけど、実は、ソーシャルメディアの火付け役として、なんだかんだまだオールドメディアの力がある。

オールドメディアの問題点と言えば、東日本大震災の時、福島第一原発の吉田所長の話を捏造した新聞社がありました。もちろんあのときは謝ってます。ただ、その後の編集方針を見ると、別に根本的に考えを改めたわけじゃない。オールドメディア自体は、戦前に戦争を煽ったメディアと、今いろんな形で様々なことを煽っているメディアは、右と左は逆になっているけど、結局一緒なんだと思う。

自分自身もちろん新聞社にいた人間ですが、もともと持っているメディアの危険性は、悲しいかな全く変わってなくて、メディアの危険性はずっと保留されている。

今回は特にワイドショーに突出した異常性が見られたために、さすがにかなりの人が、そのことを議論するようになった。戦後日本は終わったのか、終わってないのかみたいな話もあるけれど、戦後日本の最大の積み残しの案件、それはメディアです。メディア自身がその次のフェーズをどう切り開くのか。でも、これはひょっとすると日本だけじゃなくて、世界中のメディアがそうなんだと思う。別に日本が遅れているわけじゃなくて。

それが今回のコロナ禍では相当精緻に分析された感じがあった。だから今回のコロナ禍は一つの契機にならなきゃいけないし、ある意味メディアも積み残してきた問題のかなり最終局面に入っているんじゃないかなと僕は思いますけどね。 

アンチ正義

もともと僕は望月さんにも言ってるけど、アンチ正義なんです。僕は”正義”が世の中の一番の悪だと思っているので、要は価値観の尺度みたいなのが許せない。もともと学んでいたのが哲学で、哲学はいわゆる存在とか実存を突き詰めていくだけの学問なので、そこには良いも悪いも決められた”正解”という尺度もないんです。

それが哲学を学んでいた理由でもあるんですが、価値を”付ける”ことに対する嫌悪感がものすごく強い。だから結局僕の中にあるのは、自分がどうなのかという個人主義になるし、あとは”自由”ですよね。

最終的には法的に許されないとか許されるとか、一般道徳的に許される許されないとかはあると思うんだけど、限りなく僕の中ではそういう全てをひっくるめて”自由”が大事だと思っているのです。

心の中の自由は圧倒的に自由であるべきだと思っている。だから自由を守ることほど大事なことはない。自由を守るために僕は民主主義というOne of themのただのツールを使う意味があると思う。民主主義ってそこに価値は無いじゃないですか? 

望月

そうですね。

玉置

国王とか皇帝とか天皇ではなくて、一般国民が主体になって政治を行うのが民主主義なわけでしょ。そのやり方としては直接大統領を選ぶこともあれば、首相を選ぶような間接民主制もあって、どちらも選挙を通して行うわけで。

だからハッシュタグは超アンチ民主主義ですよね。SNSで集まったハッシュタグで押し切ちゃおうとするのは民主主義じゃないんです。「ハッシュタグが200万アカウントありました」、「いいですよね」って。

いやいや、そもそもハッシュタグが法律の中で定義され、そこに組み込むようになっていればあり得るけども、ハッシュタグでバズったからと、それで何かやってしまうのは明らかに民主主義じゃないんですよ。民主主義って面倒くさいわけですよ。何で面倒くさいかというと、暴走できないように面倒くさくなっているんです。そういうものが民主主義じゃないですか。 だからただのツールで方法論だから、民主主義自体には価値が無いんです。

僕にとって、自由は価値です。良いとか悪いとか上とか下ではないけど、自分の中のアイデンティティとして守りたいものです。民主主義に意味があると思っている人って理解出来ないんですよね。

望月

でも、いろいろこの状況を見ていると、結局何か起きた時には、強い言葉で良い意見だったら、それが良いんだみたいな感じになりがちな人が多い。それをすごくSNSを見ていて感じてました。

玉置

昔から本当に嫌いなのが、毛沢東の時代の「造反有理、革命無罪」って言葉です。要するに理があれば造反するのは構わない。革命で何やろうとそれは無罪なんだと。文化大革命のときの紅衛兵のスローガン。個人をこれほどバカにした言葉は無い。

選挙だとか議論だとか、そういうものを経ないで、自分が正義と思うものを押し通したいときにやる話ですよね。一見自分が民主的だとか思っている人はその傾向が強いですよね。自分が正義である。だから正しい。論理じゃないわけです。

望月

多いですね、すごく多いと思います。

玉置

非常に怖いし、これはむちゃくちゃ嫌いですね。

望月

そういう傾向って特にこんなコロナ禍みたいなときにネット上に出てきますよね。

玉置

噴出しますよね。人を許容する気持ちが極めて低い。

望月

狭い人が多いと思います。

玉置

どうでもいいじゃんと思いますけどね。そういう意味で人のことを良いとか悪いとか、やっていることに対しての「ああだこうだ」は、僕のツイートを見てもらったら分かるようにほとんどないんです。ただ自分の考えではなく、何らかの社会的規範を持ち出して、良いとか悪いを言い出す人に対しては、徹底的に僕は否定したくなるんですよ。

