日本各地を周ったまえとあと / 江守敦史(いまここランド合同会社 代表社員 )

  • 江守敦史いまここランド合同会社 代表社員 / プランナー

写真:平林克己
聞き手/編集/執筆:望月大作

目次

  • 最初から編集者ではなかった
  • お金を稼ぐようになり、部下が金に見えはじめた
  • 生産者という哲学者
  • 常に実践者でありたい
  • 生産者は日本の人口の1.4%
  • 農福連携は地域づくり
  • 取材のあと
  • [New]まえとあとのあと
  • リアルな「場」を持ったこと
  • 人形のいる野菜直売所がもたらしたもの
  • どう発信していくのか
  • 最初から編集者ではなかった

    江守敦史(いまここランド合同会社 代表社員)

    もともと僕はものづくりが好きで、小さいころから学級新聞を作ったりしていました。それを友だちとか誰か大人に褒められたりするのが楽しかったんですね。

    就職後は今とは違う電子設計の仕事で、最初は違うことをやってました。あるとき大阪のパソコンショップの店員になり、そこで大手家電店が作っているような情報誌を発行することになり、僕が店側の編集担当で入ったら、それが面白く編集者になりたいと思ったんです。そこから20年ちょっと前に東京に出てきたんですよ。だから、文系の大学も行ってないし、編集者になるための活動もしていないし、中途だしいろんな出版社に落ちまくりました。たまたまリクルートに、面白いやつがいると拾ってもらい、そこから出版なんですよね。

    望月

    なるほど。

    江守

    そこから、KADOKAWAで編集長にまでなりました。ここで2つあって、1つは僕はダムの写真集とかいろいろ旅の本や建築の本なんかを作っていました。要は会社にいるのが好きな編集者じゃなかったんで、日本全国を旅して、いろんな地域に出張できるような企画の本をたくさん作ってました。でもそうやって日本各地を巡っているといろんな街が廃れていくんですよね。

    前に行ったときは駅前にあった商店街が、次に行くと寂れていたり。そういうのを目の当たりにしました。僕は都会から情報を発信したり、自分が企画した本を作るといろんなところで、いろんな人が喜んで読んでくれてると思ってたんですよね。

    だけど、僕が作ってるような本はほとんど都会で消費されていて、地方の本屋もどんどん無くなっていたから、地方の人に読んでもらってるわけでもない。中央から情報発信をしている気になっているだけで、全然自分が作っている本が、日本中の人のために役に立ってないと思った。

    一方でどんどん廃れていく地方には、広い意味での編集力、編集者って、プロデューサーとしてお金も集めるし、全体のディレクションもするし、取材現場に行ったら雑用までするわけですよね。だからそういう自分が培ってきた能力を、本を作ること以外で、もっと地方をデザインしたり編集することや、地域を元気にすることに使えたら、日本はもっと良くなるんじゃないの?と思ったんです。

    ポイントは日本の地方が廃れていくのを肌で感じたこと、自分の力をもっと世の中の役に立つことに使いたいと思ったことです。僕は20年間純粋な編集者をやったんですけど、そのうち9年ぐらいは雑誌、残りは書籍をやって。ダムの本みたいな僕にしか出来ないような書籍、自分でしか企画できない書籍を人生で100冊作れたらいいと思っていたんですよ。

    そうしたら出版界のスピードってもっと出せ出せだったから、結局130冊ぐらい作ったんですよね。もうやりきった感もありました。自分としては本の編集者として、やることはやっちゃった感があったんですよね。

    お金を稼ぐようになり、部下が金に見えはじめた

    僕はものづくりが好きでこの世界に入ったのに、だんだん経済的な豊かさを求めるようになった。最初面白かったですよ、僕が東京に出て来てリクルートに入ったとき、冷蔵庫もないし、クーラーもないぐらいお金もなかった。

    それが働けば働くほど、どんどんいろんなものが部屋に増えていくんですよ。三種の神器じゃないけど、一人高度経済成長みたいな状態になり、「金っていいなー」みたいな。編集者はすごい時間働くから、かなりお金ももらえることが多くて、どんどんお金を得ることが楽しくなったんです。

    それが豊かだと思ってやってきたけど、途中で「あれ?」となって。「あれ?」とは、子どもの頃、大人になったら豊かになるんじゃないかとか、いろんな時代を経て大きくなったら豊かになると思っていたら、いつの間にか別のゲームになっていて終わりがない感じなんですよね。

    終わりがないことがダメってわけではないんですけど、どこまで行っても幸せのゴールが見えてこないんです。だんだん自分もエラくなっていく貰えるお金も増えていくんだけど、いかに自分の部署が稼ぐかを考えるようになった頃から、自分の部門の事業メンバーが、お金に見えてきたんです。

    あるチームのとき、メンバーが1人だいたいド新人でも売り上げで1億とか1億5000万なんかで億単位で出版社は稼ぐわけですね。当然営業やいろんな部門の人がいてくれるからそれが成立するんだけど、編集者は自分たちだけでやってる気になってる。

    そうすると、本当に部下が金に見えてきて、会議でもどんな面白い本を作るかも大事なんだけど、こいついくら稼ぐんだ、こいつにどうやって稼がせられるんだってなっていって、「こんなことやりたかったんだっけ?」って気持ちが出てきて。

