アルコール依存症だった男が、アルコール依存症を支援していた酒屋と出会ったまえとあと2022 / 宮崎智之(フリーライター)×岩田謙一(岩田屋商店)【前編】

  • 宮崎智之フリーライター
  • 岩田謙一岩田屋商店 三代目

写真:平林克己
企画/編集/執筆:望月大作

目次

  • アルコール依存症だった男 in 岩田屋商店
  • 東京生まれ、東京育ち、東京西部・東部の邂逅
  • 「後」なら「前」を考えられるが、「前」なら「後」は考えられない
  • 価値観は変わっていくもの
  • 後編
  • アルコール依存症だった男 in 岩田屋商店

    岩田

    酒屋へ来ることに抵抗はないんですか? いま酒に囲まれてますけど(笑)。

    そんなわけで、岩田屋商店でこれまでにないだろう対談がはじまります。

    宮崎

    僕は酔っぱらいに慣れているので、相手が酔っ払ってくれた方が楽なんです。最近では素面で飲み会に行くのにも慣れてきました。もちろん、今でも飲みたい気持ちはありますけどね。でも飲まないと決めています。

    意思の力だけでは、なかなか断酒はできませんが、飲まない運命を受け入れているつもりでいます。飲んだらまたやめられなくなるのが目に見えていますから。僕がお酒をやめられているのは意思の力ではなく、むしろ自分がかかえている「弱さ」のおかげだと思っています。今日の対談、僕と岩田さんの共通の話題は、人間の壊れやすさですよね。

    岩田

    私もこれまでの経験から人間の壊れやすさを感じました。自分はなんとかできると思っていたし、むしろ人よりも強く上手くできているんだろうと思っていました。

    宮崎

    僕は特別頭がいいわけじゃないんだけど、とりあえず頑張れば乗り切れるだろうって心のどこかでは思っていました。

    望月

    僕は頑張らないほうかな(笑)。

    宮崎

    僕は人に任せるのが苦手なんです。

    岩田

    同じだ!

    宮崎

    全部自分の目が届いていないと嫌で。

    望月

    宮崎くんは孤高な雰囲気があるもんね。

    宮崎

    編集プロダクションに所属していたときも、結局は自分で書くのが一番ラクでした。ほとんど全部自分の仕事は自分でやっていた。これかはらほどほどにやっていかないといけない。人に任せることができないと、いつか潰れてしまいます。

    岩田

    それに気づいたわけですね。自分に何が必要で、何がいらないのか。

    宮崎

    幼いころはすごく幸せだった(笑)。いつからか世の中が昔みたいに見えなくなる瞬間があるじゃないですか。

    岩田

    あります。わかる。

    宮崎

    よく言うんだけど「ダンゴムシが絶滅した問題」がある。昔はあんなにダンゴムシたちがいたのに、今周りにはいない感じがするじゃないですか。「ダンゴムシ問題」はセンチメンタルだと思われるけど、僕は昔みたいにきれいに世の中が見えないって寂しかったんですよ。

    酒を飲むとたまに世界がきれいに見える気がする。でもそれは幻想だった。それに気がつかずにアルコール依存症になってしまいました。

    岩田

    確かに世界をきれいに見るのは素面じゃないとね。酔ってフィルターで見ると、また違った見えかたもするのかもしれないけど。

    宮崎

    いまだにお酒は悪いものだと思っていません。上手に付き合えば、人生の良き友になる。でも僕はもう駄目だから、素面の状態で世界をもう一度、世界を見つめ直そうと思っています。目を皿のようにして、身近なものを見続ける。聴き続ける。そこにこそ豊穣なクリエイティブの原資が眠っていると確信しています。それが今の文筆活動でやっていることです。

    東京生まれ、東京育ち、東京西部・東部の邂逅

    望月

    移住は考えない?

    宮崎

    東京出身でほぼ東京以外に住んだことがないですからね。出身の福生市は田舎だけど小学校の友だちとは未だに一番仲がいい。だから東京のマイルドヤンキーとは僕のことだと思う。

    一同

    望月

    岩田さんも東京出身(墨田区)だもんね。

    岩田

    そうですね。

    宮崎

    そういう意味では東と西だから、ある意味で両極端。

    岩田

    地理的にはまったく正反対だと思います。

    宮崎

    僕の地元は埼玉や山梨に近いんです。

    岩田

    そうですね。福生とは交わることがなかった。

    宮崎

    岩田さんは事故をする前と後で、感覚は変わりましたか?

