5回目のオンラインイベントは、これまでで一番濃厚な展開
まえとあとのオンラインイベント「Basic Insight」。5回目は11月29日に開催しました。今回も4回目につづき鼎談での実施となりました。
今回の鼎談は、ニッポン放送のアナウンサーで、もはやアナウンサーの枠にとどまらない活躍をされている吉田尚記さんことよっぴーさん。ソフトウェア開発者であり米Quora社のエバンジェリストである江島健太郎さん。そしてパソコン雑誌『月刊アスキー』の元編集長で株式会社角川アスキー総合研究所主席研究員の遠藤諭さんの3名で行いました。
よっぴーさんと江島さんは今回のオンラインイベントで初対面でした。今回のオンラインイベントも30分延長となる2時間の鼎談で、しかも前回のオンラインイベントよりも内容も濃さも上回るものとなりました。気になった言葉などを中心に振り返ってみます。
まずスタートは編集人の挨拶からはじまり、3人の自己紹介を自身のPC歴も交えながら話す形となりました。すでに80年代にネット文化があった。という話は非常に興味深く、その文脈のなかで出てきた「バルーン理論」は今回の企画のなかで大きなキーワードになった気がします。曰く「インターネットで起きることはニフティの掲示板で起こっていた」と。
江島さんも5歳ぐらいからPCにふれる機会があり、写経するかのごとく画用紙でマイコンのプログラミングをタッチする練習をしていたんだそうです。さらにびっくりしたことは、江島さんが過去にSNSなどで炎上した経験をされていたこと。遠藤さんもびっくりしていましたが、これは一種の通過儀礼だと江島さん自身は語っていました。
この通過儀礼について江島さんは「ダニング・クルーガー効果」を挙げ、学生のころによくある全能感を試すために噛み付いた結果こてんぱんにやられ、生半可な知識で吹っかけると返り討ちに遭うことを学んだと言います。
ちなみに「ダニング・クルーガー効果」とは”能力の低い人が「実際の評価と自己評価を正しく認識できずに、誤った認識で自身を過大評価してしまう」こと。 心理現象である「認知バイアス」のひとつです”とあります。
フィルターバブルはアルゴリズムの問題が多い
ここ15年あまりでアルゴリズムは進化を遂げ、SNSは多くの人が利用するようになった結果、質的な変化が起きた。市井の人々が利用することによって、質の平均値が変わった。だからシステム・サービス側の問題というよりは、人がたくさん集まってくると同じことが起きる印象があると江島さんは言います。
どんなプラットフォームでも同じことは起きるし、フィルターバブルはアルゴリズムの問題が大きくある。さらにAIなどを使うことでそれは加速し、快・不快で言えば、快な状況しか与えられなくなり、口を開けていれば甘いものが享受できるような状況は、享受する側は何も考えなくてよくただ受動的な態度になることは非常に危機的な話だ。
そしてある1つの思想(アルゴリズム)がこの15年で世の中の位相をここまで変えた例はほとんどないんじゃないかとよっぴー氏の意見には鼎談しているほかの二人や僕自身も非常に納得した。
もともと人間に自由意志はあるのかって話に行き着く可能性がある。アルゴリズムを作ったひとも世の中を良くする悪くするではなく、単純にアクセス数を上げるための仕組みとして構築したんじゃないか。だけだった。その後に出てきたよっぴーさんの「インターネットって誰かを説得するために使うことに意味がない」と遠藤さんも江島さんも同意していた言葉には本当にヘッドバンキングするぐらい同意しかなかった。よっぴーさんは続けて「人を理解しようと思って使うときに初めて意味がある」も本当に響く言葉だと感じた。
人間は多すぎるノイズに耐えられない。そしてシグナルだけを拾うことを機械に任せた結果、エコーチェンバー現象が強化された。そしてこれは解決困難な問題だと江島さんは言います。
むしろTwitter的なものこそノイズのほうが価値があるって発言もあり、これは編集人自身も本当にそのとおりだと思っていて、そこから何を感じ取れるかは大事なんじゃないかと感じた。遠藤さんも人間の脳はノイズがないと動かないんだそうだと。
でもフィルターバブルとエコーチェンバーはノイズを減らす方向に向かっていて、それを遠藤さんはツルツルの脳になっていくとたとえた。
そもそも情報って何?