    僕は2015年の春にkADOKAWAを退職したんですけど、実は2014年の途中から、もうずっとその思いが強くなっていて、「こんなんでいいのか」と思い、2014年の冬には辞めることを決めたんですよね。そこからいろいろリサーチしている中で「食べる通信」に出会いました。

    一般社団法人日本食べる通信リーグは、食べもの付き情報誌「食べる通信」を世の中に広める組織なんですけど、当時、全国に食べる通信というメディアをどんどん増やしていくコーディネーターを募集してたんですよね。この仕事だったら、もう一回日本中を周れるなと思い、もう一回自分の目で日本中を見極め、どんな状況か自分に何ができそうかを見てこようと思ってジョインしたんですよね。

    望月

    部下がお金に見えてきたら、末期は末期ですよね(笑)。

    江守

    でしょ? 何か病んでるなと思って。この話はテッパンでみんな笑うんですけど、でも僕は、みんな本当に笑ってられますか?と思う。誰しもそういうところがあるんじゃないかな。

    望月

    突き詰めて営業などをする人も、そういう感じになりそうな気がするんですよね。保険会社の営業も含めて、契約者みんなお金みたいに見えると思うんですよね。

    江守

    そうですね。それって結局幸せの尺度や給料を得る方法が、資本主義社会的で経済的なことにしか依存してないから、そうならざるを得ないと思うんですよ。たまにそこを離れる人、そのやり方じゃない方法を模索する人がいると、人によっては「仙人かお前」ってなりますよね。

    そう思われるんだけど、それはあなたが稼ぎまくらないと幸せじゃないと思っている、だけの幸せの話なんですよね。

    メディアのまえとあと / 玉置泰紀

    生産者という哲学者

    ちょっと話を進めると、本屋に行くと付録付きの雑誌が売ってるじゃないですか。「食べる通信」は、生産者一人を特集した雑誌に、その人が作った食べ物がついてくる世界初の雑誌なんです。ポイントは、各号で生産者一人だけを特集していること。いろんな人をまとめて特集するんじゃなくて、誰々さんだけの号であり、その人の人生やこだわり、「おいしいよ」だけではなく、本当にどうこだわって作ってるか、親父が借金こさえてみたいなことや、でも俺はやっぱりこの地域を守るためにやっていくんだって想いなど。それを延々一万字ぐらいの文量でインタビューして記事を作ります。

    生産者の想いを知ってから、その人が作った作物を食べると、すごく美味しいですよね。美味しく食べたあとは、SNSにfacebookの秘密のグループページがあり、生産者と直接会話ができる。東北の震災復興の文脈から始まって、僕が日本食べる通信リーグにジョインした時には、まだ一桁台だったんですが、全国を行脚して国内40カ所以上にまで増やしたんですよね。

    生産者と消費者の顔が見えなくなった分断を解消するために、各地に創刊や運営のノウハウを伝えて行ったんですけど、オファーがあって台湾でも立ち上げたり、韓国や中国にアメリカでも講演をしました。その活動を広げることをやってきました。

    最初の年の話なんですけど、それまで僕は農家とか漁師を見たことはあったし、声ぐらいかけたことはあったかもしれないけど、農家や漁師の方と初めて深く会話したり飲んだり、友だちになったりしたんですね。

    そうしたらその人たちがすごいんですよ。生き物として強い。都会のビルの中で1000万を稼いでるような男でも、たぶん世の中全体からすると、すごい狭いことしかできないんですよね。百姓って汚いし、カッコ悪いし、稼げない仕事みたいに思われてるけど、百姓って語源は百個の仕事と言うぐらい、あの人たちはなんだってできるんですよ。

    ただ作物を作るだけじゃなくて、天気も読めれば、農業機械を直せたりするし、小屋を立てちゃったりするし、いろんなことができて、生きる力に溢れてるんです。農家ってすごい孤独で、宮沢賢治的というか、本当に生き物の声や音を聞きながら自然の代弁者みたいなんだけど、とにかく畑で孤独なんです。そんな生活をしているから、哲学者みたいな人が多くて、紡ぐ言葉がすごいんですよね。

    僕は編集者としていろんな作家やいろんな人の言葉を、原稿でもう普通の人が一生に読む文章量の何倍も読んできたんですが、でも見たことがないような強い言葉や、キラキラした言葉が自然に出てくる。

    一方、海の漁師は船底一枚下は本当に海で、冬の海なんてもう投げ出された瞬間に死ぬんですよね。日本中どこだって、たぶん漁師さんは三親等以内で誰かを必ず亡くした経験がある。だから死と密接なところにいる人たちだから、江戸っ子の宵越しの金じゃないけど、生き方がすごく潔くてカッコよくて強い。

    常に実践者でありたい

    その人たちを見ると、自分ってすごくちっぽけだし、情けなく思えた。どんどんそういう友だちが増えていくほど、これも僕の中のキーワードなんですけど「実践」したくなった。僕は常に実践者でありたくて、理論とか企画を唱えるだけじゃなくて、自分自身が実践してないと絶対地に足がついてないし、ダメだと思ってるんです。

