高知と出会ったまえとあと / 古川誠(メトロミニッツ編集長)× 和田早矢(株式会社ツクルバ コミュニティマネージャー)【前編】

  • 古川誠メトロミニッツ編集長
  • 和田早矢株式会社ツクルバ コミュニティマネージャー/フリーアナウンサー

写真:平林克己
聞き手/編集/執筆:望月大作

目次

  • 年間20回以上、高知に足を運ぶ古川さん
  • 高知でモネの庭に出会ったことが転機に
  • 高知はロマンチックな場所
  • 高知とは波長が合っている
  • 年間20回以上、高知に足を運ぶ古川さん

    古川誠(メトロミニッツ 編集長)

    和田さん、はじめまして。僕はオズマガジンメトロミニッツというメディアの編集長をしています。2021年からメトロミニッツは東京の人にローカルの日常の豊かさを届ける雑誌にリニューアルしました。毎月全国の情報を、さまざまなテーマに沿って特集しています。

    和田早矢(株式会社ツクルバ コミュニティマネージャー)

    そうですよね。私はメトロミニッツがすごく大好きです。ウェブで拝見した記事にあったんですが、高知にTOSACOってクラフトビールがあって。

    古川

    以前、TOSACOのビールを作っている瀬戸口さんとも対談をしましたよ。

    和田

    そうなんですね! 高知で瀬戸口さんと対談されたんですか?

    古川

    はい。去年高知の移住ツアーをメトロミニッツで開催したときに瀬戸口さんを訪ね、現場でお話をうかがいました。今度、香美市でブルワリーとお店を作ると言ってましたよ。

    和田 

    香美市、すごくいい場所ですね。それこそ川遊びしながらビール飲んでみたいな。

    古川

    瀬戸口さんは香美市のブルワリーでは生ビールが飲めるようにしたいと言ってました。

    和田

    私もまだTOSACOの生ビールって出会ったことがないです。お店でもそのまま瓶を出してるんで。

    古川

    僕が初めて高知に行ったのは2011年でした。もともと埼玉出身なんで、高知には何の縁もありませんでした。それが地域を飛び回る仕事をするようになり、高知によく行くことになったんですが、今では仕事とは別にプライベートでも行ってます。

    和田

    私も対談前に望月さんから古川さんは高知通だと伺っていて、いろいろと古川さんの記事などを拝見していたんですが、高知には年に20回ほど行ってるんですよね?

    古川

    はい。年によりますが、最近は20回くらい通っていて、今朝も高知から戻ってきました。

    望月

    本当ですか? 今日はありがとうございます。

    和田

    もちろん私も高知が好きって人に出会うときはあるんですけど、年20回も高知に通うなんて、ここまでの方はいらっしゃらないんじゃないかと思います。

    古川

    関係人口の最たるものだと思います(笑)。

    和田

    関係人口、過ぎますね(笑)。

    古川

    高知にはオフィシャルな仕事として行くこともあるんですが、高知の東部に北川村という村があって、僕はそこに通っています。実はその村のゆず農家さんに知り合いができて、毎年村でゆず栽培のお手伝いをしています。

    和田

    県庁は観光系の部署などに通われているんですか?

    古川

    今年の高知県では高知をサステナブルというキーワードでPRすることが公募案件だったんですが、メトロミニッツで提案したものが無事に採択された関係で、昨日高知県庁へご挨拶に行って、今日戻ってきたんですね。だから、このあとは月に1〜2回は高知へ通うと思います。

    和田

    あと半分ぐらいはプライベートの時間を作って、たとえば北川村に行ったりされるんですか?

    古川

    そうですね。プライベートでも、仕事でも行くから、結果的に月に2回くらいは高知にいることになってます。

    和田

    今回初めて自分の想像以上に高知に通っている方にお会いして、めちゃくちゃ嬉しいです。今で言うと、南海キャンディーズの山里さんも高知が大好きということで、高知に通われていますね。私が2018年までは、高知県のフジテレビ系列のテレビ局・高知さんさんテレビでアナウンサーをしていたのですが、受け持っている番組で高知愛が強いゲストとして山里さんに来てもらったことがあります。

    ほかには映画監督の安藤桃子さん、安藤さくらさんのお姉さんが高知に移住されています。でも古川さんみたいに、年に20回も通っているという人は初めて伺って、すごく興味深いです。私も古川さんの記事を読み漁りながら、高知での古川さんの活動を拝見しました。去年それこそ高知で、日高村などのPRをする移住促進のイベントの司会をされましたよね?

