東京オリンピックと「そっ閉じ」のまえとあと / 吉田尚記 (ニッポン放送 アナウンサー)

  • 吉田尚記ニッポン放送アナウンサー

写真:平林克己
聞き手/編集/執筆:望月大作

目次

  • 静岡でオリンピックを見たふたり
  • メディアリテラシーが必要なのは若者ではない?
  • SNSはおじさんに有害論
  • そっ閉じの時代
  • 取材のあと
  • 静岡でオリンピックを見たふたり

    望月

    まずオリンピックで感じた話からお願いします。

    吉田尚記(ニッポン放送アナウンサー)

    そうですね。この僕がオリンピック17日間の取材に行ったんですよ。普段アニメとアイドルの話しかしてない人間が、なぜオリンピックの仕事に選ばれたのか。

    望月

    会社から取材をやってくれって依頼だったんですか?

    吉田

    会社からすると、オリンピックってものすごく取材許可が厳しいので、ニッポン放送全体でスポーツアナウンサーが2人、ラジオ全体のオフィシャル音声を作るために、ニッポン放送の仕事をしてはいけない立場で派遣され、ニッポン放送のレポート用では私とスポーツアナウンサーが1人選ばれたんです。スポーツアナウンサーが選ばれるのはわかるじゃないですか。

    何で僕だったのか全然分からず「何でなんですか?」を後で教えてもらったら、「東京出身のアナウンサーはお前しかいないんだよ」と言われて。東京出身のアナウンサーが東京オリンピックの仕事をやらなくてどうするって話になり、「そうですね」と。言われてみると、リアルな東京を把握している人間がレポートすべきだと選んでもらっていました。それはそれで会社の判断もわからなくはないなと思って。

    オリンピックは開会式から16日以内にすべての競技を終わらせるルールがある。朝7時から夜11時まで各会場で競技が行われている。

    よっぴーさんは17日間朝6時には起床し、7時ぐらいに会場入りすると夜中の11時まで競技を取材、記者会見や明日の予定をチェックすると夜中2時まで仕事をしていた。17日間の期間中、延べ59会場で取材をおこなった。

    望月

    実はここにもオリンピック行った人がいるんですけど。

    吉田

    えっ、そうなんですか?

    実はカメラマンの平林さんも有観客だった静岡の富士スピードウェイでオリンピックを観戦。もっと見たかったものは全て無観客となるなかで、オリンピック観戦が叶った。オリンピックに立ち会った人間が3人中2人もいるレアな取材となった。

    吉田

    観客が本当に今回いなかったじゃないですか。

    平林

    高校野球の応援ぐらいの感じだったじゃないですか。

    吉田

    そうですね。有観客は僕も1カ所だけ伊豆ベロドロームへ行ったんですよ。有観客の種目を見ると見ないとでは、今回のオリンピックの印象が全然違いましたね。それ以外のところは本当に関係者しかいないので、まったく日本のホームじゃないんですよ。

    よっぴーさんによると、柔道会場ではフランス勢が、BMXだとブラジル勢が、のように各国の応援団の声が大きく、日本のホームアドバンテージはまったくなかった。有観客だった静岡には、他にはない大きな歓待ムードがちゃんとあった。

    吉田

    全体的な雰囲気は部活の大会みたいな感じだったオリンピックの中で、伊豆ベロドロームは違いました。静岡の三島まで新幹線で行って、そこから伊豆鉄に乗って会場へ行きます。三島駅にはもうボランティアが何百人もいて、暑いから保冷剤これだけ持っててくださいとか、飲み物はこちらにありますけど、会場に持ち込める数には制限がありますから気を付けてくださいねとか、バスはこちらになりますまで全部丁寧にやってくれて、全然ほかの会場とは違いました。

    平林

    そうなんです。僕が見たのも観客席はガラガラだった。お昼ご飯を食べに行っても並ばなかったし、トイレも並ばないで入れるし、シャトルバスもすぐ乗れました。観客席に座ってると、5個ぐらい空いて1人だからアットホーム過ぎちゃって、これは本当にオリンピックなのかな?って思って。

    吉田

    オフィシャル感が出てなかったんですよね。

    平林

    でも選手は本物じゃないですか。すごい人たちが出てきた。だからローリングストーンズをライブハウスで見たぐらいの感じですかね。

    吉田

    その感じは分かります。本物が自分たちのところに来て何かやるんだから、全力でおもてなししましょう、って普通にポジティブなことですよね。その普通にポジティブなことが行われていたのを見て、ああ、本当はこれがオリンピックでやりたかったことなんだな、とものすごく実感したんです。

    よっぴーさんは有観客だった静岡の伊豆ベロドロームで四人家族に取材をした。その富士宮市のご家族はたまたま自転車競技に当たっていた。結果的に他の競技の大多数は無観客になったので、その家族は東京オリンピックを実際に見ることが出来るレアな存在となった。ご家族四人がTOKYO2020と描かれたTシャツを着ている光景を見て、よっぴーさんは「あ、これだよな、やりたかったの」と感じた。本来オリンピック開催はポジティブなものだったのに、東京オリンピックには何か余計なことが乗っかり過ぎていた。

    メディアリテラシーが必要なのは若者ではない?