    理屈だけじゃなくて、絶対自分でもやる。だからやりたくなるんですよね。それを頭でそうだと決めつける前にやりたくなるから、自分でも畑を始めたし、船舶免許も取ったり、山の鉄砲撃ちの猟師もやる。それら全部をやる人って逆にいないから、生産者から「何なんだお前は」とか言われますけど(笑)。

    何でもそうなんですけど、最初はやってることって本物の人から見たら遊びみたいなことしかできないんですけど、でも遊びでも続けてたら、だんだん本物になってくるんですよね。

    まず自分が作った野菜を売る。それを買ってくれた人が美味しいねって言ってくれる。それが嬉しい。最初出してる野菜って本当に精一杯作ったちょびっとしかない野菜を売ってるけど、僕も出ているマルシェで野菜を買っていく人って、僕のことを本気でやっている農家と思ってるんですよね。

    でも規模も小さいんだけど、「農家さんがわざわざ持ってきてくれて」みたいにおばちゃんに言われて。そういう感じでやっていくと、次第に本物になっていくんですよ。

    たぶん絵描きだろうがライターだろうが、営業マンだろうが何でもそうだと思うんです。それ自体が楽しくて、やってる。僕がこの春までやってた仕事って、全国の「食べる通信」を発行している人のところや、これから「食べる通信」を立ち上げたい人を訪れて、ある意味創業コンサルティングというか、雑誌の立ち上げサポートの仕事をしてきたんです。でももっと実践的に、自分も現場に近いところでやりたい想いとか、あとはだんだん本物になってきた自分の畑をちゃんと事業化したい想いがふつふつと湧いてきた。

    望月

    いま偽物だって言ってましたけど、結局学ぶって模倣から始まることなんで、結局そういうことじゃないですか。

    生産者は日本の人口の1.4%

    「守破離」的な話で言うと、そうかもしれないですね。盗んだり、模倣ですよね。生産者ってほんとすごいんです。ちなみに生産者って日本の人口の中で今1.3〜1.4%ぐらいしかいないんですよ。

    望月

    でもめっちゃ少ないですよね。

    江守

    そう。それで98.6%が消費者なんですよ。この最大の課題は、農家漁師が減ってることよりも、そのことを国民の大半が知らないことだと思います。このままいくと、たぶん10年後は本当の金持ちしか国産のものは食えない。このままだと農家や漁師がいなくなりますから。

    僕からしたら、コロナ禍前から思ってましたけど、こんなにすごい力を持ち、言葉を持ち、生きるすべを持っている人は、よりこれからの時代の我々都市住民の生き方の先生になっていくと思います。そういう人はいなくなってからだと取り返せないし、いなくなったら困るんで、だから彼らがかわいそうだから助けましょうじゃなくて、彼らと共に生きる世界を作りたくて、農家や漁師と僕らが持続可能な世界を一緒に作りたい。

    そのために今年の3月11日に作ったのが、「いまここランド」って会社なんですよね。3月11日の登記にこだわり、時間ギリギリに書類を役所に持っていきました。もともと自分の畑を「いまここファーム」と名付けていて、それは「今、ここ」ですよね。禅や仏教的な用語なんですけど。

    これは幸せの話で、多くの都会のサラリーマン、今このコロナ下ですら通勤電車に乗ってる人たちは、今の自分を犠牲にしていつか幸せになる未来のために働いてるんですよ。だけどそれもおかしくて、僕は今この瞬間、今ここで幸せでない人が、未来に幸せになれるわけがないと思っている。だから、今この瞬間こそ大事に生きてほしい。

    今ここをもっと大事に生きることはできるはずで、それを日々続けていったほうが豊かなんじゃないかなという想いから「いまここファーム」と名付けて。僕は畑で作った野菜をマルシェや飲食店、ポケマルなどで売っていますけど、農作物を売るだけじゃなくて、僕の考えや世界観や気づいたことなんかを伝えるために、野菜を作って届けているんです。それをもっと伝えるために、会社を立ち上げたんですね。

    本当は世の中の多くの人の価値観を変えないと、この世の中は良くならない。例えば、なんで農家がいなきゃいけないの?とか、全部海外から買えばいいじゃんみたいな人もいるんですが、そうじゃないほうが豊かだし、いいんだよってことを興味ない人に気付かせるのってすごく難しいんです。

    望月

    江守さんは、純粋な編集者時代から比べたら、幸せの尺度はだいぶ変わりましたよね?

    江守

    そうですね。多様な価値観を僕の中に持てたってこともあるでしょうし、後はいろんな収入の在り方とかコミュニティを得たことによって、1つ1つのコミュニティへの依存度が減った分、きっと自分が強くなりましたよね。

    農福連携は地域づくり

    世の中の人の価値観をどう変えるかの闘いをたぶん死ぬまでやるんだろうなって気持ちで会社を始めて、自分自身でより実践したいとか、もっと持続可能な社会をつくりたいとか、いろんな気持ちがありながら、facebookに「食べる通信」を辞めますと卒業する文章を書いたときに、みんながすごく暖かい感じでコメントをくれて。800人以上がいいねをくれたのかな。

    別にこの数に意味があるわけじゃないけど、面白いなと思ったのが、facebookってそんなにやってなかったのに、「食べる通信」を5年やってる間に、農家漁師や地域プレーヤー、行政など日本全国の人と2000人以上も友だちになって、その人たちがすごい反応してくれて。日本全国を周ってきて本当に良かったと思ったし、これから自分がやっていくことのうち、メディアの形かコンサルの形か、自分の畑自体か、何の形でか分からないんですけど、いい事例があったらそれをみんなに共有したい。