    古川

    はい。日高村と、隣のいの町と土佐市が合同で移住イベントをすることになり、その司会を、お笑いタレントのあつかんドラゴンさんと一緒にやらせていただきました。

    和田

    あつかんドラゴンさんとやられてましたよね。今回この古川さんとの対談の話をいただいた直後に、その古川さんが司会をされた移住イベントをまた開催することが決まり、私に今年の司会をやらないかと声が掛かりました。

    望月

    おもしろいね。

    和田

    古川さんが前回の司会だったんだと知って、ちょっとハードルが上がってやりづらくなりました(笑)。

    望月

    いや、そんなことない。

    和田

    前回のイベントでは日高村が登壇されていたかと思うのですが、安岡さんはご存知ですか?

    古川

    日高村役場の?

    和田

    そうです。やっぱりわかるんですね。

    古川

    そうですね。10年ぐらい通っていると、いろいろな地域や人とのつながりが出来ました。

    和田

    なんだか私も嬉しくて、心が温まります。

    高知でモネの庭に出会ったことが転機に

    和田

    古川さんは雑誌の取材などを通して全国を回られているからこその視点があって、それでもその中で高知が1番好きって言ってもらえることは、すごいことだよなって。

    北川村の記事も拝見したんですけど「他にもいろんな県がある中でなぜ高知が一番好きなのかと言われると難しいところもある。」とおっしゃっていましたよね。私はその中であえて言語化するなら、なぜ高知で、その中でもなぜ北川村がそんなにも古川さんを魅了したのかを知りたくて。

    もちろん私も北川村は高知で魅力のある村であるとは思うんですが、県外から毎回のように北川村に通っている方は珍しいと思うんですね。北川村と接点が出来たのは、何がきっかけだったんですか?

    古川

    北川村との接点は、以前、高知県中芸エリアの日本遺産協議会の仕事をしたことからなんです。高知県中芸エリアは林業がとても盛んで、そこではかって山の中を森林鉄道が走っていたんです。その鉄道で、山の中で切った木を海に運んでいたんですよ。

    望月

    なるほど。

    古川 

    その森林鉄道の遺構を見に行ったのがきっかけでした。今はトンネルの遺構がいくつか残っているだけなんですけど、それでもロマンがあって素晴らしかった。実は僕、鉄道系のものを見るのが好きなんですよ。で、その遺構巡りの中で北川村に行ったんですね。

    和田

    なるほど!

    古川

    その遺構を見た帰りに「モネの庭」という庭に寄ったんですね。北川村には「モネの庭」があるんです。オリジナルの「モネの庭」は、モネの最後の地となったフランスのジヴェルニーという場所で、モネ財団が所有しているんですけど、モネの絵にも出てくるあの睡蓮の庭ですね。あの庭と同じ庭が北川村にあるんです。そしてその庭はジヴェルニー公認なんですよ。モネ財団公認の庭は日本では北川村だけなんですけど、人口1300人の村にそれがあるんです。僕はその「モネの庭」を見てとても感銘を受けました。

    そこから「モネの庭」に季節ごとに通っていたら、その村にはゆず農家さんもいたし、観光協会の人たちとも知り合えて、北川村のゆず仕事のお手伝いをするようになりました。北川村、すばらしい所なんです。信号がひとつもないんですよ。コンビニももちろんありません。もう山しかないんです。

    でも日本全体のゆずの10%が北川村で生産されていて、これは日本一です。そのゆず畑の景色が素晴らしくて、10月ぐらいから山裾に黄色いゆずがなりはじめるんですけど、これが本当に星空みたいで。

    和田

    すごくいい表現ですね。

    古川

    一面ゆずだらけの景色が何とも素敵なんです。

    望月

    北川村の柚子の生産量が、日本の生産量の10%なら、実ったゆずの広がる光景は星空みたいになりますよね。

    古川

    「モネの庭」がきっかけで、観光協会や村の人と知り合い、北川村でゆず農家さんのお手伝いをするようになりました。みんなに「北川村が好き」と言ったら、「なんで?」と必ず言われますけどね。

