日本各地を周ったまえとあと / 江守敦史

  • 江守敦史いまここランド合同会社 代表社員 / プランナー

写真:平林克己
聞き手/編集/執筆:望月大作

目次

  • 最初から編集者ではなかった
  • お金を稼ぐようになり、部下が金に見えはじめた
  • 生産者という哲学者
  • 常に実践者でありたい
  • 生産者は日本の人口の1.4%
  • 農福連携は地域づくり
  • 取材のあと
  • 最初から編集者ではなかった

    江守敦史(いまここランド合同会社 代表社員)

    もともと僕はものづくりが好きで、小さいころから学級新聞を作ったりしていました。それを友だちとか誰か大人に褒められたりするのが楽しかったんですね。

    就職後は今とは違う電子設計の仕事で、最初は違うことをやってました。あるとき大阪のパソコンショップの店員になり、そこで大手家電店が作っているような情報誌を発行することになり、僕が店側の編集担当で入ったら、それが面白く編集者になりたいと思ったんです。そこから20年ちょっと前に東京に出てきたんですよ。だから、文系の大学も行ってないし、編集者になるための活動もしていないし、中途だしいろんな出版社に落ちまくりました。たまたまリクルートに、面白いやつがいると拾ってもらい、そこから出版なんですよね。

    望月

    なるほど。

    江守

    そこから、KADOKAWAで編集長にまでなりました。ここで2つあって、1つは僕はダムの写真集とかいろいろ旅の本や建築の本なんかを作っていました。要は会社にいるのが好きな編集者じゃなかったんで、日本全国を旅して、いろんな地域に出張できるような企画の本をたくさん作ってました。でもそうやって日本各地を巡っているといろんな街が廃れていくんですよね。

    前に行ったときは駅前にあった商店街が、次に行くと寂れていたり。そういうのを目の当たりにしました。僕は都会から情報を発信したり、自分が企画した本を作るといろんなところで、いろんな人が喜んで読んでくれてると思ってたんですよね。

    だけど、僕が作ってるような本はほとんど都会で消費されていて、地方の本屋もどんどん無くなっていたから、地方の人に読んでもらってるわけでもない。中央から情報発信をしている気になっているだけで、全然自分が作っている本が、日本中の人のために役に立ってないと思った。

    一方でどんどん廃れていく地方には、広い意味での編集力、編集者って、プロデューサーとしてお金も集めるし、全体のディレクションもするし、取材現場に行ったら雑用までするわけですよね。だからそういう自分が培ってきた能力を、本を作ること以外で、もっと地方をデザインしたり編集することや、地域を元気にすることに使えたら、日本はもっと良くなるんじゃないの?と思ったんです。

    ポイントは日本の地方が廃れていくのを肌で感じたこと、自分の力をもっと世の中の役に立つことに使いたいと思ったことです。僕は20年間純粋な編集者をやったんですけど、そのうち9年ぐらいは雑誌、残りは書籍をやって。ダムの本みたいな僕にしか出来ないような書籍、自分でしか企画できない書籍を人生で100冊作れたらいいと思っていたんですよ。

    そうしたら出版界のスピードってもっと出せ出せだったから、結局130冊ぐらい作ったんですよね。もうやりきった感もありました。自分としては本の編集者として、やることはやっちゃった感があったんですよね。

    お金を稼ぐようになり、部下が金に見えはじめた

    僕はものづくりが好きでこの世界に入ったのに、だんだん経済的な豊かさを求めるようになった。最初面白かったですよ、僕が東京に出て来てリクルートに入ったとき、冷蔵庫もないし、クーラーもないぐらいお金もなかった。

    それが働けば働くほど、どんどんいろんなものが部屋に増えていくんですよ。三種の神器じゃないけど、一人高度経済成長みたいな状態になり、「金っていいなー」みたいな。編集者はすごい時間働くから、かなりお金ももらえることが多くて、どんどんお金を得ることが楽しくなったんです。

    それが豊かだと思ってやってきたけど、途中で「あれ?」となって。「あれ?」とは、子どもの頃、大人になったら豊かになるんじゃないかとか、いろんな時代を経て大きくなったら豊かになると思っていたら、いつの間にか別のゲームになっていて終わりがない感じなんですよね。