    僕は狭い地域にどんどん入って、地に足をつけていくことだけじゃなくて、そこで得たものを横展開できたらいいなって思っているんですね。シェアできたらいいなって。

    そんな投稿してたら、望月さんも反応してくれたけれども、加藤木さんっていう知人が反応してくれて、埼玉の上尾市で視覚障害者の福祉作業所を立ち上げるんで、そのなかではポチ袋作りとか点字名刺打ちなど、いろんな仕事があるんだけど、農福連携もやりたいからと声をかけてもらって。4月から僕は、その施設の農福連携プロジェクトのマネジャーも務めるようになりました。

    まだそこはこれからやっていくことですけど、ここもいくつか要素があって、一つは僕はいま「農業を分解する」って言ってるんです。農業って儲かりにくいわりにすごく複雑で、プロフェッショナルな仕事だし、そう思われている。結論としてなかなか手を出せない領域みたいに思われてるんですね。

    だから農福連携といっても、目が見えない人ができるようになったらいいね、障がい者ができるようになったらいいねだけじゃなくて、農業という仕事を切って切って切り分けた結果、ある部分部分は誰もができるようなユニバーサルな感じにできたら、老人とか子ども、主婦や外国人などいろんな人が関わっていけるようになったら、さっき言った生産者人口を実質的に増やせるんです。

    農業に関わる人をもっと増やせる可能性があると思ったのと、障がい者の人口比率もどんどん増えてるんですよ。

    望月

    なるほど。

    江守

    いま1000万人弱いるんですけど、要は日本人の10人に1人ぐらいは障がい者なんですよ。身体障がいだけじゃなくて、障がいはいろいろあるじゃないですか。そういう人がどんどんいま増えてきてるから、そういう人たちを農業という形で雇用できたり、農業も人が減ってるわけだから、減る分と増える分で農福連携はちょうど相性がいいはずなんですよね。

    みたいなことを考えたときに、僕は声をかけてもらってそれに気がついたんですけど、すごい力を入れて取り組む価値のある仕事だなと思って、今それをやってるんですよね。

    これからの話なので、どんな感じになっていくかはわかんないですけど、視覚障がい者の人たちも、彼らって目が見えないから運動不足の人が多くて。肥満傾向だったり運動不足傾向になりがちなところを、畑に出ていると身体を動かすし、癒されるし、土の力も感じられて。農業生産にとっても、彼らにやってもらえることで得られる価値があると良いですよね。

    もう一つあって、例えば田舎にポツンと福祉作業所ができたら、みんな怖いわけですよ。塀の中で何やってるかわかんないし、どんな人がいるんだろうねとなる。他所からいろんな人が来てるけど、何?ってなるじゃないですか。

    コミュニティって基本的に排他的なんですよね。それは当たり前で、コミュニティは所属している人たちを守るためにあるので。もともと村もそうですよね。だから村社会が排他的なのと同じように、コミュニティは排他的なのが当たり前で、でも中に入っちゃうとすごく守ってくれるし、安心なんです。

    だから、地域にできた施設は地域の周りの人とどんどん交わっていった方が幸せになると思っていて。ということはどういうことかというと、施設が地域にない機能を持っていればいいんですよ。そこでほかの人たちも働けるとか、買い物に来れるとか、カフェもあってお茶して帰れるとかですね。やっていることは農福連携って畑のことのように思うけど、じつは地域づくりなんですよね。

    ぼくは施設では農業だけじゃなくて、環境づくりも含めてやってるんですけど、たとえば施設の前に自販機があって、そこでジュースを買うと、点字のことを正しく広めるための活動にそのお金が落ちる。じゃあそこにテーブルをつくってパラソルを立てれば、ハイキングや自転車で横を通った人がまずは施設に足を踏み入れてくれるかぁとか、その横で野菜の無人販売もできたらいいな、とか妄想して、日々実行しています。

    取材のあと

    音声配信アプリ Stand.fmを使って、取材後のインタビューをしています。

    [New]まえとあとのあと

    原点的な衝動欲求とギブ&テイク

    望月

    オズマガジンの編集長だった古川さんも、地方の人といろんな人がつながれる場をつくりたいというような話を以前されてました。地方をいろいろ飛び回った編集者たちは、そういうことを求めるんですかね?

    江守

    編集者って雑用からプロデュースまで全部やる人だから、そもそも地域プロデューサーに向いてるんですよ。だから僕は、すべての編集者は都会のビルの中で働くのをやめて、みんながみんな地域に行けばいいのにっていつも思ってます。実際それを昔からやっていた先輩たちもいるんですけどね。

    さらに言うと、僕は一次情報にしか価値がないと思っていて。自分が目の当たりにしたことは間違いない情報だし、自分しか知らない貴重な情報だし。その逆に、価値がない情報は、ネットに流れている「誰々がこう言ってましたよ」というような伝言ゲーム的な情報。今はそんな出典先もいい加減な情報が世の中に溢れてるじゃないですか。ニュース番組を見ていても、Twitterではこんな言説があるようです、なんて取り上げていたりする。

    昔のジャーナリズムは、一次情報にこだわってたわけじゃないですか。足で稼いだ情報。それと同じように、地域で自分が見つけた情報は、確かで誰かに届けたくなる情報なんですよね。自分が知り感じたことを人に伝えたいというのは、メディアをやってる人がもつ原点的な衝動欲求だから。僕と同じようなことをしている編集者は、みんなそこなんじゃないですかね。実感値もあるし、それはすごくわかる。

    望月

    そこで気をつけていることとか、あります?

