日本各地を周ったまえとあと / 江守敦史(1/2)

  • 江守敦史いまここランド合同会社 代表社員 / プランナー

写真:平林克己
聞き手/編集/執筆:望月大作

最初から編集者ではなかった

もともと僕はものづくりが好きで、小さいころから学級新聞を作ったりしていました。それを友だちとか誰か大人に褒められたりするのが楽しかったんですね。

就職後は今とは違う電子設計の仕事で、最初は違うことをやってました。あるとき大阪のパソコンショップの店員になり、そこで大手家電店が作っているような情報誌を発行することになり、僕が店側の編集担当で入ったら、それが面白く編集者になりたいと思ったんです。そこから20年ちょっと前に東京に出てきたんですよ。だから、文系の大学も行ってないし、編集者になるための活動もしていないし、中途だしいろんな出版社に落ちまくりました。たまたまリクルートに、面白いやつがいると拾ってもらい、そこから出版なんですよね。

望月

なるほど。

江守

そこから、KADOKAWAで編集長にまでなりました。ここで2つあって、1つは僕はダムの写真集とかいろいろ旅の本や建築の本なんかを作っていました。要は会社にいるのが好きな編集者じゃなかったんで、日本全国を旅して、いろんな地域に出張できるような企画の本をたくさん作ってました。でもそうやって日本各地を巡っているといろんな街が廃れていくんですよね。

前に行ったときは駅前にあった商店街が、次に行くと寂れていたり。そういうのを目の当たりにしました。僕は都会から情報を発信したり、自分が企画した本を作るといろんなところで、いろんな人が喜んで読んでくれてると思ってたんですよね。

だけど、僕が作ってるような本はほとんど都会で消費されていて、地方の本屋もどんどん無くなっていたから、地方の人に読んでもらってるわけでもない。中央から情報発信をしている気になっているだけで、全然自分が作っている本が、日本中の人のために役に立ってないと思った。

一方でどんどん廃れていく地方には、広い意味での編集力、編集者って、プロデューサーとしてお金も集めるし、全体のディレクションもするし、取材現場に行ったら雑用までするわけですよね。だからそういう自分が培ってきた能力を、本を作ること以外で、もっと地方をデザインしたり編集することや、地域を元気にすることに使えたら、日本はもっと良くなるんじゃないの?と思ったんです。

ポイントは日本の地方が廃れていくのを肌で感じたこと、自分の力をもっと世の中の役に立つことに使いたいと思ったことです。僕は20年間純粋な編集者をやったんですけど、そのうち9年ぐらいは雑誌、残りは書籍をやって。ダムの本みたいな僕にしか出来ないような書籍、自分でしか企画できない書籍を人生で100冊作れたらいいと思っていたんですよ。

そうしたら出版界のスピードってもっと出せ出せだったから、結局130冊ぐらい作ったんですよね。もうやりきった感もありました。自分としては本の編集者として、やることはやっちゃった感があったんですよね。

お金を稼ぐようになり、部下が金に見えはじめた

僕はものづくりが好きでこの世界に入ったのに、だんだん経済的な豊かさを求めるようになった。最初面白かったですよ、僕が東京に出て来てリクルートに入ったとき、冷蔵庫もないし、クーラーもないぐらいお金もなかった。

それが働けば働くほど、どんどんいろんなものが部屋に増えていくんですよ。三種の神器じゃないけど、一人高度経済成長みたいな状態になり、「金っていいなー」みたいな。編集者はすごい時間働くから、かなりお金ももらえることが多くて、どんどんお金を得ることが楽しくなったんです。

それが豊かだと思ってやってきたけど、途中で「あれ?」となって。「あれ?」とは、子どもの頃、大人になったら豊かになるんじゃないかとか、いろんな時代を経て大きくなったら豊かになると思っていたら、いつの間にか別のゲームになっていて終わりがない感じなんですよね。

終わりがないことがダメってわけではないんですけど、どこまで行っても幸せのゴールが見えてこないんです。だんだん自分もエラくなっていく貰えるお金も増えていくんだけど、いかに自分の部署が稼ぐかを考えるようになった頃から、自分の部門の事業メンバーが、お金に見えてきたんです。

あるチームのとき、メンバーが1人だいたいド新人でも売り上げで1億とか1億5000万なんかで億単位で出版社は稼ぐわけですね。当然営業やいろんな部門の人がいてくれるからそれが成立するんだけど、編集者は自分たちだけでやってる気になってる。

そうすると、本当に部下が金に見えてきて、会議でもどんな面白い本を作るかも大事なんだけど、こいついくら稼ぐんだ、こいつにどうやって稼がせられるんだってなっていって、「こんなことやりたかったんだっけ?」って気持ちが出てきて。

