心の stay home のまえとあと / 西田二郎

  • 西田二郎読売テレビ
    ビジネスプロデュース局

写真:平林克己
聞き手/編集/執筆:望月大作

まず社会に出たことが転機だった

何かの点で変わったことで言うと、気づくことやハッとすることは、既にその都度その都度一つのアクションの中で、必ず気づきがあってやっていることだから、僕にとって一大転機でこれがってモノは、社会人になれたってことかな。

社会に出れたというか。本当にやり方もよく分からず就職活動している時に、採用試験を受け続けて、今の会社に出会ったので、よくぞ社会人にしていただきましたって感謝はあるかな。

望月

会社に入るまでの学生時代は何か目標だったりはあったんですか?

西田

自分の目標とかどんな人間になるかみたいな具体的なイメージなんて、さらさら大学生も高校生のときもなかった。あったとしても高校生の時は、野球もしてへんのにドラフトで声がかかるんちゃうかと思ってるぐらいで。要は自分が社会に対してリアリティがなく、大学生の時も気がついたら何もしないで夕方になり、一日が終わっちゃったねと。この一日を同じ大学生で同じく生きている人はより有効に使ったり、出会いがあったり気づきがあったり。でも僕がやっていることは結局「今日もこの夕日を見ているのか」みたいな、本当に何をもってこの世の中に意味を持って存在してるのかと突きつけまくられた感じやった。

だからそれはつとめてすごいと思うのは、個人の尊厳的にはめっちゃ思ってるんねんけど、社会性だけだと、さらさら自分の中にはないって延々思っていたような人間やったから、学生のころはもちろん活動的ではあったけど、本当に学生時代から心のstay homeはしていたね。

だから今回のコロナ禍の時、自分の中ではめっちゃ懐かしい感じがあって。初めてってより、「ああ〜(懐かしい)」って。一方で学生時代に持っていた気持ちの中には焦りもあったしね。その無為に時間を過ごしている人間が、泰然自若として悠然とこれでいいんだよって思えたら、めちゃめちゃカッコいいと思うねん。行動は全くそうなんやけど、気持ちは焦っているわけね。

このコロナ禍で常識だと思っている範囲が、その辺の映画や物語で感じる以上の現実で降りかかってきたわけやんか。コロナにかかった人はいろんな意味で大変やと思うけど、本当に健康である人も部屋にいることを余儀なくされた。

このことで、考えることや感じることって圧倒的に増えたし、誰もがいま一度自分ってモノが何なのか見つめ直したんちゃうかなと思う。だから人間って、ある種社会って袋の中に存在しているんやろうけど、今回は家や個に近いところでその袋からむき出され、自分にきっちり向き合う人は向き合うことになった。すごくそれが何を意味するのかなと思っていて。

僕はたまたま読売テレビに入り、モノを作る仕事をすることになって、24時間何かオモロイことないかな、何かヒットすることないか考えてきた人間からしたら、自分がほとんど外に出ていても、自分個人の中ではstay homeやった。体でアクションする意味で、もちろん外的に動いているけど、心の中はstay homeだった。

結局モノを作っていくことは、外に向いて何かを伝えるべきことであり、伝えるべき何かを見つけていくことは、「意外と自分の中の旅になるのかな」ってことを改めて思った。

だからそういった意味では、このコロナ禍のタイミングはどういう可能性があるか、若い子を含めてやけど、否応なく自分に向き合う心のstay homeをした人は、たぶんコロナ禍明け以降は、違った形でどんどん発信をしていくんだと思う。もちろんコロナ禍のタイミングでしか出来ない発信の仕方をする人もいたとは思う。僕も少なからずこのタイミングで出来ることがないか色々考えたりしたからね。

焦らされてはいけない

今回の僕の気づきは、焦りたくなる気持ちはあるけど、焦らされてはいけないんだなって。人それぞれのタイミング、人それぞれのテンポ、個人個人独自のリズムを持って生きているから、社会のテンポの中に自分を合わせに行っちゃもうダメだよって強く言ってもらえているような気がする。