    終わりがないことがダメってわけではないんですけど、どこまで行っても幸せのゴールが見えてこないんです。だんだん自分もエラくなっていく貰えるお金も増えていくんだけど、いかに自分の部署が稼ぐかを考えるようになった頃から、自分の部門の事業メンバーが、お金に見えてきたんです。

    あるチームのとき、メンバーが1人だいたいド新人でも売り上げで1億とか1億5000万なんかで億単位で出版社は稼ぐわけですね。当然営業やいろんな部門の人がいてくれるからそれが成立するんだけど、編集者は自分たちだけでやってる気になってる。

    そうすると、本当に部下が金に見えてきて、会議でもどんな面白い本を作るかも大事なんだけど、こいついくら稼ぐんだ、こいつにどうやって稼がせられるんだってなっていって、「こんなことやりたかったんだっけ?」って気持ちが出てきて。

    僕は2015年の春にkADOKAWAを退職したんですけど、実は2014年の途中から、もうずっとその思いが強くなっていて、「こんなんでいいのか」と思い、2014年の冬には辞めることを決めたんですよね。そこからいろいろリサーチしている中で「食べる通信」に出会いました。

    一般社団法人日本食べる通信リーグは、食べもの付き情報誌「食べる通信」を世の中に広める組織なんですけど、当時、全国に食べる通信というメディアをどんどん増やしていくコーディネーターを募集してたんですよね。この仕事だったら、もう一回日本中を周れるなと思い、もう一回自分の目で日本中を見極め、どんな状況か自分に何ができそうかを見てこようと思ってジョインしたんですよね。

    望月

    部下がお金に見えてきたら、末期は末期ですよね(笑)。

    江守

    でしょ? 何か病んでるなと思って。この話はテッパンでみんな笑うんですけど、でも僕は、みんな本当に笑ってられますか?と思う。誰しもそういうところがあるんじゃないかな。

    望月

    突き詰めて営業などをする人も、そういう感じになりそうな気がするんですよね。保険会社の営業も含めて、契約者みんなお金みたいに見えると思うんですよね。

    江守

    そうですね。それって結局幸せの尺度や給料を得る方法が、資本主義社会的で経済的なことにしか依存してないから、そうならざるを得ないと思うんですよ。たまにそこを離れる人、そのやり方じゃない方法を模索する人がいると、人によっては「仙人かお前」ってなりますよね。

    そう思われるんだけど、それはあなたが稼ぎまくらないと幸せじゃないと思っている、だけの幸せの話なんですよね。

    生産者という哲学者

    ちょっと話を進めると、本屋に行くと付録付きの雑誌が売ってるじゃないですか。「食べる通信」は、生産者一人を特集した雑誌に、その人が作った食べ物がついてくる世界初の雑誌なんです。ポイントは、各号で生産者一人だけを特集していること。いろんな人をまとめて特集するんじゃなくて、誰々さんだけの号であり、その人の人生やこだわり、「おいしいよ」だけではなく、本当にどうこだわって作ってるか、親父が借金こさえてみたいなことや、でも俺はやっぱりこの地域を守るためにやっていくんだって想いなど。それを延々一万字ぐらいの文量でインタビューして記事を作ります。

    生産者の想いを知ってから、その人が作った作物を食べると、すごく美味しいですよね。美味しく食べたあとは、SNSにfacebookの秘密のグループページがあり、生産者と直接会話ができる。東北の震災復興の文脈から始まって、僕が日本食べる通信リーグにジョインした時には、まだ一桁台だったんですが、全国を行脚して国内40カ所以上にまで増やしたんですよね。

    生産者と消費者の顔が見えなくなった分断を解消するために、各地に創刊や運営のノウハウを伝えて行ったんですけど、オファーがあって台湾でも立ち上げたり、韓国や中国にアメリカでも講演をしました。その活動を広げることをやってきました。

    最初の年の話なんですけど、それまで僕は農家とか漁師を見たことはあったし、声ぐらいかけたことはあったかもしれないけど、農家や漁師の方と初めて深く会話したり飲んだり、友だちになったりしたんですね。