    岩田

    交通事故が21歳だったので、そのときの前と後で考えたら、まったく人生観も価値観も変わった。事故前はそれなりに中学校・高校・大学と私立でエスカレーターを上っていく中で、そのまま社会人になり、金を稼ぐ方法の仕事を見つけ、いかにラクして生きていくかって考えだったかもしれない。

    事故後はこれじゃダメだと。否定するわけじゃないんだけど、これまでの人生は違うんじゃないかって。

    宮崎

    21歳のときだから、僕よりも転換点が早いですよね。

    岩田

    明日死ぬかもしれない経験をして、宮崎さんも同じように2回の膵炎で入院して底をついた。自分も適当な人生を送っているとは思わなかったけど、事故ったら適当だと感じた。

    宮崎

    めちゃめちゃわかります。

    岩田

    今のあなたは「こんなだよ」って鏡を見せつけられた感じがした。

    「後」なら「前」を考えられるが、「前」なら「後」は考えられない

    宮崎

    人生は意外と短いですからですから。僕が20代のころはまだ大量にお酒を飲んでいたころなんだけど(笑)。アルコールの問題は、もっと早く直面しなくてはいけないことだったと思う。でも、僕の場合はもうちょっと愚鈍だったから長引いた。

    岩田

    でもその時に「今の自分がダメだ」と気づく人間ってなかなかいないじゃないですか。

    宮崎

    うん。

    岩田

    宮崎さんも膵炎にならなければアルコール摂取を続けていたかもしれない。そこの気づきは、その前と後で言うと、後の”自分”は前を考えることはできるけど、前の時点の”自分”では、後のことなんて考えられない。

    宮崎

    本当にそれは重要ですよ。

    岩田

    今回のテーマの前と後が自分で何だろうなと考えたけれど、後なら「前」を考えられるけど、「前」なら「後」は考えられないというのは極限。人生を生きていく上でそれに気付けたら、前と後なんて考えなくなる。

    宮崎

    僕は小学校・中学校・高校で勉強をせず受験勉強で何とか帳尻合わせをしたんですが、タイムマシンに乗ってその当時に戻り、「勉強した方がいいよ」と当時の僕に言っても説得できないと思う。「前だから」。

    もし「前」の段階で説得できるなら、人間はもっと進歩しますよね。親はいつでも勉強しなさいって言うものです。僕の場合は30代中盤で父が亡くなり、その頃、ちょうど僕もアルコールを止め始めたころで、リアルに自分の寿命を考えてみたんです。父が71で亡くなって僕が35くらいだったから、父の寿命を基準に考えると、折返しだと本当に実感して。

    そう思うと最後の数年は体を壊してるとして、父が亡くなる年齢まで元気でいられるのはあと25年ぐらいかな。父が亡くなった年齢で自分の人生を考えたらそうなります。でももっと長生きするかもしれない。それこそ、70歳の自分からすると今も「前」かもしれない。

    岩田

    そうそう。結局今回のテーマの根本。

    宮崎

    70歳の僕からすると「いや、こうした方がいい」となっているかも。

    岩田

    「40歳の俺は何をやってんの!」みたいな。

    宮崎

    でも70歳の僕が未来から現在に来たとしても、たぶん僕を説得することは出来ない。

    岩田

    今が今である以上は、「前」も考えないし、「後」も考えない。

    宮崎

    だから現在も、常に今が「前」である可能性を考えながら生きなきゃいけない。そうしないと単純に成長しない。以前心が壊れたことだって、もちろん頭の中では「心が壊れることがある」世の中だと知っていたけど、まさか自分がそうなるとは思っていなかった。自分が壊れる「前」だからわかんなかったですよね。壊れてからは単純に少し優しくなりました。

    望月

    宮崎くんは今の方が丸いもんね。

    宮崎

    僕の場合、結構ひとりよがりな部分もあるから、どう気付けばいいのかというと、周りをよく見ることなんだと思う。それまでは周りをよく見ていなかった。例えば望月さんとは10年ぐらいの付き合いだけど、望月さんのことを2〜3割知ってるか知らないかどうか。