    江守

    ギブとテイクの順番が重要だと思っていて。先に自分が動く、何かを提供することが大事ですよね。これは地域でなくてもそうだろうけど、地域だと特にね。見返りを期待して何かをするんじゃなくて、純粋にその地域のことを思ったり、あるいは地域に溶け込みたい思いで努力をする。たとえば自分が持っているワザや知識や人脈を提供することだったり、無理のない範囲内で、自分ができることを先に提供するのが大事じゃないかなって。

    その後先を間違えると……先に見返りを求めてしまうと、周りの人に信用されなかったり物事が進まなかったり。かえって遠回りになりますよね。だいそれた資金力や技術や能力がなくても、自分ができる範囲内で自分が持っているものを提供することが、どの領域でも大事なんじゃないかなと思ってます。望月さんも、そういう人だと思うけど。

    望月

    はい、そうですね(笑)。

    江守

    社会に余裕がなくなってくると、慈善事業ができる人しかテイクできないように思われがちだけど、そんなことはなくて。ただボランティア疲れみたいになるのもよくないから、自分の中でルールを決めることですよね。僕はこの一年くらい、特にそれを意識して活動してます。

    リアルな「場」を持ったこと

    昨年インタビューを受けた後、地域のご縁もあり、僕が関わっている埼玉県上尾市の福祉作業所「領家グリーンゲイブルズ」の近くに、古い家がついている畑を借りることができたんです。11月頭からですね。

    望月

    前回取材で伺った場所の近くに借りられたんですね。

    江守

    そうなんです。ほんとスープの冷めない距離です。

    望月

    なるほどなるほど。

    江守

    大きな納屋も付いていて、ちょっとした祠もあり、地域の人が「ヤマ」と呼ぶ平地林(雑木林)もある1000坪以上の大きな土地。そこをお借りして、これから活動の場にしていくぞ、というのが前回の取材から変わったところですね。「いまここランド」と名付け、手を入れていっているところです。

    そのために、僕はいま「県内2拠点生活」をしてるような感じです。埼玉県内に住み、自宅の横にも畑があるんですけど、職場のある上尾市にも家付きの畑がある。活動の場所が2つ持てるようになったのは大きいですね。

    望月

    なるほど。

    江守

    そこで何をしていこうと考えているか、僕が会社(いまここランド合同会社)をつくろうと思った理由は前回のインタビューでも少しお話ししましたね。食べもの付き情報誌「食べる通信」を全国各地に広げる活動をしていたこともあり、生産者と消費者をつなげたい想いが強くなるにつれ、自ら生産を実践しながら、生産者と消費者が集えるリアルな場がほしいと思うようになっていったんです。

    ご縁やタイミングもあるだろうし、大きな資金もいるかもしれないし、そんな場所を持てるのは10年以上先になるかもしれないと思っていたのに、昨年春から半年近く、地域で取り組んできた姿勢も周りから見ていただいていて。ふとしたご縁から、それが実現した。

    農や自然に触れるって言うと、すごい遠くに行かなきゃいけないイメージがあるし、移住にしても、首都圏の人が思い描くのは北海道や東北だったりしますよね。

    望月

    いわゆる地方ですよね。

    江守

    そう。すごい地方を思い浮かべると思うんですけど。でも実はそんなこともなくて、農や自然は街から少し移動したところにも溢れている。僕は自分が郊外で生まれ育ったこともあって、都市と地方の間にある「郊外」がキーワードだと思ってるんですよね。何かと何かのハザマ、端境って面白いし、そこには何かあるぞと。実際に現在のような状況下におかれてみると、僕も日本各地を周って地方への思い入れもあるし大好きなんですけど、今は地方に行きづらいじゃないですか。緊急事態宣言が出ちゃっているわけだし、コロナは早く終わらせたいし、物理的に行くことはできるけれども、すごく後ろめたいし心から楽しめない。

    望月

    心理的にはちょっと、となりますね。

    江守

    無理して行ってしまっても、その地域の人としても受け入れがたいでしょうし。コロナ禍でなくても、金銭だったり時間だったり、地方に行くのはいろんなコストがかかりますよね。だから緊急時じゃない平時でもなかなか行けない人が多いと思うんです。でも都市近郊、たとえば僕の場合は埼玉の上尾でしたが、山梨の北杜市かもしれないし、千葉の房総かもしれないし、首都圏からコンパスでぐるっと円を描いた場所、車や電車で1、2時間で行ける場所ってあって。そういう郊外に、もっとみんなの目が向けばいいなという想いを以前からもっていたんです。

    あとはそういった郊外は、都市の人が便利にアクセスできるだけじゃなくて、地方の生産者さんだったりが都市部に向かってくるときにも利便性がいいはずで。そういった中間地点は、両者の出会いの場にもなり得るはずだと。