これは自戒の念も込めてやけど、僕自身がいろんな場所で喋らせてもらう中で、もちろん頑張ろうはいいし頑張らなあかんし、手を抜くことなんてない。一生懸命いろんなものに向き合うやろうし、自分にも向き合うけど、焦らされちゃいけない。焦るのは人のテンポだからなので、自分のテンポはこれからすごく大切になってくる気がしていてね。そう偉そうに言っている自分が、じゃあ本当の自分のテンポって、いったい何なんやろう?といま思っている。

望月

今の話題に近い話で、以前取材でも、「良い意味でジコチューでいれたら」と言ってました。

西田

だから人によってはジコチュー、自分そのものとか好きなものをするとか、たぶんもうコロナ禍前から言われていたことだと思うんですよ。やっぱり自分のテンポを持たなければいけないよってこと。

それがよりすごく大切になってくるし、いろんなテンポのものが混じりあってくる多様性こそが、これから世の中の新しいスタイルになってくる。だってもうある人はリモートで成果を出すと、それはもうリモートで良いとなるわけでしょ。

今までみたいに気を遣って、わざわざ会社に行くみたいなことはもうないわけやんか。その人が会いたかったら会いに行ったらいいわけでね。「何で来たんですか」と言われたら「会いたかったから」と言えばいい。

まえとあとと、波長派

望月

逆にだからそういう意味では、波長が合わないと成立しない部分が、今も含めてありますね。

西田

望月くんはもともと波長派やんか。だから本当に望月くん自体の存在が、ちゃんと粒立ってくると言うか、前の時代から新しい時代を司るというのか。すごくそこにそぐう似つかわしい人だと僕は思っているけどね。

望月

そういうことはたまに他の人にも言われることがありますね。

西田

それをビジネスに組み立てるのが上手だったりは、今まで大切なスキルやったんやろうと思うけどね。たぶん程なく今の望月くんが持っている波長派の人の感覚は、単純に他の人は真似できへんからね。

望月くんは気を遣ったりする部分もあるかもしれんけど、ちゃんと自分の波長を尊重してるよな。ちゃんと自分の波長って自分の中の枠を、いろんな人を見ている中でも、はっきりあるんちゃうかな。だって望月くんが面白い人と人選している人が面白いねんもん(笑)。

望月

(笑)本当におかげさまでいろんなつながりで。

西田

だからこの「まえとあと」は、コロナ禍前とコロナ禍後って捉えられたり、人それぞれ、今まで生きてきた中で「前」があり、何かがあったから今この「後」がある。「まえとあと」は、やっぱり人間にはどこかに前と後がるとしたら、僕はこの「まえとあと」に取材をして頂いてる人こそが、「あとの人」だよってクローズアップされていくような世の中になって欲しいな。

望月

そうですね。

西田

だから特にこれから思うんやけどね。実績とか何か荷物を背負って仕事するのが仕事の仕方やと思うし、絶対それが変わるかと言えば、そうじゃないとなるんやろうけど、やっぱり今まで以上に毎日毎日気づきを持って生きたいよね。毎日毎日が「あと」になっていて欲しい。

このコロナ禍で我々が、どうしてもならざるを得なかった、仕向けられた環境の中から感じて学べるものだとしたら、「まえとあと」というネーミングってバッチリやなと思うよね。センスね。

過去の成功体験から最適解を求めないこと

望月

結局このコロナ禍で戦争だったり、こんな状況が起きないと、いろんな状況は一気に進まないと思いましたね。

西田

いままで便利なものが世の中を変える時代があったと思う。例えば未来の便利なものは、いっぱい考えついているし出来るようなモノもいっぱいあるんやろうけど、でもそれは目の前に出たら、いろんなモノの選択肢の一つなだけで、そんなに未来に進まへんもんね。

だから今回のこの状況も、もう未来の状況は出来ていたけど、そういう状況にさせられたことで、世の中は変わっていっていることで言うと、もしかしたら世の中の変化は、これからも今回に限らずドラスティックでいろいろなものが出てきてしまうことにもなる。それが歓迎されるべきものかどうかは分かんないけど、あるかもなって気もするよね。