    和田

    北川村も有名な場所ですが、古川さんの着目したポイントが気になってました。その着目点は「モネの庭」だったんですね。

    古川

    「モネの庭」の庭園管理者は、庭師の川上さんという方なんですけど、僕はとにかくその川上さんが作る庭が好きで。たとえば高知では気候的な問題もあって、オリジナルの「モネの庭」があるフランスと全く同じ植物は育てられないんですね。

    だけど、川上さんはモネが表現したかったであろう風景を自分なりに解釈して、違う植物を植えているんです。逆にモネは晩年そこで青い睡蓮を咲かせたくて、死ぬまで毎年それを咲かせるための努力したんですけど、気候の問題で咲かせられなかった。川上さんはモネが咲かせたかったその青い睡蓮を、北川村の「モネの庭」で咲かせることに成功したんです。

    和田

    モネが亡くなるまで叶えられなかった「青い睡蓮」が、日本で、しかも高知という場所で、人口も1000人ぐらいの場所なのに実現していた。

    古川

    そう。そこは本当に素晴らしい庭なんですよ。僕は北川村の「モネの庭」の良さがもっと伝わればいいなと思っています。

    和田

    私は生まれも育ちも高知で、大学で1回、東京に出てきたんですけど、Uターン就職で高知に戻って、転職を機にまた東京に出てきました。なので今は東京に住んでいますが、「高知の中の人」の視点が今も強くあるのかもしれないことを、古川さんの言葉で感じました。

    たとえばゆずがなっている光景を星空と表現したり、「モネの庭」もエピソードを深堀りして、それを古川さんはロマンチックな言葉に再編集できる感覚があると思います。その古川さんに編集された言葉を聞くと、北川村がとても気になります。「高知の中の人」の感覚が強いと、そういった、良い意味で客観性のある感覚や言葉は出てこないなあと。

    私もよさこいの時期に高知に一週間帰ろうと思ってるんですけど「モネの庭」に行こうかなって。古川さんの話を聴いて、改めて古川さんのような目線をもって、モネの庭を訪れてみたいと思いました。

    古川

    ぜひ行ってください。

    高知はロマンチックな場所

    古川

    僕は埼玉出身ですが、じゃあ地元埼玉にまつわる話を高知ぐらいの熱量で会話ができるかっていうと残念ながらできない。人間ってそれぞれの視点と視座はある程度決まってるじゃないですか。その場所出身だから出身地を全て知っているわけではないし、誰かにとって当たり前のものが、僕にはまた別の見え方をするのは、不思議なことではなくて、そういうことがむしろ面白いですよね。

    望月

    僕は京都出身ですけど、別に寺に詳しくないし、高校、大学と京都市内の学校で、高校の近くには有名な広隆寺がありますけど、1回しか行ったことないですね。

    古川

    京都の人がお寺に無意識なように、きっと高知の地元の人が「モネの庭」を知らないのは、ある意味自然なことなんですよね。

    和田

    そうですね。面白いですね。初めて高知に来てから、もう年に20回も通われているなんて。

    古川

    はい。それからもうひとつ、僕は日本の歴史のなかでも幕末が好きで、司馬遼太郎さんの『竜馬がゆく』とか『燃えよ剣』が好きだったんです。そして幕末の時代は高知からものすごい数の偉人が輩出されているじゃないですか。それが僕が高知にハマったきっかけの1つでもありました。

    和田

    そうなんですね。

    古川

    何年か前に幕末維新博覧会という博覧会を高知でやってましたよね。高知に20ヶ所会場があって、北川村は中岡慎太郎、坂本龍馬は高知市出身・・・それ以外にも高知のほかの20の会場を全部周ったんですよ。

    和田

    本当に高知も幕末もお好きなんですね!

    古川

    それも高知にハマるきっかけだったかもしれません。

    和田

    私も高知全域を周ったことは、まだないです。

    古川

    高知は広いから地元の方も全部は行ってないですよね。でも維新博はたぶん2017年ぐらいだったんですけど、高知で最初の仕事は、高知県西部の海辺の町の黒潮町のTシャツアート展なんです。

    その黒潮町のTシャツアート展に通っていたら、翌年審査員をオファーされて、そのアート展の審査員をやらせていただくことになって。それで2013年とか14年ぐらいの2年間、審査員をやらせていただきました。

    望月

    それは古川さんのTシャツ収集活動を知ってのオファーなんですか?