    今回僕の動きはどんな感じだったかというと、まず実況アナウンサーは本当に試合の実況だけしかしないんですよ。逆に僕らは試合が終わった後に、ミックスゾーンに選手が出てくると、その選手の声を録音をします。インタビューを取れるときもあるし、全然インタビューはできないときもありました。

    要するに選手に直接声を聞く。記者会見がやっていたら記者会見にも出て、記者会見でも代表質問ができるし、そこで質問して音源を取ってくる仕事があったんですけど、ここでハタと気づいたのが、10〜20代の人間がこんなに今テレビで発言しているのを見たことないぞって思って。

    望月

    確かにそうですね。

    吉田

    全然見てないですよね。で、その子たちがみんな異様に優秀で。特に今回メディアでまずい発言をしたアスリートはたぶん誰もいないですよね。

    望月

    確かにいないですね。

    吉田

    みんな今の子たちはメディアリテラシーが鬼高いんです。全員が全員言ったのが、まず「開催してくれてありがとうございます」ほぼ100%の日本のアスリートが言ってると思います。海外のアスリートは、稀にしかそう言わない。それに対して、日本のアスリートは、全員が、加えてここまで支えてくれた家族やスタッフへの感謝も口にします。この発言をできないとスポーツを人前でやらせてもらえない、新しいポリコレの時代がやってきているな、と感じました。

    望月

    なるほど。

    吉田

    すごく恐ろしいポリコレ生んじゃったんですよ。開催してくれてたことについての感謝、あまわりの人間への感謝をしないやつはヤバい。それは、40〜50代やもっと上の世代が上から目線で無意識にかけていたふるいです。でも今の優秀な10〜20代は、そんなポリコレに負けないわけです。

    SNSの裏垢世代の10〜20代たちは、オフィシャルにみんなが見てる場所で、ナチュラルにポリコレに即した発言ができるんですよ。それを見ていて、前の時代の知恵があまり役に立たない時代に入ってるんだと思いました。メディアの中では、上の世代は、若者に手玉に取られている。

    望月

    なるほど。

    吉田

    で裏に回ったらみんな優秀で、オフィシャルな場のインタビューとは別に、まず10分ずつNHKに出てTBSに出てフジテレビに出る中で、最後にラジオもあるんですよ。ラジオのところで話を聞くと、ラジオだとちょっと砕けてもいいんですよって言ったら、「ですよね」みたいになって、そこに合わせた話をちゃんとしてくれるんですよ。

    オリンピック選手で「ぼく実はジョジョが好きで」みたい話をしてくれて、「えっそうなんですか」みたいな話をちゃんと聞かせてくれたり、10〜20代の選手たちは、この辺のリテラシーのわかってる具合がとてつもなく高い。今回で言うと、若い世代は「めちゃくちゃ優秀じゃん」ってことにまず心が打たれることがあって、それに対して上の世代の体たらくが目立つのが、今回のオリンピックの僕の印象です。

    「開催してくれてありがとう」も、ちょっと意地悪にあえてウラを取って読むんだったら、たぶん「余計なことしないでくれてありがとう」なんですよ。説教する人にはもう生きづらい時代になったと思います。若い人に説教できるほど、上の世代の方が知恵がある、とは全く言えない時代です。

    望月

    体たらくはオリンピックはそうでしたね。

    吉田

    上の世代の体たらくは本当にひどくて、今回オリンピックが終わったあとに、16〜17歳ぐらいのアイドルだけが出演するアイドルイベントの司会を、オリンピックとまったく関係なくやったんです。開催時期が時期だったんで、「オリンピックは何を見てましたか?」みたいな質問を、上の世代の作家さんが用意していたんですけど。

    アイドルたちはオリンピックを驚くほど見てない。当然オリンピック見てるでしょって、上の人たちは思ってたと思うんですよ。少なくとも40代ぐらいまではそういう感じがあると思うんですけども、もう20代だと、言ってることの意味が若干わかんないんだと思うんですよ。

    オリンピックは国民的イベントだからみんなでオリンピック見る。「えっ? そんなことある? 別に」みたいな感じだと思いますよ。みんなTikTokを見ていたり、本当に関係なく自分のSHOWROOMの配信をやってましたね。というぐらいに分断がすごいんですが、40〜50代より上は、分断されてないと思っている人たちがかなりいる。

    平林

    どこに分断の境目があるんですか?