情報は変化しないもので、変化するのはそれを解釈する人間の脳側だと。
よっぴーさんが付き合いのあるクイズ王の共通点は全員ノンポリである。この話は以前も聞いたけど、ものすごくいろんなことを知っている人は強烈に偏るようなことは無いという。そしてクイズ王は全員オカルトとアンダーグラウンドが好きなんだそうだ。
全員すべてを知ることが出来ないと達した結果、オカルトやアンダーグラウンドのような意味のないものを好むんだそうだ。遠藤さんはそれを器がフラットじゃないと多くの情報が入らないから、フラットな底の鍋を使うと評した。
そしてよっぴーさんはクイズ王たちを見ていると、最終的にフラットな鍋を手に入れるために情報ってあるんだ。と感じたんだそうだ。
もはやそれが正しいかどうかは立場の違いでしかないと悟ったとき、嫌いなのは「正義」だという。これはまえとあとのなかで玉置泰紀さんがおっしゃっていることにも通じる。まえとあとは特に意図をしているわけではなく、似たような方向性に向かっているとすれば、このような態度なんではないかと感じている。そして遠藤さんはアンチ正義の象徴が雑誌「ムー」だと言った。
情報はある程度の臨界まで集めたらフラットにいられるし、クイズ王は無人島での火のつけかたから節税方法まで知っている。そしてその人たちは相対化できるのでフィルターバブルに塗れることはない。
これは編集人が個人的に目指したい側面でもあると感じた。
多様性は寛容とセットでないといけない
多様性は自分が生きやすくなるためのお題目だと感じる人もいるが、むしろ逆で大多数の人たちは多様性のある世界では生きづらいはずなんだと。
詳しくはよっぴーさんの記事でご覧ください。
フィルターバブルはモノカルチャー化を進める?
フィルターバブルはマルチカルチャーではなく、ノイズが少ないからモノカルチャー化していく。という。元来世界の原則はバラエティーに溢れていたほうが面白い。どうしてもノイズは発生するし、それを善しとしないといけない。はずで。
だから、みんながフィルターバブルを気にかけている理由の本質は、世界をモノカルチャー化する方向に最終的につながっているから。なんじゃないかと。
よっぴーさんはいま、アイドルに短歌を詠んでもらう仕事をしている。「握手会」というテーマで詠んでもらったときに、「いぎなり東北産」というアイドルの律月ひかるちゃんが詠んだ句がすごく良かった。と。それはなぜかといえば、アイドルがまったく文明とは逆のもので文化だから。言葉のなかには生き延びるための言葉と生きるための言葉があり、短歌は生きるための言葉であり、生き延びるための言葉ではない。ちなみに生き延びるための言葉は新聞記者が使うような5W1Hが入っている言葉。短歌にはそのようなものは必要がない。
そう考えるとTwitterのようなSNS的なものは文化的にも文明的なものにも寄与しそう。その文脈で考えるとフィルターバブルは「生き延びるための言葉」になる。
フィルターバブル=文明的なもの=政治的なもの=野暮
「Twitterに何か書くことによって世の中が変わるようなことはない」
この言葉が真だな、と本当に感じる。
今回も本当に濃密な2時間はあっという間に終わった。実は終わったあともバックヤードで数十分語り合ったあと終わった。これも前回の4回目のオンラインイベント同様に、2022年に今回の第2弾があっても面白いと思っている。
今回の本編アーカイブ動画と特典PDFをそれぞれ個別で販売いたします。もしご興味ある方がいれば購入を検討ください。(ライブ配信で参加され、アーカイブも見たいという方は、別途ご連絡ください)
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Grafic report:Keiko Tanaka@sappa_kt
Edit & Text:Daisaku Mochizuki
Photo:Katsumi Hirabayashi