    古川

    いや、もちろんそうじゃなくてオズマガジン編集長(当時)という文脈だったと思うんですよ。Tシャツアート展は、Tシャツ1000枚からオズマガジン賞を選ぶっていう、地味に大変な作業でした(笑)。そう考えると毎年GWの時期に黒潮町でTシャツアート展をやっていたのをきっかけに行くようになり、そこから高知へ滞在することが増えたのかな。

    和田

    Tシャツアート展もまた面白い取り組みですよね。他の地域にはないですよね。

    古川

    黒潮町にある砂浜美術館という美術館は、日本で唯一の作品のない美術館なんです。流木や砂と海だけの美術館で、そこには砂浜しかない。何もない砂浜を美術館に見立ててTシャツアート展は開催されるんですけど、よく考えたらTシャツアート展もロマンチックでしたね。高知はロマンチックな場所なんですよ。

    和田

    本当に古川さんの捉え方が素晴らしい。

    高知とは波長が合っている

    古川

    望月さんは高知に行ったことはありますか?

    望月

    ないです。

    古川

    本当に高知の皆さんは良い意味で遠慮のない人たちなんですよ。

    一同

    和田

    間違いないですね。

    古川

    高知の飲み屋さんでも、高知出身の人は遠慮があまりないんです。飲み屋さんで近くの席に座った人に話しかけたりするし、お酒の飲み方も豪快なんですね。

    望月

    高知はビール消費量が多いですもんね。

    古川

    本来的に高知の人は開けっぴろげでオープンだし、言葉を選ばず言えば干渉してくる感じなんです(笑)。

    和田

    まさに! 面白いですね、お節介な感じですよね。

    古川

    でも翌日には前の日のことは忘れてるみたいな(笑)。

    和田

    面白いな。古川さんの記事で拝見していても、高知に訪れることは、友だちに会いに行くような感覚もあると書いてらっしゃったのは、高知の人のことを嫌いじゃないって思ってくれてるのかなって。

    古川

    もちろん、大好きです。

    和田

    ありがとうございます。オープンで豪快な県民性の高知人、古川さん自身はどんな感覚で会いたいって思ってくださるんですか?

    古川

    実は僕自身は自分をオープンな性格だとは思わないんですけど、どうですか?(望月に聞く)

    望月

    がっつりオープンな感じではないですね(笑)。少しクローズドな雰囲気があります。

    和田

    そうなんですね。

    古川

    東京にいるとちょっと防御することって誰でもあると思うし、僕は職業柄、いろんな人と会うから、プライベートは少し閉じているような気もするんです。でも高知に行くと、閉じることから解かれていくような気がします。明日になったら忘れてくれるような人たちと一緒だから、高知が作り出している環境が心地よいのかなって。

    和田

    そういうことなんですね。

    古川

    僕にとって高知は簡単に異邦人になれる場所というか。バランスがちょうどいいのかも。日本は広いから行く場所によっては内向的な側面のある地域もあって、自分の内向的な面と地域の内向的なものが一緒に同じ場所にいると、波長のズレが気になることがあるんです。でも高知は着いた瞬間から波長もなにもないからたぶん、楽なんですね。

    後編へつづく

    Profile

    古川誠

    メトロミニッツ編集長。元オズマガジン編集長であり、小説家として「りんどう珈琲」(クルミド出版)「ハイツひなげし」(センジュ出版)と、2冊の小説を発売。2020年にローンチしたTシャツブランドSENTIMENTAL PUNKS主宰。本人の日常を綴ったメールマガジン(無料)は毎週金曜日配信。購読希望はFBのメッセージまで。

    和田早矢

    高知県出身。高知さんさんテレビでアナウンサーを経験後、2018年に初期のスタートアップ起業家を支援するコワーキングスペース「co-ba jinnan」のコミュニティマネージャーとしてツクルバに入社し、100組以上の起業家コミュニティを築く。現在は全国のスタートアップを支援する「NEXs Tokyo」の立ち上げメンバーとして、イベントやラジオ企画など様々なコミュニティ施策を担当中。また、前職の経験を活かしフリーアナウンサーとしても活動している。