    吉田

    20代ぐらいじゃないですかね。

    平林

    30代はもうオールドジェネレーションですか?

    吉田

    30代は気づいているとは思うんですけどって感じかな。40代以上だと本当に気づいてない人がたぶんボコボコいて、30代だと気づいてはいる。20代はそもそも新しいところで、「おじさんたち何考えてるかマジわかんない」し、興味ないんだと思います。

    平林

    20代や10代の中でも大きく分かれたりしてないですかね?

    吉田

    もうバラバラが当たり前なんです。バラバラが当たり前なので、流行りのものを身につけてドヤるみたいなことは、おそらく10〜20代にはもうないんですよ。流行りが自分たちの身の回りにしかないから、バラバラなんですよ。バラバラな人が同じように身の回りにいることがたぶん腹で分かってる。

    平林

    それって日本だけなんですか? 他の国もそうなんですかね。

    吉田

    どうなんですかね。SNS云々ができてからは、各国そうなんじゃないでしょうか。みんなメディアリテラシーが異常に高いのは、SNS登場のためだと思うんですよね。

    望月

    そうか!ということは、若い子にメディアリテラシーと別に言わなくてよくて、学ばなきゃいけないのって、本当は上の世代って話ですか。

    吉田

    間違いなくそうです。私は、いまエコーチェンバーが一番気になっています。自分と同じような意見ばかりがネットで手に入る、フィルターバブルやエコーチェンバー。SNSがない時代に過ごしていた人たちは、SNSを新聞やテレビと同じような信頼性があるものだと思って、受け取っている可能性がある。

    プロのジャーナリストの裏づけしたテレビや新聞に出る「だいたい正しい」情報と、SNSに適当にしゃべってたことが書かれているものとは全然意味が違うことを、口では「わかってる」と言うと思うけど、たぶん肌でわかってない。でも10〜20代は受け止めるときの眉唾が上手いんです。彼らは「そう言っているやつがいるけどさ」って思っていると思います。

    SNSはおじさんに有害論

    望月

    スケボーの試合での選手の振る舞いは、国を超えた感じがすごく良かったですね。

    吉田

    僕もスケボー会場にいましたけど、スケボーの試合ははみんな挙げますよね。

    平林

    若い世代のいい価値観と雰囲気を、おじさんたちが邪魔してる感じがしますね。

    吉田

    していますね。

    平林

    そうしたらおじさんは有害でしかないですね。

    吉田

    そうですね。本当はSNSが誰にとって害悪なのかというと、子どもじゃなくておじさんにとって害悪なんですけど、これまでおじさんに有害論は見たことないですね。SNSはおじさんによくない。

    平林

    面白いね。

    吉田

    SNSはおじさんに有害だと思いますよ。そのおじさんたちは新聞だけ読んでくれた方がいいと思う。

    望月

    確かに。

    吉田

    ニュースのためだけにSNSを使ってるんだったらね。

    平林

    最近僕はおじさん不要論を唱えようかと思ったんだけど、問題は(僕らも)おじさんなんですよ。じゃあどうしたらいいのか。自己否定になってくるよね。。

    吉田

    そうなんですよ。

    平林

    おじさんにも、大丈夫なおじさんと、ダメなおじさんがいてほしいと思うんだけど。

    吉田

    そうなんですよね。いま言ってることも、「僕は大丈夫なおじさんだよ!」と必死で主張している感じもありますよね。

    平林

    僕も自分で痛々しいのかなって思ってしまう。

    吉田

    痛々しい可能性は大いにあると思いますけど、自己弁護を続けると、おじさんになると、新しいことを始めることが億劫になったり、恥がかけなくなるじゃないですかと言われて、「私、二つとも全然そんなことないんだけど」と思ったんですよね。誰も初めから自分の言うことなんか聞いてくれないと思っていたら、別に両方なんとも思わないんですけどね。

    望月

    今の論でいうと、若い人たちはおじさんが失敗していても、別にそれをあざ笑うことはないような気もします。

    吉田

    ないと思います。全然ないと思うのに、それを怖がっているのかな? おじさんは、という気はしますね。オリンピックで若い子がスケボーをやっているのを見て面白そうだと思ったら、おじさんもスケボーやればいいんですよ。それには別に若者もそんなに冷たくないと思います。

