福岡で本屋を始めたまえとあと【前編】

神田裕
「本と羊」店主

「Bookshop Traveller」の和氣くんから面白い本屋だと紹介されたのが福岡にある「本と羊」だ。そして話を伺うといろんなものがつながっていった。その一部始終を前後編で。

Profile

神田裕
1964年 大分県臼杵市出身 58歳
1983年に18歳で上京。1985年 日本デザインセンターに入社。グラフィックデザイナーとしてデザイン制作に従事。10年の勤務の後、数社のデザイン会社、広告代理店に勤務。2018年9月に退社し、本屋開業の準備を開始。2020年2月に福岡県に移住、8月に福岡市中央区六本松四丁目にデザイン事務所兼本屋「FARMFIRM DESIGN&BOOKSHOP 本と羊」を開店。新刊と古本をメイン販売とし「誰かの背中を少しだけ押せる本屋」をコンセプトに、副店主(妻)と日々奮闘中。よくしゃべる本屋。

Index

「本と羊」は本屋さんが好きな人のための本屋

和氣くんのサイトで書かれていた「本と羊」が出来るまでの記事を読んだんですが、和氣くんとの出会いは和氣くんのところに行ったことが初めてだったんですか?

神田

そうですね。会社を辞めた後に、本屋になるためにいろいろ情報を仕入れていた最中でした。本屋でトークイベントをやる時に一体どうやって作家さんを呼んだり、ギャラの問題をどうしてるのか全くわかんなかったんで。たまたま和氣さんの「Bookshop Traveller」でそういうイベントをやられている方が話されるタイミングで見に行ったんですよ。そのとき初めて和氣さんにご挨拶して、本屋を来年か再来年やりたいんですって話をしました。

もともと本屋になりたいと思ったのは、ずっと夢だったってわけじゃないんですか?

神田

そうですね。長年の夢ではなかったです。結局30年近くずっと東京に住んでいて、僕は大分の出身なんで、いつか九州に戻りたかったんです。それで定年で帰ろうと思ったんだけど、それだと遅すぎるなと。もうちょっと早く50半ばぐらいで九州へ戻って何かをしたいなと考えてました。

なるほど。

神田

で、考えている中で、本屋をするのが面白いんじゃないかと思って。だからまず採算を考えず、本屋ならこの年齢でも出来るんじゃないかなと、自分の本棚を眺めていて思いつきました。そこから本屋さんの本を見たりして、よし、やろうと思ったのがきっかけです。

なるほど。僕も「本と羊」が開店される前から「本と羊」のTwitterをフォローさせていただいてます。物件探しをされているなって拝見してました。

神田

ですよね。物件というか、本屋をどこの場所でやったらいいか検討してました。カミさんは実家が福岡だったんで、福岡で店を開こうと思ったんです。ただ本当に福岡市内で本屋をやることがいいのかわからなかったんで、「どういう場所がいいんだろうね」と、福岡県西部の糸島市から毎日ずっと車で移動しながら北九州市まで見て回ったんです。

いま「本と羊」は開業されてどのぐらい経ちますか?

神田

2020年の8月末に開業だったんで、2年と5ヶ月ぐらいですね。

街にはもう馴染んでいる感じなんですか?

神田

そうですね・・・馴染んでると言えば馴染んでるし、馴染んでないと言えば馴染んでない。これは相当時間がかかるものだなって。

というのは、街の本屋になった方がいいのか、単純に本屋が好きな人のための本屋になった方がいいのか、どっちになった方がいいのかを悩んでました。

開店当初は様子を見ていて、この六本松って土地の人たちがウチのような本屋を望んでいるのかどうか見ていたんだけど、結論としては「望んでないな」と。それはなぜかと言うと駅前に大型の書店があるからです。

いわゆる街の本屋にはなり得ない。そこまでの品揃えも無理だし、 全てのニーズに応えられるわけでもないし、それが目的でもなかった。そうなると「本と羊」は本屋さんが好きな人のための本屋なのかなと思っています。だから、大半のお客さんが「本と羊」のSNSを見てくれて訪れます。近所の人よりは周辺の人たちが来てくれます。

しかも通販も好調で2022年後半あたりから売り上げが多くなっています。もう変な話、全国の人に支えられてます(笑)。

なるほど。

神田

だから、みなさん本当によくこんな小さい本屋のサイトを見つけて買ってくれてるなと思って。リピーターも多いし、あと福岡もなかなかこういう本屋さんがまだまだ少ないので来てくれる人が多いんじゃないかと。そんなにセレクトしてるって意識はないんですけどね。だけど、ウチで本を買ってくれる人は、目当ての本が大きな本屋と比べると探しやすいらしい。

いろんな独立書店を見て回って、自分の本屋像を固めていった

周りの人やネットで本を買ってくれるお客さんの「本と羊」との最初のタッチポイントはTwitterなんですか?