    そして、当然そういう地域にも、空き家や耕作放棄地といった社会的な問題は起きていて。たとえば、都市近郊の過疎地にも若くてイキのいいヤツはいるけど、何かの理由で都会に向かう必要性を感じなかったり、扉を開けないこともあるし。それは地方の田舎じゃなくてもあるわけなんですよね。そういった人も外部からの刺激を受けて、都会や地域内で動き出すかもしれない。

    望月

    どんな場所でも、動けずにいる人は一定数いますよね。

    江守

    そういうところ全部に風穴を開けられたら面白いけど、いま話したことは当初は僕の絵空事だったわけですよ。形にしたいイメージはあるし、それを思い描きつつも、でも具体的にいつどうできるかがわからなかった。それが実際に場所をお借りすることができて、「いまここランド」をひらくことができた。その畑付きの家は一時的に人が住んでいない状態になっていたんですけど、そこに新たに人が出入るするようになり、敷地内の片付けや家のリノベーションをしていたり、会社の看板を掲げ出したりしているのを見て、「あれ、誰かが何か活動してるぞ」となった。

    地域外からその人の仲間と思われる人が来て、BBQや野外活動をする姿が見られるようになると、そこに違う風が流れだす。コミュニケーションを通じて、小さな変化や期待などいろんなものが起きだしたんですよね。これは今まさに現在進行形の話で、そういったことが面白いなと思っているところです。

    あと機能的な部分でいうと、畑があるのでがっつり畑仕事をしたり、キャンプやBBQ、焚き火などの野外活動もできて。おうちも、みんなが思い描く藁葺屋根の古民家ではなく、立派な瓦屋根でありながら内部は和洋折衷なモダンな感じなんですけど、そのリホームやDIYもできます。目の前には護岸整備されていない自然濠の荒川が流れているのでカヌーや釣りも楽しめる、そんな場所です。

    とにかく自然豊かで、いるだけでも癒される場所なこともあって、実は僕は置かないものを決めてます。電気ガス水道とインフラはすべて整っていますが、WiFiはありません。来る人それぞれが持ってるはずだから、時計も置かない。時を忘れてそこで過ごしたいし、そう過ごしてほしいからです。

    僕はこのいまここランドに、生産者と消費者という構図だけでなく、年齢も性別も、障害の有無や生まれた国や肌の色の違いなどに関係なく、多種多様な人に来てほしくて。多種多様なひとが集まり交わると、予想を超える化学反応が起きるはずです。

    人は皆、何かをもっているわけだから、誰もが誰かの先生になれるはずだし、お互いが学びあえて、誰かの役に立てるんじゃないかと思っています。この「まえとあと」に出てるような人たちは濃いですけど、そうじゃない人でもみんな必ず、その人ならではの何かを持ってますよね。僕は何も持ってないよという人がいても、必ず何かを持っている。

    望月

    よくわかる話です。

    江守

    お互いに刺激を受けあえるといいですよね。僕の会社のビジョンは「農家漁師とともに、持続可能な社会をつくる」ですけど、生産者と消費者が共に生きていくためには、まずは今大変な農家漁師が食えるようになっていくことが大事で。そのためにも生産者と消費者が交わる場や機会を仕掛けていきたいんです。さらにこんな時代だからこそ、それ以外にもどんどん人と人をつなげていくリアルな場をつくれたらいいなと思って、今のうちに準備をしているところです。

    人形のいる野菜直売所がもたらしたもの

    もう1つ新しいトピックがあって。福祉作業所「領家グリーンゲイブルズ」では農福連携を行なっていますが、施設の前に野菜直売所を作った話はしましたっけ?

    望月

    いえ、まだしてません。

    江守

    もともと地域で野菜をつくっている有志の方々が、大きな道路の横で有人の直売所をやってたんですね。それが皆さん高齢になり、直売所を維持していくのが大変になってきたので、昨年それを閉じられた。そこには直売所の什器や棚などいろいろあったんですけど、その什器を譲り受け、施設の前に置いたんです。

    施設の前にはもともと自動販売機とベンチだけあったんですけど、そこに直売所を移設して開いてみた。自分たちで育てた野菜の他に、以前の直売所に野菜を出品していた方々にも引き続き出してもらったりもして。そうしたら何が起きたかというと、ご近所の人が野菜を見に来たり、サイクリングやラン中の人が止まってのぞいたり、自動販売機でコーヒーを買って、ベンチに腰かける人もいたりして、そこで立ち話やおしゃべりが始まったんですよね。

    ぼくも家の近所で経験があったんですけど、福祉作業所や施設が地域にできると、何だろうとかちょっと怖いよなとか思うわけですよ。みんな気にはなってるんだけど、誰も正確な情報を持ってなかったりして、わからないから不安になる。顔が見えないからですよね。

    でも直売所のような場があると、顔が見える。野菜を買いに来た人と職員がしゃべるようになり、野菜を出しに来た人と買いに来た人もしゃべることになり……ちっちゃい場がそこにできた。

    それ自体がコミュニティデザインでもあるんだけど、この地域にとっての、些細だけど良いニュースになり、自分たちも施設も、地域と一緒にやっていく足がかりができたのがよかったなあと。もうひとつは、直売所で野菜を売るということは、当然施設で働いている利用者さんたちの工賃になる。仕事の対価としてもらえるお金として反映できるんです。