    平林

    ウェルカムだと思う。

    吉田

    ただ若者に気に入られようと思ってやってたらまずいと思う。

    一同

    そっ閉じの時代

    別に気に入らないものに興味を無理やりに持ち続ける必要はないし、いま一番大切な概念は「そっ閉じ」だと思うんですね。

    気に食わないことがあったときに、ずっとそれに付き合ってわざわざそいつを問い質してやろうと思ってリプライを送りつけるんじゃなくて、しょうがなかった、こういう人がいるんだと思って「そっ閉じ」。そっと閉じる。超大切だと思います。

    精神科医の斎藤環先生と興味深いことを話したことがあって。ニコニコの生配信がひきこもりに効くらしいんです。これは面白いなと思ったんですけど、ニコニコって、コメントにアンチコメントがあんまりないんですよ。ニコニコで生配信を見ていて「こいつしょうもないな」と思った場合には閉じる。それはなぜかというとニコニコ動画は多チャンネルで他にも見るものがいっぱいあるから、こいつ、つまんねえ腹立つと思ったら「そっ閉じ」しちゃうんですよ。

    精神的な勇気づけの基本構造って、何かいい行動があったときにプラスのリアクションを返す。まずい行動があったときは、マイナスのリアクションを返すんじゃなくて、スルーするんです。マイナスにはリアクションを返さないのが勇気付けの基本です。

    その勇気付けの基本構造がニコニコには自然にあるので、引きこもりの人がニコニコの生配信をやっていると、社会に復帰できたりする。他のサービスよりも全然その率が高いって話を聞いて、なるほどと。問題行動を見つけたときに、注意するんじゃなくて、「そっ閉じ」をする。リアクションをしないことで一番問題行動が減るんですよね。

    そうするとみんなが何かまずいことやってんなと思ったときに、「おい、お前そんなことをするなよ! そこにゴミを捨てちゃだめだろ!」ではなくて、そこはスルー。逆にちゃんとゴミ箱にゴミを捨てたときには、「ゴミ捨てて偉いね」ってリアクションが返ってくる世界が、一番理想的じゃないですか。だから「そっ閉じ」の時代です。

    望月

    僕も「そっ閉じ」に近いことが以前よりできるようになりました。どうしても自分がコメントして終わろうとすることを止められるようになりましたね。

    吉田

    うん。「そっ閉じ」ですよ。オジサンたちはすぐに「そっ閉じ」を身につけるべき。

    望月

    「そっ閉じ」ができないおじさんはたしかに多いですね。

    吉田

    いまアイドルで僕が最も鋭いなと思っているグループ名が「ヤなことそっとミュート」、通称が「ヤナミュー」なんです。こんなに大切なことを言ってるアイドルグループ名はないですよ。「そっと」が重要。騒ぎ立ててみんなで攻撃しようぜ、じゃない。

    望月

    確かにそうですね、今は騒ぎ立てる人たちが多い。コロナの時代こそ「そっと」が必要ですね。

    平林

    これから「そっ閉じ」を実践してみようかなあちこちで。どうなるかな。

    吉田

    ひょっとして、もしかしたら今の言葉でいうとアンガーマネジメントみたいなことかもしれないですよね。

    望月

    確かに。最後に一番来ましたね「そっ閉じ」が。

    平林

    効くね、この言葉。

    吉田

    「そっ閉じ」しましょう。僕が「そっ閉じ」しているかしていないかだと、しまくってます。その方がストレスもあまり感じないんですよ。

    取材のあと

    声配信アプリ Stand.fmを使って、取材後のインタビューをしています。

    ここには出ていない話もあり、それらは「まえとあと」サポーター制度「まえとあとも」向けのメルマガで配信をしております。

    最後に

    11/29(月)によっぴーさんと、江島健太郎さんと遠藤諭さんの3人でオンラインイベントをおこないます。

    Basic Insight Vol.5「フィルターバブルとエコーチェンバー」

    Profile

    吉田尚記

    1975年、東京都生まれ。慶應義塾大学文学部卒業。ニッポン放送アナウンサー。ラジオ番組でのパーソナリティのほか、テレビ番組やイベントでの司会進行など幅広く活躍。また漫画、アニメ、アイドル、デジタル関係に精通し、「マンガ大賞」発起人となるなど、アナウンサーの枠にとらわれず活動を続けている。2012年に第49回ギャラクシー賞DJパーソナリティ賞受賞。著書に『なぜ、この人と話をすると楽になるのか』(太田出版)、『元コミュ障アナウンサーが考案した 会話がしんどい人のための話し方・聞き方の教科書』(アスコム)など。