神田

そうですね。TwitterとかInstagramなどSNSですよね。今はSNSが大事ですよね。。本を入荷してその本をSNSにアップしますよね。それを見てお客さんが来てくれます。「あの時上げていた、あの本はありますか?」って。ちゃんと見てくれてるんです。通販でもアップしてすぐ売れたりもするから、チェックしてくれているなと思います。

じゃあ、そういうコアなファンからSNSで広がっていった?

神田

そうですね。たまたま見つけて入ってきてそこから常連になってくれる人もいるんですけど、どっちかというとSNSを見て、変な店主が愚痴ってばっかいるなと、見てて面白がってるっていうか。僕は本屋っていうのはキャラクターだと思っているので。

どういう本屋のキャラを自分が作ればいいか。素の自分に近くはあるけれど、小さい本屋だから、和氣さんもそうだけど、その店主の個性が見えないとあんまり意味がないのかなって。黙って座って日々対応していてもあんまりやる意味はない。

和氣くんから話を聞いておもしろいと感じたのは、本屋がどんどん減っていく中で、逆に本屋をやってやろうと各地でいろんなセレクト的な個人の本屋が増えてるのは、すごい面白い動きだと思っていて。

神田

そうですね。僕も実際自分が本屋をやろうと思うまでは、大型書店以外ほとんど知らなかった。要するに本屋を探さないから興味がないんですよ。個人書店なんか行ったこともないし、行くのは大型書店しか知らない。だから最初に知ったのが福岡で一番有名な「ブックスキューブリック」です。「ブックスキューブリック」の大井さんを知ったときに、「こんな本屋があるんだな」と。だんだん雑誌が本屋を取り上げ始めた頃だったんですよね。

数年前から個人の本屋さんが多いなっていうのを特集していたんで、それを見て「何だこんなにいっぱいあんのか」と思って、それで本屋を周り始めました。

そういうところからインスピレーションを受けてる部分もあるんですか?

神田

ありますね。どんな本屋になったらいいかなと店を見に行って、お話ができる人とは話をさせてもらって。最初は「Readin’ Writin’ BOOKSTORE」の落合さんと話をさせてもらって「どうやったらできるんですかね?」と聞いたら、「まあ度胸かな」って。「度胸さえあればできますよ」って。落合さんは本が店舗に400冊ぐらいしかないのに、 開店日を決めちゃったから始めた人なんですよ。

話した中では落合さんが一番すごかったかな。やっぱり怖がってちゃダメだなって。やろうと思ったらやっちゃえばいいんだよって。落合さんがどんどん進んでいくタイプだから。

僕よりも歳上で還暦すぎてるけど超元気だし、この人すごいなって。それと和氣さんにも会って「Bookshop Traveller」を見せてもらったり、いろんな本屋さんを見て話して、だんだん自分の本屋像みたいなものを固めていきました。

目指すのは、ちょっとだけ背中が押せるような本屋

「本と羊」は個人の本屋として、こだわっている点はありますか?

神田

一応カミさんと僕はグラフィックデザイナーだから「本と羊」の本は2人で選書し合ってます。ただカミさんの方が選書能力が高いことがわかったので、かなりおんぶに抱っこでいるんですけど。デザイナーだから一番のポイントはやっぱり装丁です。

装丁もそうだし、本当は文字組までこだわりたいんですが、本はあまり見てから仕入れられるものではないので、実際に選んだ本が来たら、レイアウトや文字組にがっかりしたときもあるんですけど、そこは仕方がない。ただ装丁は書影情報が上がっているので、それを見たり、書誌情報を確認します。レコードのジャケ買いみたいなイメージですね。

わかります。僕も全く知らない人の本を買うときは、この装丁がいいかもと買うことが多いですね。

神田

装丁が変な本で面白くないのはあんまりないかなって。

そうですね。基本的に装丁がしっくり来てると、内容を読んでても大丈夫かな。

神田

ただ本の内容も僕らは本屋をやるときのコンセプトを考えたときに、人の人生は背負えないんだけど、背中だけは少し押せるだろうと。だから、ちょっとだけ背中が押せるような本屋になればいい。そういう選書の仕方はしてますね。

「本と羊」に来る人は悩んでいる人も多いし、そういう人が1冊の本をヒントに、少しは前に進めるようなものとか、中にはなかなか長いものが読めない人もいます。だからできるだけ小説だと短編とか入りやすいもの、読みやすくしてみるとか、読書の入口をもう少し作れるような選書はちゃんとしてます。