    日常にあることの変化や機微をよく見て記述すること、今目の前にあることをよく見て聴いて感じること、それがごく個人的なことだからこそ、そこから社会やみんなに接続できたりする気がしているんです。

    岩田さんは酒屋の仕事をしながら、もともと福祉の仕事もされていた。今も街を回りながらいろいろとご商売されていると思いますが、同じようなことを感じませんか? わりと目の前の単純なこと、目の前の人の話を聞くとか。

    岩田

    目の前の人と話をしていかないと、何も深まらない。宮崎さんの言う通り、以前は目の前の人のことをちゃんと考えないこともあった。酒屋のお客さんでも明らかにアルコール依存だろうって人も来ます。

    これまでは酒が売れたらいいと思ったこともあるけど、でもちゃんと話さなきゃいけないと思って呼び止め「最近飲み過ぎじゃないの?」と話を聞いたり。

    宮崎

    アルコール依存症のお客さんに、「今すぐにお酒を止めて」と言っても難しいですよね。

    岩田

    本当に何回も何回もその人は酒屋に来るから、都度話します。

    宮崎

    そういう酒屋さんも珍しいですよね。

    岩田

    酒を売らなかったこともあった。飲み過ぎて明らかにダメだと思ったらもう帰りなさいと言ったことも。

    宮崎

    僕の行きつけのバーのマスターも言ってました。僕がまだアルコールを飲んでいたとき、あまりに痛飲している日には途中からアルコールを薄くしていたって。

    岩田

    僕もノンアルコールビールを出したこともあった。

    宮崎

    ノンアルコールでも泥酔してる人は気づかないですからね。

    一同

    岩田

    それが酒屋としてなのか、人としてなのかなんだけど。

    宮崎

    その行為は「人として」ですよね。

    岩田

    そう。その人のことを見てないと気付けないこともある。

    宮崎

    自分自身も。

    岩田

    そうですね。別にいいや、適当でいいや、酒売れればいいや、儲かればいいや、ではなくて、じゃあ商売以外でもその人にとって何が大切なのかって。たとえば妻と喧嘩したら、そこで「もういいや」ではなくて、いかに膝を突き合わせて話をしていくか。自分はそれが苦手だった。

    宮崎

    僕もそうです。とにかく1時間で白黒はっきりさせようぜって感じで。白黒はっきりしていないと嫌だった。

    岩田

    僕もモヤモヤするのが嫌で。

    宮崎

    考えてみれば人間関係、特に夫婦間で、あと1時間で解決しなきゃいけない問題なんてないじゃないですか。モヤモヤ耐性は、今の世の中に大切なものだと思います。

    岩田

    だからこそ、胸がギューとなって苦しくなる思いがすごくあった。

    宮崎

    わかります。僕はまだなかなかうまくはできないけど、少しずつ膝を突き合わせて話すことを覚えようとしています。価値観が合うか合わないってよく言うけど、僕らは前と後で価値観が違うわけじゃないですか。人間は生きていると価値観が変わる。

    岩田

    そうですね。

    価値観は変わっていくもの

    宮崎

    たとえば実家に久々に帰ったら親が極端な”ネトウヨ”になっていたなんて、よく世の中にはある話。そうなったときに価値観を合わすことよりも、ちゃんとコミュニケーションをとれるかがすごく重要です。コミュニケーションをとり続けられるような関係性が重要なのは、生活でも商売でも同じです。

    岩田

    別に価値観なんてどうでも良くって。

    宮崎

    価値観は変わりますから。

    岩田

    自分も変わったし、2年前には鬱になり、さらに価値観がガラッと変わった。鬱になった当時は仕事がフルで、自分の本業以外にいろいろなことを請け負ってパンクしました。でも自分ではできると思っていた。だから気づいたらもうダメで、電車に飛び込む寸前でした。妻に相談したらもうダメだから病院行こうって。

    宮崎

    本当にわかります。疲れているときは、自分で疲れていることが分からないんですよね。

    岩田

    僕自身はハイテンションで、自分をスーパーマンだと思って、いろいろな仕事を請け負い、「俺はこんなに仕事が出来るんだ!」と。酒屋として頭を飛び抜けるには、店以外にいろいろなことに手を出し、メディアに出たり発信したり、自分ならできると思い「他の人と比べられないような存在にならない」といった意識が強かった。そこでいろんなエラーが起き、結果的にできると勘違いしていた。