    そうしたらその人たちがすごいんですよ。生き物として強い。都会のビルの中で1000万を稼いでるような男でも、たぶん世の中全体からすると、すごい狭いことしかできないんですよね。百姓って汚いし、カッコ悪いし、稼げない仕事みたいに思われてるけど、百姓って語源は百個の仕事と言うぐらい、あの人たちはなんだってできるんですよ。

    ただ作物を作るだけじゃなくて、天気も読めれば、農業機械を直せたりするし、小屋を立てちゃったりするし、いろんなことができて、生きる力に溢れてるんです。農家ってすごい孤独で、宮沢賢治的というか、本当に生き物の声や音を聞きながら自然の代弁者みたいなんだけど、とにかく畑で孤独なんです。そんな生活をしているから、哲学者みたいな人が多くて、紡ぐ言葉がすごいんですよね。

    僕は編集者としていろんな作家やいろんな人の言葉を、原稿でもう普通の人が一生に読む文章量の何倍も読んできたんですが、でも見たことがないような強い言葉や、キラキラした言葉が自然に出てくる。

    一方、海の漁師は船底一枚下は本当に海で、冬の海なんてもう投げ出された瞬間に死ぬんですよね。日本中どこだって、たぶん漁師さんは三親等以内で誰かを必ず亡くした経験がある。だから死と密接なところにいる人たちだから、江戸っ子の宵越しの金じゃないけど、生き方がすごく潔くてカッコよくて強い。

    常に実践者でありたい

    その人たちを見ると、自分ってすごくちっぽけだし、情けなく思えた。どんどんそういう友だちが増えていくほど、これも僕の中のキーワードなんですけど「実践」したくなった。僕は常に実践者でありたくて、理論とか企画を唱えるだけじゃなくて、自分自身が実践してないと絶対地に足がついてないし、ダメだと思ってるんです。

    理屈だけじゃなくて、絶対自分でもやる。だからやりたくなるんですよね。それを頭でそうだと決めつける前にやりたくなるから、自分でも畑を始めたし、船舶免許も取ったり、山の鉄砲撃ちの猟師もやる。それら全部をやる人って逆にいないから、生産者から「何なんだお前は」とか言われますけど(笑)。

    何でもそうなんですけど、最初はやってることって本物の人から見たら遊びみたいなことしかできないんですけど、でも遊びでも続けてたら、だんだん本物になってくるんですよね。

    まず自分が作った野菜を売る。それを買ってくれた人が美味しいねって言ってくれる。それが嬉しい。最初出してる野菜って本当に精一杯作ったちょびっとしかない野菜を売ってるけど、僕も出ているマルシェで野菜を買っていく人って、僕のことを本気でやっている農家と思ってるんですよね。

    でも規模も小さいんだけど、「農家さんがわざわざ持ってきてくれて」みたいにおばちゃんに言われて。そういう感じでやっていくと、次第に本物になっていくんですよ。

    たぶん絵描きだろうがライターだろうが、営業マンだろうが何でもそうだと思うんです。それ自体が楽しくて、やってる。僕がこの春までやってた仕事って、全国の「食べる通信」を発行している人のところや、これから「食べる通信」を立ち上げたい人を訪れて、ある意味創業コンサルティングというか、雑誌の立ち上げサポートの仕事をしてきたんです。でももっと実践的に、自分も現場に近いところでやりたい想いとか、あとはだんだん本物になってきた自分の畑をちゃんと事業化したい想いがふつふつと湧いてきた。

    望月

    いま偽物だって言ってましたけど、結局学ぶって模倣から始まることなんで、結局そういうことじゃないですか。

    生産者は日本の人口の1.4%

    「守破離」的な話で言うと、そうかもしれないですね。盗んだり、模倣ですよね。生産者ってほんとすごいんです。ちなみに生産者って日本の人口の中で今1.3〜1.4%ぐらいしかいないんですよ。

    望月

    でもめっちゃ少ないですよね。

    江守

    そう。それで98.6%が消費者なんですよ。この最大の課題は、農家漁師が減ってることよりも、そのことを国民の大半が知らないことだと思います。このままいくと、たぶん10年後は本当の金持ちしか国産のものは食えない。このままだと農家や漁師がいなくなりますから。