なるほど。それってSNSから入ってくる人には親和性ありそうですよね。

神田

そうですね、だから、もちろん長編とかお堅いもの少しは入れてはみるけど、そんなに「本と羊」には合っていない気がするから。そういうのは他の本屋さんにおまかせ出来ればいいかなって。

それぞれの店の役割があるので、僕らはそこまで難しいものとか堅いものよりは、みんながまず取っかかりとして読みやすい本とか読み手が支えてくれるものの方がいいのかなって。もちろんグラフィック的に楽しいものも入れたりしてます。

「本と羊」を訪れる人たちは、自分で感じて本を選んでほしい

今って情報が多いじゃないですか。なので一般大衆が求めてるものって補助線があった方がいいんじゃないかって話があって、そういう意味では「本と羊」がされていることって、神田さん的にこういう本でどうですかみたいな、ある意味補助線が入ったもので、選書されいてる印象も受けました。

神田

そうですね。だからこの本屋ではあんまり過保護にしたくないんですよ。荻窪にある本屋「Title」の店主である辻山さんが、「体感力が必要だろう」と何かで書いていたと思うのですが、体感力というのは、軸というよりは体で感じる方で、体感力が本を探すときには必要ですと。

だって、本って1冊の本があったらある程度情報が書いてあるじゃないですか。本を見たときに帯にいろいろ情報があったりとか、オススメの内容が書いてあったり。あと目次や「はじめに」を見れば、その人が何を書きたかったかわかるわけですよ。

でも本を選べない人の大半は、それをやらない人が多いから、いきなり「おすすめの本はなんですか?」と聞いてくるんだけど、そのときは「全部」って言うんですよ。

ウチにはゴミみたいな本はないですよと言って、もちろんちゃんと選びますけど(笑)。いきなりおすすめと言われて探せるものでもないし、人の人生を全部聞いてみないとわからない。

できるだけ自分の頭や目や手を使って本を選んでもらう努力をしないといけない。そうやって選ばないと、人にレコメンドされたものばっかり選んでるようじゃ、 人生も全部レコメンドだよって。おすすめだけで生きてるんじゃ意味ない。

いいですね。

神田

食べるものも、生き方も、それこそ彼氏も彼女も、みんなレコメンドされたもので揃えて生きていくんですかって、そんな馬鹿な話あるかよって。だから、本ぐらい自分で探せないでどうすんだ!って、茨木のり子さんの詩のパクリじゃないけど「自分の感性ぐらい自分で磨けよ馬鹿者!」って言いたい時があります。

だから、そこはある程度はみんなに任せていて、僕はなんとなくの本脈というか、文脈をつけて本棚に並べていますけど、あんまり馬鹿丁寧には並べてないんですね。キチキチとは分けないようにしているつもりです。本棚のカオスから選んでいかないと、大きな本屋さんはジャンルで分けるんだろうけど、小さい本屋がそれをやると選ぶ側を甘えさせるだけだと思っていて。 とにかく自分で探すことが大事。

神奈川にある「冒険研究所書店」なんかは全くカテゴリー分けしないって雑誌で書いてたし。棚にあるそのカオスから、いろんな試行錯誤をして潜在的な欲求の混乱を招いてそこから選びとって買ってほしいんですよ。

でも、それでいて「本と羊」は本を探しやすいと言われるのも面白いですね。

神田

なぜでしょう。ある程度の流れは作ってるけど、カチカチっと分けない方がいいような気はしてますけど、まあまだまだ完璧ではないですね。

ずっと棚は2年ぐらい試行錯誤されている感じですか?

神田

やってますね。本屋Titleの辻山さんって本当にすごい人で、本屋Titleに行くと、見ているとみんながすぐ何冊も手に取るんですよ。あんなすごいい本屋はないですよ。入ったところからあ、これもいい、これもいいってなっちゃうんですよ。あれは辻山さんの棚に対する考え方っていうかセンスだから恐ろしい。もちろん長年の書店経験の賜物だとは分かっていますが・・・すごい方です。

でもそこに近づくために、本屋Titleを目指してはいきたいけど、絶対に叶うはずもない。いろんなタイプの本屋さんがいるけど、うちもそうやってできるだけ買う人たちに、やっぱり自分のための本を探す

努力はしてほしい。さすがにいきなり「おすすめは何ですか?」という人は困るんだけど、でも1時間ぐらい喋っておすすめできる本にたどり着き、「じゃあ、この本どうですか?」とおすすめした本を買ってもらったりしますよね。

Edit & Text:Daisaku Mochizuki
Photo:Katsumi Hirabayashi