    そこからまた新たな展開も生まれて。上尾駅近くに「遍照院」という大きなお寺があるんですけど、そちらでも素晴らしいご縁をいただいたんです。うちの施設にはそのお寺でも働いている職員がいて、住職さんとのお話のなかで「うちの境内にも直売所をつくっていいよ」ということになった。それはありがたいと早速下見に行ったら、めちゃくちゃ立派で広いお寺の境内、しかも本堂のすぐ脇なんですよ。横には弘法大師様の像もあって、「ここにいいんですか?」と思うような場所に建てていいと。

    その住職さんも、開かれたお寺にしたいという想いがあったそうです。これは僕の考えもまじえてですけど、お寺はもともと信仰の場であるだけでなく、学びの場であり、駆け込み寺であり、多様な人々を受け止めてくれていた場所ですよね。そういった役割を地域内で担ってきたお寺から、地域の役に立てる機会をいただけたことを嬉しく思っています。

    このお寺に、日々自分たちが一生懸命育てた野菜を持っていき、並べ、お参りに来る檀家の方や近所の人がそこで野菜を手に取る。ここからまた新たな出会いや会話が始まるはずで。遍照院は駅前のビルに囲まれていて、いわば都市部にあるんですよ。福祉作業所は、同じ市内の田舎にある。「郊外」の中にある都市と地方(田舎)のかき混ざりや化学反応、そしてこれまでにないコミュニケーションやコミュニティが起きる予感がすごくあって、これからまた面白くなると思いますよ。

    望月

    上尾がアツい感じですか?

    江守

    すでに僕の中では。何もなかったところに場とか印象的なモノができることによって起きる変化ってあるし、それはいい意味で自分の予想を超えてくるから面白い。僕はいま、それを仕掛けていくことに夢中になっていますね。

    望月

    仕掛け方もありますよね。

    江守

    そうですね。完成させきらずに置くのが大事で。たとえば領家グリーンゲイブルズの前に置いた野菜直売所は、無人の直売所だから料金箱があるんです。田舎に行くとよくある、小銭をチャリンチャリンと箱に入れるやつです。残念なことに、それが心無い人に盗まれたりする話をよく聞くので、どうやったら盗られないようにできるかと考えた。

    最初は「障害者が一生懸命つくった野菜です。」と打ち出そうかとも思ったけど、それはお涙頂戴的だし、自分たちが目指すものではなかった。そこで僕は、料金箱を人型にしたんです。さすがに人形が料金箱を抱えるような形をしていたら、盗んで行きにくいだろうと考えて。デザインもユニバーサルというか、男とも女ともとれない「へのへのもへじ」みたいなものをつくって設置しました。

    そうすると、まず身内の中から、あの子に名前をつけようって話が出てきて。領家グリーンゲイブルズの「グリーンゲイブルズ」は「赤毛のアン」の家をモチーフにしているので、アンにちなんだ候補がたくさん挙がってきましたが、投票までして最終的に決まった名前は「アン子ちゃん」(笑)。そしたら、僕はユニバーサルと言いつつなんとなく少年をイメージしてたんだけど、女子になって三つ編みまでついて。

    料金箱なのに夏は麦わら帽子、秋はハロウィンの仮装をしてるし、冬になればマフラーを巻いてる。寒そうだからって、昔話の「かさこ地蔵」みたいですよね。その姿を見つけた、通りすがった人やサイクリングの人が写真を撮ったりSNSにもあげてます。

    なぜこうなったんだろうと考えたんですけど、それは僕が名前から衣装まで完全に決めて、料金箱につけたり描いたりしていなかったからだろうと。みんなに遊ぶ余地があったんですね。だからこれから作るものも、完成度120パーセントみたいな、できあがり過ぎた作品を出しちゃいけないなと感じました。

    望月

    そうですね。

    江守

    かといって、真っ白いキャンバスを置かれてもみんな困ってしまう。とりあえずできあがってるんだけど遊べるもの、いじれるものが理想なのかもしれないですね。

    何かを製作していると、予期せぬ良い方向に新しいアイデアが浮かんだり、トラブルが起きることはもちろんあって、予定調和にはならないんですけど。自分がつくる世界観や全体像における位置付けとか、次の展開が起きるかどうかはだいぶ意識してやってますね。人形付きの料金箱は、手を動かしながら考えていたら自然とできあがったので、うまくいきそうだという予感はありました。

    だから、施設以外のどこかに直売所を作るチャンスがきたら、必ずこの料金箱を付けようと決めてたんですよね。人形部分のパネルも複数作って保管していた。この人形はみんなかわいいって言ってくれるので、この子自体が地域のなかに増えていったら面白いと思っていて。お寺の直売所で「この子は何?」と聞かれたときに、「実はこの子にはきょうだいがいまして……」といった会話もできる。人形付き直売所がどんどん地域内に増えていったら面白いと思っていて。

    ぼくは何かを企画するとき、単体から考えるんだけど連続しそうな施策をわりと初期に思いつき、それを1個1個やっていく感じなんですよね。だから単発企画というか、次へのつながりが見出せない企画やモノづくりは、僕はやらないですね。つながりがないとストーリーも自分が描けないし、モチベーションもわかない。