    僕からしたら、コロナ禍前から思ってましたけど、こんなにすごい力を持ち、言葉を持ち、生きるすべを持っている人は、よりこれからの時代の我々都市住民の生き方の先生になっていくと思います。そういう人はいなくなってからだと取り返せないし、いなくなったら困るんで、だから彼らがかわいそうだから助けましょうじゃなくて、彼らと共に生きる世界を作りたくて、農家や漁師と僕らが持続可能な世界を一緒に作りたい。

    そのために今年の3月11日に作ったのが、「いまここランド」って会社なんですよね。3月11日の登記にこだわり、時間ギリギリに書類を役所に持っていきました。もともと自分の畑を「いまここファーム」と名付けていて、それは「今、ここ」ですよね。禅や仏教的な用語なんですけど。

    これは幸せの話で、多くの都会のサラリーマン、今このコロナ下ですら通勤電車に乗ってる人たちは、今の自分を犠牲にしていつか幸せになる未来のために働いてるんですよ。だけどそれもおかしくて、僕は今この瞬間、今ここで幸せでない人が、未来に幸せになれるわけがないと思っている。だから、今この瞬間こそ大事に生きてほしい。

    今ここをもっと大事に生きることはできるはずで、それを日々続けていったほうが豊かなんじゃないかなという想いから「いまここファーム」と名付けて。僕は畑で作った野菜をマルシェや飲食店、ポケマルなどで売っていますけど、農作物を売るだけじゃなくて、僕の考えや世界観や気づいたことなんかを伝えるために、野菜を作って届けているんです。それをもっと伝えるために、会社を立ち上げたんですね。

    本当は世の中の多くの人の価値観を変えないと、この世の中は良くならない。例えば、なんで農家がいなきゃいけないの?とか、全部海外から買えばいいじゃんみたいな人もいるんですが、そうじゃないほうが豊かだし、いいんだよってことを興味ない人に気付かせるのってすごく難しいんです。

    望月

    江守さんは、純粋な編集者時代から比べたら、幸せの尺度はだいぶ変わりましたよね?

    江守

    そうですね。多様な価値観を僕の中に持てたってこともあるでしょうし、後はいろんな収入の在り方とかコミュニティを得たことによって、1つ1つのコミュニティへの依存度が減った分、きっと自分が強くなりましたよね。

    農福連携は地域づくり

    世の中の人の価値観をどう変えるかの闘いをたぶん死ぬまでやるんだろうなって気持ちで会社を始めて、自分自身でより実践したいとか、もっと持続可能な社会をつくりたいとか、いろんな気持ちがありながら、facebookに「食べる通信」を辞めますと卒業する文章を書いたときに、みんながすごく暖かい感じでコメントをくれて。800人以上がいいねをくれたのかな。

    別にこの数に意味があるわけじゃないけど、面白いなと思ったのが、facebookってそんなにやってなかったのに、「食べる通信」を5年やってる間に、農家漁師や地域プレーヤー、行政など日本全国の人と2000人以上も友だちになって、その人たちがすごい反応してくれて。日本全国を周ってきて本当に良かったと思ったし、これから自分がやっていくことのうち、メディアの形かコンサルの形か、自分の畑自体か、何の形でか分からないんですけど、いい事例があったらそれをみんなに共有したい。

    僕は狭い地域にどんどん入って、地に足をつけていくことだけじゃなくて、そこで得たものを横展開できたらいいなって思っているんですね。シェアできたらいいなって。

    そんな投稿してたら、望月さんも反応してくれたけれども、加藤木さんっていう知人が反応してくれて、埼玉の上尾市で視覚障害者の福祉作業所を立ち上げるんで、そのなかではポチ袋作りとか点字名刺打ちなど、いろんな仕事があるんだけど、農福連携もやりたいからと声をかけてもらって。4月から僕は、その施設の農福連携プロジェクトのマネジャーも務めるようになりました。

    まだそこはこれからやっていくことですけど、ここもいくつか要素があって、一つは僕はいま「農業を分解する」って言ってるんです。農業って儲かりにくいわりにすごく複雑で、プロフェッショナルな仕事だし、そう思われている。結論としてなかなか手を出せない領域みたいに思われてるんですね。