    宮崎

    お酒をやめた後の話ですけど、コロナ禍で初めての緊急事態宣言のときに、妻が大阪に里帰り出産しました。立ち合いもできなければ、大阪に行って産まれてきた初めての子を一目見ることすらできなかった。東京に妻と子が戻ってきたのは3か月後でした。

    当時、ちょうど自分の著書を準備していたということもあり、よくメディアにも出ていました。その時、人から「疲れてますよ」と言われた。僕は「いやそんなことない」と言ったんだけど、3人ぐらいから「疲れてるよ」と言われた。そこでようやく僕は疲れてるのかなと我が身を振り返ってみたら、「めちゃめちゃ疲れてるわ」と気づいた。またガタガタと崩れたかも知れない状況に気づいたらなっていて危なかった。

    岩田

    いま思えばですよね。それで体調の変化や環境面は?

    宮崎

    そこで気づいたからセーフだったんですよ。プツンとなる直前で大丈夫でした。なにをしたかと言うと、単純に休んだだけです。でも、僕のようにせっかちな人間にはそれが難しい。

    岩田

    いま思えば、前と後なんだけども、前の自分にとっては、後なんてわかってないし。

    宮崎

    わからない。当時は本当に自分が元気で、むしろ冴えてると思ってましたからね。

    岩田

    だから今回、宮崎さんと話して、前と後の問題をどうするか考えたいんです。

    宮崎

    どうすれば前と後の問題を解決できるのかは未だにわからないんですよ。さっきも言いましたけど、「親はいつでも勉強しなさいと言う問題」ですよね。それですべての子どもが勉強するなら「後」からの助言は有効だということになるんだけど、ひたすら「前」を生きている子どもにはそれがなかなか伝わらないし、なにを隠そう僕がそうでした。

    岩田

    それと同じで、この世の中はいつも「あの時ああやっておけばよかった」というものばかりです。

    宮崎

    人生は一回性のものだから面白いと思うんです。僕は僕の実存を再現不可能な一回性のなかで生きているし、岩田さんは岩田さんの実存を背負って生きているじゃないですか。その行動の不可能性が面白い。

    望月

    だから「東京卍リベンチャーズ」が流行るんでしょ? タイムリープものだから。

    宮崎

    人生2回あったら、きっと考え方が違いますよね。

    岩田

    すごくつまんないと思う。

    一同

    (笑)。

    宮崎

    1回は失敗してもいいか、みたいな感じでね。

    岩田

    自分もバツイチなんですよ。今思えば「あの時こうすれば良かった」と思うこともありますけど、でも今の妻がいる以上は、その前のことを憂いたりもしない。

    宮崎

    何度やり直しても自分の人生だから。

    岩田

    そう。1回きり。

    宮崎

    1回限りでなくても、結果的に似たような人生になってくるんじゃないかって気がしないでもない。そこで、いかに今の「後」を感じられるかという問題が出てくる。

    岩田

    そうです。で、今の「後」の振れ幅を少なくしていく感じで。明日は昨日の「前」というか「前」感を無くしたいと思う。

    後編へ続く

    宮崎さん記事

    岩田さん記事

    Profile

    宮崎智之

    1982年生まれ、東京都出身。著書『モヤモヤするあの人 常識と非常識のあいだ』(幻冬舎文庫)、共著『吉田健一ふたたび』(冨山房インターナショナル)など。2020年12月には、新刊『平熱のまま、この世界に熱狂したい「弱さ」を受け入れる日常革命』(幻冬舎)を出版。犬が大好き。
    Twitter:@miyazakid

    岩田謙一

    1982年、東京都出身の小さな酒屋の三代目として出生。幼少期に隅田川のホームレスが好きになり大学では福祉を専攻。21歳の時、4トントラックに飛ばされ意識不明となる。2週間後、奇跡的に目覚めて九死に一生を得るも価値観が540度変わる。社会福祉士として13年間働くが、使命感に駆られ2019年に実家の酒屋を事業継承。唎酒師となり角打ちを始めて2年で売り上げはV字回復。2022年の秋には、角打ち併設の酒屋としてリニューアル予定。
    Instagram:@sake_iwataya