僕は2015年の春にkADOKAWAを退職したんですけど、実は2014年の途中から、もうずっとその思いが強くなっていて、「こんなんでいいのか」と思い、2014年の冬には辞めることを決めたんですよね。そこからいろいろリサーチしている中で「食べる通信」に出会いました。

一般社団法人日本食べる通信リーグは、食べもの付き情報誌「食べる通信」を世の中に広める組織なんですけど、当時、全国に食べる通信というメディアをどんどん増やしていくコーディネーターを募集してたんですよね。この仕事だったら、もう一回日本中を周れるなと思い、もう一回自分の目で日本中を見極め、どんな状況か自分に何ができそうかを見てこようと思ってジョインしたんですよね。

望月

部下がお金に見えてきたら、末期は末期ですよね(笑)。

江守

でしょ? 何か病んでるなと思って。この話はテッパンでみんな笑うんですけど、でも僕は、みんな本当に笑ってられますか?と思う。誰しもそういうところがあるんじゃないかな。

望月

突き詰めて営業などをする人も、そういう感じになりそうな気がするんですよね。保険会社の営業も含めて、契約者みんなお金みたいに見えると思うんですよね。

江守

そうですね。それって結局幸せの尺度や給料を得る方法が、資本主義社会的で経済的なことにしか依存してないから、そうならざるを得ないと思うんですよ。たまにそこを離れる人、そのやり方じゃない方法を模索する人がいると、人によっては「仙人かお前」ってなりますよね。

そう思われるんだけど、それはあなたが稼ぎまくらないと幸せじゃないと思っている、だけの幸せの話なんですよね。

生産者という哲学者

ちょっと話を進めると、本屋に行くと付録付きの雑誌が売ってるじゃないですか。「食べる通信」は、生産者一人を特集した雑誌に、その人が作った食べ物がついてくる世界初の雑誌なんです。ポイントは、各号で生産者一人だけを特集していること。いろんな人をまとめて特集するんじゃなくて、誰々さんだけの号であり、その人の人生やこだわり、「おいしいよ」だけではなく、本当にどうこだわって作ってるか、親父が借金こさえてみたいなことや、でも俺はやっぱりこの地域を守るためにやっていくんだって想いなど。それを延々一万字ぐらいの文量でインタビューして記事を作ります。

生産者の想いを知ってから、その人が作った作物を食べると、すごく美味しいですよね。美味しく食べたあとは、SNSにfacebookの秘密のグループページがあり、生産者と直接会話ができる。東北の震災復興の文脈から始まって、僕が日本食べる通信リーグにジョインした時には、まだ一桁台だったんですが、全国を行脚して国内40カ所以上にまで増やしたんですよね。

生産者と消費者の顔が見えなくなった分断を解消するために、各地に創刊や運営のノウハウを伝えて行ったんですけど、オファーがあって台湾でも立ち上げたり、韓国や中国にアメリカでも講演をしました。その活動を広げることをやってきました。

最初の年の話なんですけど、それまで僕は農家とか漁師を見たことはあったし、声ぐらいかけたことはあったかもしれないけど、農家や漁師の方と初めて深く会話したり飲んだり、友だちになったりしたんですね。

そうしたらその人たちがすごいんですよ。生き物として強い。都会のビルの中で1000万を稼いでるような男でも、たぶん世の中全体からすると、すごい狭いことしかできないんですよね。百姓って汚いし、カッコ悪いし、稼げない仕事みたいに思われてるけど、百姓って語源は百個の仕事と言うぐらい、あの人たちはなんだってできるんですよ。

ただ作物を作るだけじゃなくて、天気も読めれば、農業機械を直せたりするし、小屋を立てちゃったりするし、いろんなことができて、生きる力に溢れてるんです。農家ってすごい孤独で、宮沢賢治的というか、本当に生き物の声や音を聞きながら自然の代弁者みたいなんだけど、とにかく畑で孤独なんです。そんな生活をしているから、哲学者みたいな人が多くて、紡ぐ言葉がすごいんですよね。

僕は編集者としていろんな作家やいろんな人の言葉を、原稿でもう普通の人が一生に読む文章量の何倍も読んできたんですが、でも見たことがないような強い言葉や、キラキラした言葉が自然に出てくる。

一方、海の漁師は船底一枚下は本当に海で、冬の海なんてもう投げ出された瞬間に死ぬんですよね。日本中どこだって、たぶん漁師さんは三親等以内で誰かを必ず亡くした経験がある。だから死と密接なところにいる人たちだから、江戸っ子の宵越しの金じゃないけど、生き方がすごく潔くてカッコよくて強い。