    だから農福連携といっても、目が見えない人ができるようになったらいいね、障がい者ができるようになったらいいねだけじゃなくて、農業という仕事を切って切って切り分けた結果、ある部分部分は誰もができるようなユニバーサルな感じにできたら、老人とか子ども、主婦や外国人などいろんな人が関わっていけるようになったら、さっき言った生産者人口を実質的に増やせるんです。

    農業に関わる人をもっと増やせる可能性があると思ったのと、障がい者の人口比率もどんどん増えてるんですよ。

    望月

    なるほど。

    江守

    いま1000万人弱いるんですけど、要は日本人の10人に1人ぐらいは障がい者なんですよ。身体障がいだけじゃなくて、障がいはいろいろあるじゃないですか。そういう人がどんどんいま増えてきてるから、そういう人たちを農業という形で雇用できたり、農業も人が減ってるわけだから、減る分と増える分で農福連携はちょうど相性がいいはずなんですよね。

    みたいなことを考えたときに、僕は声をかけてもらってそれに気がついたんですけど、すごい力を入れて取り組む価値のある仕事だなと思って、今それをやってるんですよね。

    これからの話なので、どんな感じになっていくかはわかんないですけど、視覚障がい者の人たちも、彼らって目が見えないから運動不足の人が多くて。肥満傾向だったり運動不足傾向になりがちなところを、畑に出ていると身体を動かすし、癒されるし、土の力も感じられて。農業生産にとっても、彼らにやってもらえることで得られる価値があると良いですよね。

    もう一つあって、例えば田舎にポツンと福祉作業所ができたら、みんな怖いわけですよ。塀の中で何やってるかわかんないし、どんな人がいるんだろうねとなる。他所からいろんな人が来てるけど、何?ってなるじゃないですか。

    コミュニティって基本的に排他的なんですよね。それは当たり前で、コミュニティは所属している人たちを守るためにあるので。もともと村もそうですよね。だから村社会が排他的なのと同じように、コミュニティは排他的なのが当たり前で、でも中に入っちゃうとすごく守ってくれるし、安心なんです。

    だから、地域にできた施設は地域の周りの人とどんどん交わっていった方が幸せになると思っていて。ということはどういうことかというと、施設が地域にない機能を持っていればいいんですよ。そこでほかの人たちも働けるとか、買い物に来れるとか、カフェもあってお茶して帰れるとかですね。やっていることは農福連携って畑のことのように思うけど、じつは地域づくりなんですよね。

    ぼくは施設では農業だけじゃなくて、環境づくりも含めてやってるんですけど、たとえば施設の前に自販機があって、そこでジュースを買うと、点字のことを正しく広めるための活動にそのお金が落ちる。じゃあそこにテーブルをつくってパラソルを立てれば、ハイキングや自転車で横を通った人がまずは施設に足を踏み入れてくれるかぁとか、その横で野菜の無人販売もできたらいいな、とか妄想して、日々実行しています。

    取材のあと

    音声配信アプリ Stand.fmを使って、取材後のインタビューをしています。

    Profile

    江守敦史

    1972年、兵庫県西宮市生まれ。阪神淡路大震災後の1996年に上京、出版社リクルート、メディアファクトリー等を経て株式会社KADOKAWAで編集長を務める。その間に企画編集した書籍は百数十冊以上。仕事を通して全国各地を巡るなか地域の現状を目の当たりにし、そこに自身の「編集力」を活かしたく、2015年4月脱藩。一般社団法人日本食べる通信リーグの専務理事として、食べもの付き情報誌「食べる通信」を国内外に広める活動を行う。

    2020年3月11日、農家漁師と共に持続可能な社会をつくる「いまここランド合同会社」設立。日本食べる通信リーグを卒業し、NPO法人みのりにて農福連携プロジェクトも推進する。

    個人活動として、地域の有休農地の再生、トラスト地「トトロの森」での循環型農業による里山保全、山の猟師としての活動なども精力的に行っている。一級小型船舶操縦士、狩猟免許(第一種銃猟・わな)所持。
    www.imakokoland.com/