でも改めて、誰かがやるからやると焦ったらあかんってことだと思うんよね。

望月

本当に今回はそこまでは焦ってはいないんですけど、本当に何にもなかったら、この状況だと完全に焦っていると思うんですよね。

西田

そうやと思う。何かが無くなったとか、このままじゃあかんのは、いろんな状況が人それぞれあるから、それはそうやと思う。それにしても何かやらなあかんとか、○○ねばならないの生き方じゃなく、○○をやるという確信というか、突き動かされ方を変えていかなあかん気がしてる。

そうは言っても自分がどれだけ出来るか分からないし、今までは焦っているか焦っていないかで言うと、自分自身が出来ることをどれだけ番組などにセットできるかをある種機敏にやるべしとやっていた。そういった意味では、いま僕はそこら辺の考え方のセットも変えなあかんと思っているけどね。

過去があかんかったわけじゃなくて、人間って時代時代その時その時の環境に自分自身を最適化していくと思うのよ。コロナ禍があった時には、世の中もいったんは元に戻ろうとする。何も戻らないんじゃなくて、けっこう戻るとは思うんよ。

でもここで経験したことがある以上、満額戻るんじゃなくて、違う答え、違う解が出ると思うんよね。次の時代の最適化の答えは間違いなく違った方程式になるんやと思う。

それがコロナ禍の初手の頃は、びっくりするぐらい違う答えが出るぞとか、もう大変なことになるぞって言ってたけど、やっぱり世の中が戻ってくると、いや言うてもってなってくるから、何となくみんなの中で、今までと同じ答えでイケるんと違うかなって期待が高まってくる。高まってくるんやけど、それがその答えじゃなかったときのガッカリ感も大きいはず。

だから最適解は変わるんだろうなと思ってないとあかん。僕は今まで自分が生きてきたルールとか、その環境の中で自分なりの最適解を出してきたつもりやけど、その答えの出し方自体が、過去の最適解の方程式に則らないようにせなあかん。

でも人って難しくて、成功体験がある人は成功体験に乗っちゃうしね。乗るなと言っても無理で、答えはその方が早く出るんやもん。だからそういった意味では、今まで何の実績もなかったり、答えをまだ出してなかったり、出し方が分からんかった人のほうが、むしろ次の時代の答えの最適解に近いかも知れない。自分の中の焦りといえばそれかな。そうであってはあかん。

他の方はどんな感じで捉えているのか分からないんだけど、自分の中では、なるだけ自分をバラバラにしておかないとアカンなと思いつつ、本当にどれだけ出来てるんかと思う自分もいるし、だからずっとそれはそれで焦るって意味ではなく、延々今もせめぎ合いだよね。

でもそれって、暇な学生時代に何もしないで無為に過ごしていた自分が、たまたま会社に拾ってもらったところからスタートした社会的な生活の中で、果たせるものって何やとけっこう自分の中ではガリガリなったわけですよ。

心のstay homeをしていた人間が、社会で答え出せってガラガラガラっとなったんですよ。その時に見つけ出した答えが、番組の中でのヒットも含め、自分なりのこんな方法だったってことやと思うねん。

だから本当に今はそのときに近くて、たとえばコロナのあいだが学生時代、後はこれからまた会社に就職するみたいな感じで、ここから今の時代における最適解を叩き出せるのかどうか。このときに昔の自分がやったことを忘れるぐらいの自分でありたい。

取材のあと

音声配信アプリ Stand.fmを使って、取材後のインタビューをしています。

Profile

西田二郎

1965年生まれ。大阪府寝屋川市出身。大阪市立大学経済学部卒。読売テレビ放送株式会社入社。「11pm」「EXテレビ」を経て「ダウンタウンDX」を演出。1998年制作会社「ワイズビジョン」出向、あまたの放送局と数々の番組を演出。最近希薄になりつつある人との「つなガリ」をテーマに、「ガリゲル」を演出した。タレントに頼らないバラエティ「西田二郎の無添加ですよ!」では民放連盟賞優秀賞。パインアメプロジェクトや第一興商プロジェクト、流通科学大学プロジェクトなどコンテンツとビジネスを繋げる施策から、NJ名義にて日本クラウンにも所属し、音楽家としてFM OH!にて自身のラジオも持つ。会社員の枠に囚われずパラレルに活動を繰り広げる演出家。
nishidajiro.com