だから、本来あまりそういうツイート自体したくなかったんですが、結局東日本大震災の時と、今回のコロナ禍に関しては、どうしてもそういうことをツイートせざるを得なかった。釘を刺して刺して刺しまくらないと、自分たちが正しいと思っている人はもうやり続けるじゃないですか。

望月

やり続けますね。

玉置

否定されてもそのことをすぐ忘れて、ゴールポストを動かしてまた新たにやりますよね。そうするとどれぐらい意味があるかどうかは分からないけども、僕みたいな人間でもその事に対しては、流れに棹をさして行かないとダメという思いで発信している。

望月

本当にそうですよね。逆にそういう人たちのハートが強くていいなとは思うことはありますけど(笑)。狭くなっている視野でやっているんだろうなと思う。

玉置

まさに徒党を組んでいる感がスゴいじゃないですか。俺たち正しいこと考えてる意識高い人間グループですって。これってサロンに似てますよね。雰囲気的には真逆に見えるかもしれないけど、実は同じ構造ですよ。

望月

結局それって、いつの世の中でも、過去の歴史でもよく出てくる話だから、人間結局変わってないですよね。

「べき論」には与しないこと

今回非常に大きかったのは、東日本大震災の福島原発の時と違って、専門家会議の医者たちは、一番強烈な岩田さんまでもひっくるめて、とにかく主要メンバーがほぼ全員フルで発信型の人が多く、尚且つ極めて論理的な思考が強靭な人が多かった。ユーモアもあったし。

感染症の現場にいる研究者の人たちは、ほぼ全くブレがなかった。もうみんな一致団結して、なおかつ様々なバリエーションで、説得力のある論理を展開した。逆に言うと、そういう匂わせやイメージ付け、印象操作的なものに対する強力な反対の布陣が出来上がったのは大きいと思う。バズフィードの岩永直子さんのような研究者愛溢れる編集者がいたのも大きい。

このことによって、安易な自分たちの正義を実現するための「造反有理革命無罪」的な意見展開をしていた人たちが相当あぶり出された。

望月

それは確かに東日本大震災の時より顕著だった気がします。

玉置

世の中も、だんだん動いていると思うんですよね。

望月

今後だからいろいろ学び方とかも変わってくると思うんで。その中でみんながフラットに、「造反有理革命無罪」的なところに乗っからない仕組みをどう作るかってところがSNSは重要な気がします。

玉置

今回、大活躍しているのが、江川紹子さんだったりしますからね。どっちかというと、安倍政権を批判する急先鋒のイメージが強かったと思うんですけど。彼女は論理的なものを絶対揺るがせにしない。今回の御用学者的な論説だとか、PCR検査だとか何か非科学的なものを彼女は許せないわけです。それは当たり前の話なんですけど。彼女は主義主張で自分の取材だとか、表現の仕方を変えないんで、今回際立って見えましたよね。

でも本当はそうあるべきじゃないですか。そうならない人って自分の考えに囚われていて、科学的なことやエビデンスなんかどうでもいいんだなというのが見えた。

情報源を強制することは僕が言ってることと真逆になります。一人ひとりがやれる範囲でやるしかないし、騙される人が居たとしても、それは仕方がないと思う。僕が間違っていることもいっぱいあるでしょうから、こういうのが正しいので、こういうリテラシーを持つべきだという「べき論」は、極めて難しいと思いますけどね。 本来は僕はあまりそう言う「べき論」には与しない。

こういう専門家の人が、こういう根拠と、こういう研究成果を発信していることを広めることはしたい。それについて何か意見を言うこともしていきたい。しかし、その判断は各自にゆだねられている。

それほど大した問題じゃないときは、敢えて発信をしないこともあったけど、今回のコロナ禍は非常に影響も大きいので、自分のできる範囲、(それほど影響力あるわけじゃないけども)極力そういう発信の補助線を引いてきたつもりです。

伝わる人がいればそれはそれでいいし。伝わらなくても、自分のやりたいと思う範囲でやる感じです。

取材のあと

音声配信アプリ Stand.fmを使って、取材後のインタビューをしています。

Profile

玉置泰紀

元ウォーカー総編集長。日本型IRビジネスリポート編集委員。京都市埋蔵文化財研究所理事。大阪府日本万国博覧会記念公園運営審議会委員。東京文化資源会議幹事。国際文化都市整備機構オブザーバー。同志社大卒。産経新聞神戸支局・大阪社会部記者(大阪府警本部捜査1課担)〜福武書店(現ベネッセ)月刊女性誌編集〜KADOKAWAで編集長4誌から総編集長~現職