    僕は世界観が大事だと思ってるんです。ひと言では表現しきれないんですけど、そこに世界観があるかどうかで、その取り組みやクリエイティブは大きく変わってくる。たとえとして正確かどうかわかんないけど、世界観がないと目が入っていない人形みたく、肝心なものを持ってない感じになってしまって。ただのモノでしかないんですよね。

    その世界観をひと言で説明できるかと言われると、僕の場合はぼわっとしてることが多いんですけど、意識はしてますね。それは自分の美意識や正義でもあるから、自分が目指し作り上げたい世界観とは違うぞと思ったら、面白そうだし魅力的でも、儲かりそうでもやらないと決めてます。

    どう発信していくのか

    地域の役に立てればと思っている姿勢や、日々コツコツやってることを地域の人はよく見てくれている。それはすごいド田舎でなくても、どこでもそうなんです。日々の自分のあり方によって、どんどん良いことが起きていくわけで。

    たとえば「この道具使っていいよ」とか「これ食べてみる?」と言ってもらえたり。そんな変化が生まれてくるのは楽しいですよね。

    昨年末には都内で様々な仕事に就いている僕の面白い仲間たちが、内覧会と称していまここランドに集まってきました。みんなでちょっと作業して、午後ゆるやかにBBQをスタートしてお酒を飲む。そこに地域のベテラン農家さんとか、福祉作業所の職員とか、近所の人もまじって話すと、いろんなことが膨らむんですよね。

    いまここランドをひらいてすぐに、そういう光景を目の当たりにできたし、仲間と一緒にドラム缶の炭焼き窯を作ったりすると楽しいし、みんなで作り上げる喜びってすごくある。参加した人も、作業にちょっと関わっただけでも、自分がやった気になれるんですよね。

    その様子をレポートしてくれたFacebookの投稿を見て、たとえば毎日都会のビルの中で働いていて「私、幸せなのかな」と思っているような人が、自分にも何かできることあるんじゃないかな、と思うきっかけになれば嬉しい。

    郊外の魅力や農や自然に触れる素晴らしさなど、いろんなことを発信する機会が増やせるかなって思います。今までひとりでコツコツ「いまここファーム」という畑だけでやっていたときより、さらに拡張した「いまここランド」という場ができたことで発信力が増していけば、より大きな変化を生み出せるのかな、って感じですね。

    望月

    ネットで集約して出せると、もっと広がりがあるんでしょうね。

    江守

    そうですね。すごくいい質問をいただきました。昨年望月さんにインタビューをして記事にしてもらったことで、僕はすごい良かったと思っていて。自分でも、もともと記事は書くし伝えようとするんだけど、活動しながらそれも並行してやっていくことはすごく難しい。しかも現在進行形で変化していく動的な自分を克明に描き続けることは、なかなか厳しいなと思ったんですよね。

    例えば炭焼き窯でも堆肥枠でも、つくっている最中に手を止めて手袋を外し、写真を撮ったりメモするのって面倒ですよね。冬だと日が落ちるのも早いし、時間が限られるので作業に注力したいからどうしても後回しになる。さらに一日終わった後、疲れた状態でそれを発信するのは容易ではなくて。だから結局、自分ひとりで試行錯誤している姿ってなかなか伝えにくかったりするんです。あれこれやってる、そこがいちばん面白いはずなんだけど。

    だから、自分の活動や考えを第三者に伝えてもらう面でもありがたかったし、インタビュー記事にしてもらうことも含めて、いろんな発信方法があると気づいたんですね。出版社の元編集長がいうのもヘンな話ですけど(笑)。

    そういったこともふまえて、いま準備中なんですが、実はYouTubeをやろうと思ってます。「えっ今さらYouTuber?」「田舎暮らしとか発信したいの?」とか思うかもしれないけど、ちょっと違います。

    別に広告収入を得るためだけでなく、より伝わりやすいし伝えやすい手段のひとつとして。動画なら、作業中にしゃべりながら自分がやってることを撮るのは大変じゃないし、素材を撮っておけば、後で編集してあげられるので。小さいチームをつくってYoutubeをやろうとしているところなんですよ。

    望月

    なるほど。チャンネル名とか決まってます?

    江守

    「ひらけ!いまここランド」です。2月中にはスタートできると思うので、ぜひチャンネル登録をお願いします。

    Profile

    江守敦史

    1972年、兵庫県西宮市生まれ。阪神淡路大震災後の1996年に上京、出版社リクルート、メディアファクトリー等を経て株式会社KADOKAWAで編集長を務める。その間に企画編集した書籍は百数十冊以上。仕事を通して全国各地を巡るなか地域の現状を目の当たりにし、そこに自身の「編集力」を活かしたく、2015年4月脱藩。一般社団法人日本食べる通信リーグの専務理事として、食べもの付き情報誌「食べる通信」を国内外に広める活動を行う。

    2020年3月11日、農家漁師と共に持続可能な社会をつくる「いまここランド合同会社」設立。日本食べる通信リーグを卒業し、NPO法人みのりにて農福連携プロジェクトも推進する。

    個人活動として、地域の有休農地の再生、トラスト地「トトロの森」での循環型農業による里山保全、山の猟師としての活動なども精力的に行っている。一級小型船舶操縦士、狩猟免許(第一種銃猟・わな)所持。
    www.imakokoland.com/